2 「別れと出会い」
式の日取りは刻々と近づいてくる。
その日が近づくにつれジークの中で苛立ちの感情が膨らんでいく。
かつての仲間がジークの結婚を祝福する中、カルラは城に留まり、必死でジークに説得しようとしていた。
お前のような人間がこんなちっぽけな城に縛られてもいいのか。面白みのない生活を強いられてもいいのか、と。
カルラの言いたいことは分かっている。安に自分を選べということだ。
カルラはジークを気に入っている、それ故、手放したくないのだろう。
しかし、ジークにはカルラを選ぶ気はさらさらなかった。ジークにとってカルラはただしばらくの間旅を共にしたというだけの女である。
ジークは夜にはカルラ、昼にはマルレーネの相手をしていた。
昼にマルレーネが訪ねてきても、彼女はただおどおどしているだけでジークから話をするのを待っているだけである。尋ねてきたからには、自分から話せばいいのにと思いながらジークは気を使って話題を振ってやる。
夜はカルラが訪ねてくる。勇者の仲間ということでカルラを止める者は誰もいない。その中で身体を重ねながら、火照った身体の熱を冷ます。
マルレーネは知っているはずなのに何も言わない。ただ、笑顔の中のふとした瞬間に非難の眼差しを向けてくるだけだ。
マルレーネと過ごすたび、ジークはマルレーネをうっとうしく感じるようになってくる。自分の意見を言わない女は嫌いだった。そして、自分の意見を押し付けてくるカルラのような女も嫌いだった。
元来嫌いな人間は眼中に入れないジークである。
自分勝手だが、それが自分だとジークは思っている。だから、今の自分が身を置いている環境は実に不本意だらけでどんどん苛立ちが募ってくる。
うんざりだった。
マルレーネもカルラも、束縛を受け入れようとしている自分自身も。
結婚式前夜、ジークはテラスに出た。今夜ばかりはカルラもジークの部屋に入ってくることは出来ないので、時間をゆっくり感じることができた。
暗く淀んだジークの心とは反対の、雲ひとつない空を仰ぎ見る。キラキラと美しく輝く星の穢れのない輝きがジークのドロドロとした心に切なさを生む。
しばらく夜空に浮かぶ星々を見ていたジークだったが、不意に頭の中が冴えわたる。
星は自分の力で光り輝いてるのに自分は何を悩んでいたのだろう。自分の思うままに行動すればいいではないか。
人の言われるが儘に結婚をして死ぬまで束縛されるのはジークの性分ではない。
思い立ったがすぐ行動でジークは剣以外の何も持たずに3階のテラスから飛び降りた。そして衛兵に気付かれずに城の外へ出る。
もはや、城に戻ってくる気などなかった。
指名手配されることは分かっている。しかし、ジークは止められなかった。
仲間のことも、カルラのこと、マルレーネのこと、国王、国民のことなど考えずにジークは城から脱出した。
脱出したら、まずしなければならないと思ったのがこれだった。
城下の酒場で一人酒を煽る。
魔王を倒してから、久しぶりの自由を満喫する。今までの行動と自分の考えを顧みると自分はつくづく勇者には向かない人間なんだと苦笑した。
なみなみと酒を注がれたグラスを傾けながらジークはこれから何をしようかと考える。明日にもきっと手配書が出回るだろう。王女との婚姻を拒んだ極悪犯として。
自分のしでかしたことなので不満はないが、少し面倒だと思った。
しばらく酒場の隅っこのテーブルを陣取り酒を飲んでいると酷く耳障りな声が聞こえた。
「へへ、ねえちゃん。こんなとこに綺麗なねえちゃんが一人で来たりしたら、何されても文句言えねえんだぜ?」
また酔っ払いが人に絡んでいるとジークは思う。
しかし、酒場で女一人というのはよっぽど自分の腕に自身があるか、ただのきちがいかである。
その無謀な女に興味を持ち視線を向ける。そして、紫紺の瞳を軽く瞠る。
美しい女だった。緩やかなウェーブを描いた長い黄金の髪に、海を連想させるような青くて深い瞳を持つその女はまるで絵画から抜け出てきたかような完璧な美を持っていた。
女は微笑みを浮かべ目の前の男を見ていた。こんな場面にも関わらず。
何も答えず笑みを浮かべている女に苛立った男は大きい体格を寄せて女に凄む。
「おいおい、それはいけねえよな。何とか言ったらどうなんだよ! ああ?」
「それは、すみません」
美しい女は声も美しい。高すぎず低すぎず、耳に心地よく馴染むその声に遠くにいたジークは耳を傾けた。
ジークに女を助ける気はなかった。女が慌ても恐怖してもないからだ。だから何もしない。
「わたくし、あの方に用事があるんです。どいていただけませんか?」
視線を感じジークは女を見た。女の深い青と視線が交差する。
しかし、女の意思は汲み取ってもらえなかったようだ。男は顔を怒りで歪ませ、女を睨みつける。
「ふざけんな!そんなんではいそうですかって通せるかよ」
男が女に掴みかかろうとした。完全に泥酔している男に物事の分別は付かない。
「愚かな」
呟くような小さな声だった。しかし、遠く離れたジークの耳にしっかりと届いたその声は微量な魔力を含んでいることに気付いた。
「ああん?」
呟きが聞こえなかった男は乱暴な動作で女に耳を寄せる。女が柳眉を顰める。
女が洗練された動作で男の方にその白く繊細な手を置く。
男が何かを言う前にその巨体は壁に叩きつけられていた。足の裏に残る男の肉のぶよぶよとした感触にジークは眉を顰め、軽く舌打ちをした。
「酒が不味くなった」
行動してしまって、余計なことをしなければよかったと後悔した。お陰で注目を浴びてしまった。まだ、広まっていないがお尋ね者(になる予定)なのだからあまり目立つのはいただけない。
「ありがとうございます」
女が微笑みながら礼を述べてきた。その笑みを胡散臭そうにジークは、見る。
面倒なことになったら困る。というかすでに面倒事に片足を突っ込みかけているような気がする。
ジークは女を無視して、カウンターに金を置き酒場から出ようとした。
「お待ちください、ジルキスレイヴァルド様」
凛とした声が響く。その女の言う名前が自分を指す名前だとは思っていなかったが、ジークは振り向いた。
深い瞳とぶつかる。女の浮かべる得体の知れない笑みに身構えた。
「探しておりましたジルキスレイヴァルド様」
女はそう言ってジークの前に跪いた。




