1 「勇者と呼ばれる男」
軽快な音楽が鳴り響く。踊り子はテンポよく踊り、楽師は器用に楽器を奏でる。
その場にいる全ての人間が浮足立ち、酒をあおり、騒いでいる。貴族も平民も王族さえ、そこでは関係ないように見えた。
皆讃えた。男を、仲間達を。魔王を倒し、平和をもたらした勇者一行を。
しかし、今ジークはこの場からすぐに立ち去ってしまいたかった。
共に旅をしただけの人間たちは肉付きの良い女たちに囲まれその匂い立つような色香と注がれる酒に酔いしれている。女たちの腰に手を回し、人目もはばからず身を寄せる。
その様子を横目で見ながらジークはウグル酒を一口飲んだ。
一般の女たちはジークの発する威圧的な雰囲気によって近寄ってはこないが、しばらくの間旅路を共にした女魔導士カルラは自らの肉惑的な身体をジークに押しつけるのに必死になっている。
ジークはそれに辟易しながらも、婚約者のいる(勝手に決められただけだが)男をここまで誘惑してくる女に感心した。
婚約者である姫君は寄り添う二人を遠巻きに見ているだけである。カルラに対する嫉妬しているのだろう、その視線は厳しい。
ジークはその粘着質に絡みつく視線も自分にひっついているカルラも面倒になって立ち上がる。
「ジークぅ…どこにいくの」
甘ったるく、どこか不満げな声でカルラは背を向けたジークを呼びとめる。応えるのも煩わしくジークは無言で外に出た。
しばらく歩くと中庭に出た。
周りに誰もいないのを確認して、ほっと一息つく。今は兵士も城の入り口といった最小限の場所にしか配置されていない。今ここを攻められたら王の首なども容易に討ち取ることができるだろう。
自分の為に催された宴だが、当のジークは息苦しさしか感じることができない。
何もかも綿密に計算されて作られた豪華な城だが、それはどこまでも無機質で酷く息苦しく感じた。つくづく自分はこういう場所には合わないと思う。
どうして、こうなったのだろう。
時々自分の置かれている状況が理解できなくなる。
それでもわざわざ勇者の募集に応募し面倒だと思いながら魔王を倒したのは自分の居場所を造りたかったせいなのか。
空を見上げると闇に同化し、星と月のみが浮かび上がっている。
ジークは耳のピアスを触る。鮮やかな緑色の宝石が月の光に反射して淡い輝きを放つ。
こうして瞳を閉じ、耳を澄ませていると自然と一体化したような気になるのは己の希望が見せる幻惑なのだろうか。
いざ自分の居場所を手にすると息苦しくなり、何もかも忘れて自然に溶けてしまいたいと思うのは自分勝手だろうか。
その空間を壊したのは実に愛らしい声だった。
「ジーク様…」
背中に遠慮がちな声がかかる。ジークはこの声を知っている。
「マルレーネ姫」
振り向くとそこには亜麻色の髪を持つ少女がいた。
ジークが見てきた女性の中では平凡な部類に入る容姿を頼りな下げに震わせながら、ジークの方にゆっくりと近づいてくる。
「マルレーネ姫、どうしたのです。こんなところにいてはお体を冷やされますよ」
敬語を使い年下の少女にへりくだっている自分を滑稽に思いながらも、微笑みを浮かべると努めて優しい言い方をする。
この少女は自分の婚約者なのだ。たとえ国王によって一方的に決められた愛のない婚約であろうと。
「今日は、ジーク様と共に過ごしたかったのです」
マルレーネは、顔をほんのりと赤らめながら言う。
少女は、先ほどカルラと一緒にいた時のことを口にはしない。あんなにも怒り猛る瞳を自分たちに向けていたというのに。
ジークは思った。将来結婚し、もしも自分が浮気をしてもきっと彼女は何も言わないのだろうと。激情を隠し何気ない顔をして自分の隣に立つマルレーネの将来の姿をたやすく想像できた。
マルレーネ姫と結婚し、次期国王となり国を治め民を率いていく。それが魔王を倒したときから決められた自分の道。それは平民である自分にとってはとても幸運なことなのであろう。
しかし、ジークは思う。はたしてこれが自分の望んでいた道なのだろうかと。その思いが日に日に強くなっていく。
「ジーク様?どうなされたのですか」
マルレーネが不思議そうにジークを見上げる。
ジークはマルレーネを冷静な瞳で見つめ返した。
マルレーネからの好意は痛いほど伝わってくる。しかし、彼女と初めて顔を合わせたのは魔王を倒してからジークが国王に謁見した時である。それは5日前だったはずだ。
ジークが旅立つ時には王女や宰相、王さえも見送りはなかった。ただ愛想の悪い受付に少しの金を渡され「頑張ってくださいと」棒読みで言われただけだった。
期待はされていなかったのだろう。何しろ名のある貴族や騎士でもない平民出身の勇者だったのだから。
だからジークは、魔王を倒したことで、手のひらを返すように態度を変えて勇者を讃える人々を滑稽とさえ思っていた。
ジークを好きになったマルレーネの気持ちがジークには理解できない。現にジークの方はマルレーネに対して少しの感情も抱いてはいない。
多分姫が魔王を倒しただけの不詳のジークとの結婚を了承したのはジークの容姿も関係してくるだろう。
昔から数え切れないほどの女がジークの容姿に釣られて寄ってきた。恐ろしいほどに整った顔、均等のとれた身体、海の底のような深い瞳、そして太陽の下で輝く白銀の髪。昔の知り合いには、まるで凛々しく美しい月の男神ポロニアスのごとき風貌と称えられたこともあった。
多分マルレーネもその自分の顔に魅了されたのだろうとジークは決めつけた。
実際間違ってはいなかったのだが。
「ジーク様」
マルレーネの不安そうな声に気づき、飛ばしていた意識を目の前の少女に戻す。
「ああ、申し訳ありません。マルレーネ姫」
「マルレーネと、呼んでください」
頬を膨らませ、拗ねたように言う。
サラサラと流れる亜麻色の髪はよく手入れをされていて美しい。平凡な顔立ちだが頬を染めまっすぐにジークを見つめるその姿はとても可愛らしいとジークは思った。
マルレーネがジークに身を寄せてくる。押しつけてくるわけでもなく、ただ身体を委ねてくるだけである。ジークはその細い腰に手を添える。
「マルレーネ」
「ジーク様」
自分を見つめてくる潤んだ瞳、そして少し開かれた濡れた唇。
その場の雰囲気に身を任せジークは静かにマルレーネに唇を寄せた。
自分の冷めた心を誤魔化しながら。
男主人公です。
何かすごく書くのに苦労しますねー何故だか…
自分が書いているのに人物の性格がいまいち掴みきれないんですね。ダメじゃん。




