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災厄の悪役令嬢は優雅に《おもてなし》する  作者: ひより那


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第12話 理不尽な恩恵とバグる英雄たち

 けたたましい警鐘が、王都の空を引き裂くように鳴り響いていた。王都を囲む堅牢な城壁の向こう側に、絶望的な影が姿を現したのだ。

 山のように巨大な体躯を持つ三つ首の魔犬、獄炎の番犬(ケルベロス)。神話の時代に封印されたはずの特級災害指定の魔獣が、どこからか迷い込み、王都への侵攻を始めたのである。


「ひ、ひぃぃぃっ! 防衛線を維持しろ! 魔法部隊、一斉射撃!」

「駄目です、火球が全く通じません! 奴がブレスを吐くぞ、回避ーーっ!」


 ケルベロスの中央の首が大きく口を開き、城壁そのものをドロドロに溶かすほどの極大の獄炎ブレスが放たれた。


 防衛に当たっていた騎士たちが死を覚悟し、目を閉じたその時。


「……退がっていろ。俺たちが引き受ける」


 低い、しかし恐ろしくよく通る声と共に、一人の男が防衛線の前に立ち塞がった。

 王都最強の英雄、アーサーである。彼の背後には、聖女・エルリアと、トップギルドの精鋭たち——別名『生け贄のお茶会訪問団』の面々が控えている。


 放たれた獄炎ブレスが、アーサーの体を真っ向から飲み込んだ。


「アーサー団長ぉぉぉっ!?」


 一般の騎士たちが悲鳴を上げる。あの超高熱の炎をまともに浴びれば、いかなる防具を身につけていようとも一瞬で骨まで灰になるはずだ。


 しかし、数秒後。もうもうと立ち込める炎と煙が晴れた後、そこには、髪の毛一本焦がすことなく、無表情のまま立ち尽くすアーサーの姿があった。


「な、無傷……だと……?」


 驚愕する騎士たちをよそに、アーサーは小さくため息をつき、首をポキリと鳴らした。


(……なんだ、この生温かい風は。先週飲まされた『地獄の業火(インフェルノ)で焙煎した超激辛ハーブティー』の、胃袋を直接焼き尽くされるあの痛みに比べれば、ただの心地よいサウナじゃないか)


 そう、アーサーの肉体は、伽羅・ヴァン・ディザスターの理不尽なおもてなしを生き延びるため、人間の限界を超えた『理外の変異』を起こしていた。

 致死量の劇薬や異常な物理現象を日常的に浴び続けた結果、彼の火属性に対する耐性や物理的な防御力は人間の限界を遥かに突破し、神話級の魔獣すら凌駕する領域に到達してしまっていたのである。


 ケルベロスの左の首が、今度は致死の猛毒を含む酸の霧を吐き出した。わずかに触れれば呼吸器を爛れさせ、皮膚を瞬時に溶かす恐ろしい広範囲攻撃だ。


「アーサー様、ここは私にお任せを」


 エルリアが一歩前に出た。彼女は防御結界を張ることもなく、ただ無防備にその猛毒の霧を全身に浴びた。


「聖女様! 危ないっ!」


 しかし、エルリアの純白の法衣も、透き通るような肌も、一切溶ける気配がない。彼女は微かに小首を傾げ、涼しい顔で深呼吸すらしてみせた。


(……あら? ただのマイナスイオンかしら? あの『猛毒這い寄る沼海月(ベノム・スライム)のマリネ』を咀嚼した時の、喉がドロドロに溶け落ちる劇痛に比べたら、まるで春のそよ風ですわね)


 エルリアもまた、奇跡の浄化(ミラクル・パージ)を強制ループさせられながら致死のフルコースを完食したことで、あらゆる猛毒や状態異常に対する『絶対的な無効化』の恩恵を無自覚に獲得していたのだ。


 ケルベロスは自らの最強の攻撃が全く通じないちっぽけな人間たちに本能的な恐怖を覚え、焦ったように右の首でアーサーに直接噛み付こうと突進してきた。

 城門すらも容易く粉砕する巨大な牙が、アーサーの腕に突き刺さる。


 ——ガギィィィィィンッ! 鈍く重い金属音と共に、ケルベロスの牙が根元から無惨にへし折れた。


「ギャウッ!?」

「……硬いのは、嫌いなんだよ」


 アーサーの脳裏に、あの『神星鋼(ミスリル)と火竜の血で練り上げられた超硬度ウサギ型クッキー』の恐ろしいトラウマがフラッシュバックする。あのふざけた金属塊を噛み砕くために極限まで鍛え上げた己の顎と、防御力を極振りした闘気に比べれば、魔獣の牙など柔らかいマシュマロに等しい。


「ルーク、合わせろ」

「はっ!」


 アーサーが腰の大剣を引き抜く。副官のルークもまた、杖を構えた。

 ルークたち精鋭もまた、常軌を逸した変異を遂げていた。『|天駆ける暴風竜の絶頂ミートパイ《ペガサス・ジャンプ・ミートパイ》』で成層圏まで吹き飛ばされた彼らは、極度の気圧変化と重力、無酸素状態に耐えるため、肺活量と基礎体力が異常な進化を遂げていたのだ。


「吹き飛べぇっ! 超速詠唱(ファスト・キャスト)、極大風刃!」


 ルークが放った魔法は、以前の十倍以上の威力と速度でケルベロスの巨体を軽々と宙に浮かせた。そこへ、アーサーが跳躍する。


聖覇斬(グランド・クロス)……っ!」


 地獄のお茶会で培われた異常な筋力と闘気が乗ったその一撃は、もはや剣技というよりは天災であった。

 黄金の閃光が空を十字に切り裂き、神話級の魔犬ケルベロスは悲鳴を上げる間もなく、一撃で消し炭となって空の彼方へ吹き飛んでいった。完全なるワンパンである。


 しんと静まり返った戦場。


 やがて、我に返った王都の騎士たちと民衆から、地鳴りのような歓声が巻き起こった。


「おおおおおおっ! 一撃だ! 神話の化け物を一撃で!」

「無傷で猛毒と獄炎を凌ぎ切るなんて! さすが我らが英雄アーサー団長! そして聖女エルリア様だ!」

「王都は安泰だ! 万歳! 英雄万歳!」


 人々は涙を流して二人を称え、歓喜の声を上げる。しかし、熱狂する群衆の中心で、アーサーとエルリア、そして精鋭たちは、誰一人として笑っていなかった。彼らの瞳の奥底には、ひどく虚無的な、暗い絶望の影が落ちていたのだ。


(……喜べない。俺はもう、人間としての何か大切なものを失ってしまった気がする……)


 アーサーは己の両手を見つめ、ひっそりと冷や汗を流した。


(ええ、アーサー様……。あんな恐ろしい魔獣の攻撃が、そよ風にしか感じられないなんて。私たち、あの理不尽なティータイムを生き延びるためだけに、神の理から外れた『化け物』に成り果ててしまいましたのね……)


 エルリアもまた、虚ろな目で宙を見つめていた。

 彼らは強くなりすぎた。王都を守護する力としてはこれ以上ないほどに頼もしいが、その力の代償として、彼らの常識と痛覚の基準は完全に破壊されてしまったのである。


「……来週は、あいつのお茶会の日だな」

「……はい。また、あの黒大理石のテーブルへ……」


 神話の魔獣を屠った直後だというのに、彼らの背中はひどく小さく、そして哀愁に満ちていた。魔獣の百倍恐ろしい『純粋な善意』が、すぐ先の未来で彼らを待っているのだから。


 その頃。王都の騒ぎなど一切知る由もない白百合邸ホワイトリリィ・パレスでは、伽羅が機嫌よく次のお茶会の準備を進めていた。


「ふふっ。最近、アーサー様たちの顔色がとっても良くて、お肌もツヤツヤしてらっしゃいますの」


 伽羅は上位悪魔のメイドたちに向かって、嬉しそうに微笑んだ。


「きっと、私が工夫を凝らした栄養満点のお茶菓子が、皆様のお体に合っているのね! 初めはあんなにすぐお帰りになってしまっていたのに、今では最後までゆっくり楽しんでくださるし……私、常連客の皆様の健康をサポートできて本当に幸せですわ」


 完全に間違った自己評価と、致命的なすれ違い。


「皆様の体が丈夫になってきたのなら、もっともっと歯ごたえのある、刺激的なメニューをお出ししても大丈夫ですわね! 次は『海竜王(リヴァイアサン)の活け造り・絶対零度仕立て』に挑戦してみましょう!」


 英雄たちが限界を超えて強くなればなるほど、彼女の提供するおもてなしの致死レベルも際限なくインフレしていく。

 神の理から外れてしまった悲しき英雄たちの、理不尽と狂気に満ちた平和な日常は、さらに上のステージへと突き進んでいくのであった。


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