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災厄の悪役令嬢は優雅に《おもてなし》する  作者: ひより那


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第10話 生け贄の訪問と飛翔する人間花火

 王都を出発する数十台の豪奢な馬車の列は、誰の目から見ても、華やかなパレードなどではなく「巨大な葬列」にしか見えなかった。


 馬車に乗り込んでいるのは、王国の至宝たる聖女・エルリアと、王都最強の英雄アーサー。そして、くじ引きで外れを引いた数十名の精鋭たちである。

 彼らの顔に、かつてのような「強敵を討ち倒す」という勇ましい野心や希望は微塵も存在しない。あるのはただ、凶悪な化け物の機嫌をとり、王都の平和を護るための人柱となる、底知れぬ悲壮感と絶望だけであった。


「……皆、よく集まってくれた」


 揺れる馬車の中で、アーサーは向かいの席に座る屈強な戦士たちに向けて、重々しく口を開いた。


「俺たちが向かうのは、戦場ではない。『お茶会』だ。いかなる理不尽な魔法が飛んできても、絶対に武器を抜くことは許されない。我々の武器は剣ではなく、出されたものを黙って食い切る胃袋と、死の痛みに耐える精神力だ」

「わ、分かっております、団長……。王都の百万人を救うためならば、俺たちは喜んであの化け物の余興になりましょう」


 戦士の一人が、震える声で答えた。彼らは皆、かつての討伐戦で伽羅の恐ろしさを骨の髄まで叩き込まれている。剣を抜けば、それは「敵対行動」ではなく「マナー違反」として処理され、より恐ろしい『しつけ』を受けることになる。ならば、大人しくお客様としてのロールプレイを全うし、被害を自分たちの中だけで完結させるしかないのだ。


「アーサー様。……私、しっかりと胃薬と回復魔法の準備をしてまいりました。どんな毒が来ても、必ず皆様の痛みを和らげてみせます」


 隣に座るエルリアが、己を鼓舞するように胸の前で両手を組んだ。しかし、彼女の顔色も死人のように蒼白であり、これから向かう地獄への恐怖は隠しきれていない。

 かくして、決死の覚悟を固めた『第一回・生け贄のお茶会訪問団』は、白百合邸ホワイトリリィ・パレスの巨大な門へと到着したのである。


「まあ! エルリアちゃん、アーサー様! 本当にお約束通り、たくさんのお友達を連れてきてくださったのね!」


 エントランスで待ち構えていた伽羅・ヴァン・ディザスターは、朝の光を浴びてキラキラと輝くような満面の笑みを浮かべ、両手を広げて一行を出迎えた。


「ようこそいらっしゃいました! 私、皆様がいらっしゃるのを今か今かと、首を長くしてお待ちしておりましたのよ!」


 狂気の厄災から向けられる、純度百パーセントの善意と大歓迎の空気。アーサーたちは引き攣った笑顔を顔に貼り付けながら、深々と頭を下げた。


「お、お招きいただき感謝する、ディザスター公爵令嬢。……本日は、極上のティータイムを楽しみにやってきた」

「ええ、ええ! 皆様の期待を決して裏切らない、最高のメニューをご用意いたしましたわ。さあ、お庭へどうぞ!」


 案内された庭園には、アーサーたちの逃げることを許さなかった『絶対破壊不能の黒大理石のテーブルと椅子』が、人数の分だけずらりと並べられていた。

 精鋭たちは促されるままに、まるで処刑台に上るような足取りで椅子へと腰を下ろした。


「本日のメインディッシュは、とっても刺激的ですのよ。皆様に、空を飛ぶような極上のエキサイトメントをお届けいたしますわ!」


 伽羅がパチンと指を鳴らすと、上位悪魔のメイドたちが一斉に、美しい銀のドーム型の蓋が被せられた皿を運んできた。


 アーサーたちの前に皿が置かれ、一斉に蓋が開けられる。中から現れたのは、芳醇なバターの香りを漂わせる、こんがりと焼き上がった手のひらサイズのミートパイであった。


「これは……」


 エルリアが高位の鑑定(スキル)でパイの中身を覗き見た瞬間、彼女の背筋が総毛立った。


(材質……暴風竜(テンペスト・ドラゴン)の逆鱗、大気の精霊王(シルフ・モナーク)の涙、そして、超高圧縮された魔力爆薬……!?)


「こちらは、『|天駆ける暴風竜の絶頂ミートパイ《ペガサス・ジャンプ・ミートパイ》』でございますわ!」


 伽羅は両手を胸の前で合わせ、誇らしげにメニュー名を告げた。


「食べると、体の中からすっごいエネルギーが湧き上がってきて、本当に空へ飛んでいけるんですのよ! ちょっとしたスカイダイビングの気分を味わえる、最高のアトラクションですわ。さあ、冷めないうちに召し上がれ!」


 彼女はニコニコと笑いながら、全員に食事を促した。

 アーサーとエルリアは、絶望的な視線を交わした。食べるしかない。これを拒絶すれば「では私が直接王都へ赴き、他の皆様にも振る舞って差し上げますわ!」という最悪のカードが切られることは明白である。


「……いただく、としよう」


 アーサーが震える手でパイを掴み、大口を開けてそれに齧り付いた。エルリアも、そして周囲の精鋭たちも、涙目になりながら一斉にパイを口へと運んだ。

 サクッ、という軽快な音と共に、口の中に肉汁——ではなく、限界まで圧縮されていた暴風の魔力が解放された。


「ッ!?」


 次の瞬間である。


 ドォォォォォォォンッ!! 庭園のあちこちで、空気をつんざくような凄まじい爆発音が連続して鳴り響いた。

 それは炎の爆発ではない。下から上へ、大地を蹴り上げて天を穿つような、極大の竜巻による超絶上昇気流(アッパー・トルネード)であった。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あ、あぁぁぁぁぁぁっ……!」


 アーサー、エルリア、そして数十名の精鋭たちの肉体が、黒大理石の椅子から弾き飛ばされ、まるで人間ロケットのように凄まじい速度で空高くへと射出された。

 あっという間に雲を突き抜け、高度数百メートル、数千メートルへと到達する。急激な気圧の変化による全身の毛細血管の破裂。マイナス数十度の極低温による凍結。そして、絶対的な酸素欠乏。


「が、はっ……さ、さむ……っ、息が……っ」


 アーサーは薄れゆく意識の中で、眼下に広がるミニチュアのような世界を見下ろしながら、あまりにもシュールな死の瞬間に直面していた。


(まさか……パイを食って、宇宙まで飛ばされて死ぬ日が来るとは……な)


 そして、空の彼方に打ち上げられた彼らの肉体は、耐久限界を迎え、ポンッ、ポンッ、ポンッ! と、次々に空中で破裂し、美しい光の粒子——神殿へ還るための神聖な光へと変わっていったのである。


「まあ……!」


 地上からその光景を見上げていた伽羅は、うっとりと両手を組んで感嘆の吐息を漏らした。


「真昼の空に輝く、色とりどりの光の瞬き……。まるで皆様が、美しい人間花火になって夜空を彩ってくださったようですわ!」


 自分の作ったお茶菓子によって客人が空の彼方で爆散したというのに、彼女の脳内では「アトラクションに感動した彼らが、光の魔法で美しい演出を返してくれた」という、どこまでもハッピーな解釈がなされていた。


「アーサー様たち、あんなに高く飛び上がって……きっと大興奮だったのでしょうね。次回はもっと高く飛べるように、パイの具材を工夫しなくては!」


 狂気の厄災は、次なるメニューの改善に胸を躍らせている。


 一方、王都の中心にそびえ立つ大聖堂の『復活の間』。


「さ、酸素を……! 息が、息ができないぃぃっ!」

「落ちる、落ちるぅぅっ! 地面が迫ってくる、助けてくれぇぇっ!」


 大理石の床の上で、数十人の精鋭たちが、極度の酸欠の幻肢痛と、一万メートルから墜落する死の恐怖に苛まれながらのたうち回っていた。

 彼らのトラウマリストに、新たに「高所恐怖症」と「パイへの恐怖」が追加された瞬間である。

 しかし、全身を震わせながら立ち上がったアーサーの口元には、凄絶な笑みが浮かんでいた。


「ははっ……。見ろ、エルリア殿。ルーク。俺たちは、食い切ったぞ……」

「アーサー、様……うぅっ……」


 エルリアもまた、床に這いつくばりながら滂沱の涙を流していた。


「あいつは満足していた……。俺たちは、これでまた当分、王都の平和を勝ち取ったんだ……!」


 狂気の犠牲となった悲しき英雄たちは、お茶菓子を完食して爆死したという事実を「国家防衛の勝利」として噛み締め、互いの健闘を称え合いながら泣き叫んだ。

 かくして、『生け贄のシステム』は完璧に機能し、厄災と英雄たちによる果てしない命がけのティータイムは、王都の新たな日常として定着していくのであった。


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