3 「得体の知れない女」
ジークは鋭い眼差しで目の前の美女を見つめる。
「何を言っている?」
女は優雅な動作で礼をする。肩を流れる金の髪の先まで全てが美しい。その動作に周りの男たちが見惚れていたが、ジークだけは冷たく女を見据える。
「わたくしはレアゼラフィーネと申します。以後お見知りおきを。ジルキスレイヴァルド様」
鈴を転がしたような声だった。その声は、酷くジークの耳に馴染んだ。
多分自分を指す言葉であるのだろう、女の可憐な唇から流暢に出てくる聞き覚えのない名に訳もなくジークは苛立ちを覚えた。
「人違いだな。俺はジルキス何とかという長ったらしい名前なんてもってねえし、あんたに様を付けて呼んでもらうほど身分の高い人間でもない」
ジークは自信を持って言う。しかし、女―レアは首を横に振る。
「いいえ、私は間違ってはいません。あなたはとても尊いお方です。とても」
その言葉にジークはため息をついた。
「俺は孤児で、他人の目に触れずに成長した。身分を保障するものなんてない。お前が俺を知っているはずがない」
「いいえ、いいえ。確かに私はあなたを知りませんでした…でも」
レアは辛そうに首を振る。
ジークは苛立ちを言葉に込める。
「話にならねえな。お前が俺の何を知っている?いい加減にしろ、時間を無駄にしたくないんだ。俺は明日の朝までにはこの国を出たいんだよ」
溜息をついて女の脇をすり抜けようとする。しかし、女に手を掴まれた。
「お願いです。少しでいいのです。私の話を聞いてください」
ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。レアという女から匂い立つその香りにジークは何故か眩暈がした。
酒場の中の客たちは二人を注目している、それもまたジークを苛立たせるひとつの原因だった。一番の原因は目の前の女が言う虚言なのだが。
「わたくしの話を聞いていただけませんか?ジルキスレイヴァルド様」
長い名を呼ばれるだけでジークの苛立ちが募る。出て行こうとするが、女の身体のどこにそんな力があるのか、軽く引っ張っても離れようとはしない。しかし、ここで力任せに振り払うのも大人として、男としては情けない。
やがて諦めたジークは深く溜息を吐いた。
「話を聞くにしろ、ここは騒がしい。とりあえずここから離れて、話は」
ジークが全て言い終わる前に、静寂が訪れた。
ジークは目を見開いて、あたりを見回す。
酒を煽っていた男、楽しそうに話していたカップル、ジーク達の動向を窺っていた者、店員、全ての人間が床に倒れ伏していた。
「お前」
レアの方を見ると笑みを浮かべてジークを見ていた。
「殺してはおりませんよ。ただ、眠っていただいただけです」
これで落ち着けますね、とこともなげに言いレアは近くの椅子にジークを促した。
ジークは一瞬呆け、レアを睨んだかと思うと殺気をレアにぶつける。
普通の人間ではジークの本気の殺気にあてられただけでも衝撃で心臓が潰れ、即死するはずだが、レアは顔色一つ変えずジークに向け微笑みかけている。
ジークは、レアが力を使った一瞬で悟った。
「お前は……貴様何者だ」
人間でもなく、魔族でもなく、得体の知れない生き物。
この女は、ジークが倒した魔王よりもずっと強い。
「わたくしは深淵よりまいりました」
「何?」
意味が分からずジークが問いかけてもそれには答えず、レアは周りの人間を魅了するような蕩ける笑みを浮かべた。
しかし、ジークは、微笑むレアに対して絶世の美を質のいい持つ人形という感想しか湧かなかった。そしてその人形じみた女の口から、流暢に紡ぎだされる言葉の意味は、ジークには異国語を聞いているかのように理解できなかった。
「我らの頂に据わるべきお方、ジルキスレイヴァルド様を御迎えするために」




