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災厄の悪役令嬢は優雅に《おもてなし》する  作者: ひより那


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第11話 招かれざる魔将と生存者の優越感

 王都の平和を護るための尊き犠牲、『生け贄のシステム』が確立されてから数ヶ月。

 白百合邸ホワイトリリィ・パレスの美しき庭園では、本日も王都最強の英雄アーサーと、聖女(せいじょ)・エルリアによる命がけのティータイムが開催されていた。


「さあ皆様、本日は趣向を変えて、異国から取り寄せた特別な茶葉をご用意いたしましたの。その名も『地獄の業火(インフェルノ)で焙煎した超激辛ハーブティー』ですわ!」


 伽羅・ヴァン・ディザスターは、満面の笑みで真っ赤に煮えたぎる液体をティーカップに注ぎ分けた。

 湯気と共に、眼球を刺すような強烈なカプサイシンの刺激臭が庭園に立ち込める。もし一般人がこれを一口でも飲めば、喉と胃袋が即座に焼け焦げ、七転八倒の苦しみの末に神殿送りとなる致死の劇薬である。

 しかし、絶対破壊不能の黒大理石の椅子に座らされているアーサーとエルリアは、その真っ赤な液体を見つめながら、静かに、そして力強く頷き合った。


(……ミートパイで宇宙まで吹き飛ばされて破裂した時に比べれば、胃袋が焼かれる程度の痛みなど、かすり傷に等しい!)

(ええ、アーサー様。私の奇跡の浄化(ミラクル・パージ)の力で、喉が溶ける端から即座に治癒してみせますわ。……さあ、参りましょう!)


 二人は無言のアイコンタクトを交わし、覚悟を決めてティーカップを呷った。


「っっっっ!?」


 直後、声にならない絶叫が二人の喉の奥で爆発した。顔面は唐辛子のように真っ赤に染まり、目からは滝のように涙が溢れ出す。だが、彼らは決してカップを口から離さず、震える手で最後までその劇薬を飲み干したのである。


「まあ! お二人とも、そんなに涙を流して喜んでくださるなんて。やはり刺激的なお味はお気に召しましたのね!」

「……え、ええ……。最、高の……お味、です……」


 アーサーは口から微かに黒煙を吐き出しながら、引き攣った笑顔を無理やり顔に貼り付けた。地獄の苦しみではあるが、これでまた王都の百万の命が救われたのだ。彼らの胸中には、任務を完遂したという悲壮な達成感が満ちていた。伽羅が嬉しそうに次のお茶菓子を取り出そうとした、まさにその時である。


 ——パリンッ! 上空の空気が硝子のように砕け散る甲高い音が響き、白百合邸の庭園を覆っていた強固な結界が、外部からの凄まじい力によって乱暴に引き裂かれた。


「……何奴だ!」


 アーサーが反射的に腰の剣に手をかけようとしたが、ここは『お茶会』の席である。武器を抜くというマナー違反を犯せば、伽羅による恐ろしい躾が待っていることを思い出し、すんでのところで手を止めた。

 空に空いた真っ黒な亀裂から、漆黒の翼を持った巨大な人影が舞い降りてきた。王国の歴史書にも記されている、かつて世界を恐怖に陥れた魔王軍の残党。四天王の一角として恐れられた、暴虐の魔将(アーク・デーモン)・ザルドスであった。


「クックック……。見つけたぞ、最近この大陸で名を轟かせているという『厄災の化身』よ!」


 ザルドスは庭園の中央に降り立つと、傲慢な笑みを浮かべて伽羅を見下ろした。そして、黒大理石の椅子で冷や汗を流しているアーサーとエルリアの存在に気づき、さらに鼻で笑う。


「なんだ、王都最強の騎士と聖女ではないか。我ら魔族の討伐に躍起になっていた貴様らが、こんな小娘にお茶を淹れてもらって震えているとはな! 人間どもはついに誇りまで失ったか!」

「……お前、自分が今、何に喧嘩を売っているか分かっているのか……?」


 アーサーは、ザルドスの挑発に乗るどころか、哀れみすら混じった青ざめた顔でそう呟いた。しかし、ザルドスはその忠告を「自分に対する恐怖」だと激しく勘違いし、高らかに笑い声を上げた。


「黙れ人間! 我が目的は貴様らではない。そこの小娘だ!」


 ザルドスは漆黒の炎を右手に宿し、伽羅に向かって傲慢に言い放つ。


「聞け、厄災の公爵令嬢よ。我ら魔族の悲願である王都殲滅のため、貴様のその強大な魔力を我が手駒として使ってやろう。大人しく我に服従の誓いを立てるなら、命だけは——」

「……」


 伽羅は、手にしていた白磁のティーカップを、カチャリと静かにソーサーに置いた。その瞬間、庭園の空気が一気に氷点下まで凍りついた。

 アーサーとエルリアは、かつて見たことのない伽羅の『冷たい眼差し』に背筋を凍らせた。いつも彼らに向けられている、狂気に満ちた「善意と歓迎」の笑顔が、そこには一切存在しなかったのだ。


「……お茶会の最中に、頭上から土足で踏み込み、大声で騒ぎ立て、あまつさえ大切な私のお客様を愚弄するだなんて」


 伽羅は黒いレースの扇子をパチンと開き、不機嫌そうに口元を隠した。


「ずいぶんとマナーの悪い、そして薄汚い方がいらっしゃいましたわね」

「なんだと……? 貴様、我が暴虐の魔将(アーク・デーモン)・ザルドスと知っての暴言か!」


 ザルドスが激昂し、右手に宿した漆黒の炎を極大の火球へと膨れ上がらせた。触れたものを魂ごと消滅させる、魔族の誇る必殺の黒炎である。


「死ねぇっ! 生意気な小娘め!」


 ザルドスが火球を伽羅へと放つ。


 ——だが。


「アーサー様たちとの楽しいティータイムを邪魔するなんて、万死に値しますわ。……お行儀の悪い害虫は、さっさとお掃除しなければなりませんわね」


 伽羅が面倒くさそうに扇子を一振りした、ただそれだけだった。暴虐の魔将(アーク・デーモン)が放った必殺の黒炎は、まるで息で吹き消されるロウソクの火のように、一瞬にして音もなく霧散してしまった。


「なっ……!? 馬鹿な、我が黒炎が……っ!」

「さようなら。もう二度と、私のお庭に入ってこないでくださいませ」


 伽羅がパチン、と指を鳴らす。直後、ザルドスの周囲の空間が、四方八方から見えない巨大な壁に挟み込まれるように圧縮(プレス)された。


「ぎっ……!? が、あぁぁぁぁぁぁっ!?」


 魔王軍の幹部であり、伝説の魔将と謳われた強靭な肉体が、文字通りゴミ箱に捨てられる紙くずのように、空中でクシャクシャに圧縮されていく。

 神の加護を持たない本物の魔族であるザルドスは、彼は己の力など全く通じない絶対的な理不尽の前に、恐怖と絶望の悲鳴を上げながら、ただの一握りの血肉の塊にまで圧縮され——最後には、チリ一つ残さずこの世から完全消滅したのである。


 かつて王都を恐怖に陥れた大魔族の、あまりにも呆気なく、そして惨めな最期であった。


「……さあ、少しお見苦しいところをお見せしてしまいましたわね」


 何事もなかったかのように扇子を閉じ、伽羅は再び満面の笑みをアーサーたちに向けた。


「お茶会を続けましょう。お口直しのクッキーもございますわよ」

「あ……ああ、そうだな……」


 アーサーはガタガタと震える手で、再び激辛のハーブティーを口に運んだ。彼とエルリアの胸中には、今、奇妙な優越感と、新たな悟りが芽生えていた。


(……俺たちは、まだマシだったんだ。あいつにとって俺たちは『大切なお客様』だから、おもてなしという名の元、ちゃんと神殿に帰ることを前提にしてくれていた……)

(ええ、アーサー様……。もし私たちが『敵』や『害虫』と認識されていれば、あの魔族のように、一瞬で塵にされていたのですね……)


 自分たちは、狂気の厄災に愛されている。だからこそ、何度も地獄の苦しみを味わわされている。しかし、害虫として一瞬で消されるよりは、お客様としてお茶菓子を完食して爆死する方が、遥かにマシなのだ。


「……美味しいです、伽羅様。このお紅茶、とても……美味しいです……」


 エルリアは涙をポロポロとこぼしながら、必死に笑顔を作った。外部の脅威が瞬殺されたことで、逆説的に『生け贄のシステム』の重要性と、自分たちの立ち位置のありがたみ(?)を痛感させられたアーサーたち。

 彼らの受難のティータイムは、こうしてさらなる絶望と奇妙な連帯感を伴いながら、続いていくのであった。


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