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【短編/11話完結】記憶がつみ重なる世界で ~未知を求める青年と、なにも知らない少女~  作者: 茉莉多 真遊人
第3章 試練と自立

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6. 不吉の烙印と父性の餞

 ガルズはゼムとともに、レッジの家へと辿り着く。


 そこには高熱にうなされるレッジと彼の家族や白髪混じりの医者がおり、ガルズに薬草採りを頼むべくさまざまな経緯を説明してきた。


「というわけで、病状から見るに、森の奥にある効き目の強い薬草が必要なんだ」


 医者は努めて冷静に話しているが、ちらちらとレッジを窺っており、彼の容体があまり芳しくないことを視線で物語っていた。


 意識が混濁したレッジの荒い呼吸が響く部屋で、頷くガルズはある名を投じる。


「なるほどな。ところで……ニナが原因だと本気でそう思っているのか?」


 その場の全員が一瞬硬直し、医者が困惑から来る乾いた笑みを顔に貼り付けている。


「いや、私は……だが、村人たちは——」


「ここ数か月にわたった家畜の病気、そのための薬の大量使用、それに伴う薬草の在庫不足、そこに示し合わせたかのようなレッジの急な高熱……その全部がニナのせいだと?」


 濁そうとする医者の言葉を遮って、ガルズは先ほど聞いた経緯の説明をすべて暗唱する。


 医者の瞳には寂寥と諦観がありありと映し出されていた。


「……ガルズ、君なら分かるだろ? 人は不可解なものに理由を付けたがる。分からないものは怖いからだ」


 知っていることが安心を生む世界は、転じて知らないものを嫌悪し忌避する世界になる。


 誰かが知っていれば安心が周りへ伝わっていくが、誰も知らなければ嫌悪感が深みを増す。


「……薬草は採りに行こう」


「本当か!」


 ガルズはそれ以上の追及を止め、本来の要請に応じることにした。


 薬草の採取。夜の森といえども、彼なら危なげもなく達成できる。


「ただし、採るのはニナと俺だ」


 しかし、ガルズは妙案を思いついたとばかりに、あろうことかニナの名前を出して踵を返す。医者もレッジの家族も何かを言いたげな顔までするが、その言葉を飲み込んだようだった。


「なっ!? ニ、ニナもか!?」


 ゼムはゼムで彼の言葉に驚きつつも、何かを理解し、不思議と落ち着きを取り戻し始めていた。


 その後、ガルズとゼムが再びガルズの部屋へと戻る。


「何があったの?」


 そわそわと部屋の中を歩き回るニナは、留守番として蚊帳の外にされた悔しさからか、すぐさま事情を問いただすように2人へと近付いた。


 ガルズは一通りを説明する。彼が聞いたことすべて、ニナになすりつけられた村の不幸まで事細かに説明した。


 ニナは狼狽を隠せなかったが、へたり込むことも顔を歪ませることもなく、毅然とした様子を見せている。


「というわけだ。ニナ、俺と一緒に薬草を採りに行くか? さすがに、命の危険は助けてやる。だけど、助けた時点で試練は不合格だ。俺との旅はすっぱりと諦めてもらう」


「行くわ」


 ニナは一瞬の迷いもなく、二つ返事でそう答えた。


 彼女の瞳に映る灯りの火がまるで彼女の奥底にある闘志の炎を表しているかのようだった。


 そのとき、ゼムが2人にも聞こえるほどの深呼吸をする。


「ニナ、本気なのか」


 ゼムの心配を容易に想像できたニナは、彼ににっこりと屈託のない笑みを向ける。


「うん。それが、ガルズが私に課す試練だから」


「……ちょっと待っていろ」


 ゼムもまた覚悟を決めたのだろう。そう言い残して部屋を出て行き、5分もしないうちに抱えられるほどの小さな木箱を持って返ってきた。


 ニナはゼムに促されるまま、置かれた木箱を開けて中身を確認する。


「いろいろな道具……それに、これは……オーバーオール?」


 ニナが木箱の中を物色し、目について広げたのは作業用に誂えた頑丈で武骨な機能性ばかりを追い求めた濃いカーキ色のオーバーオールだ。


「森に入るのに村娘の格好はないだろ。お前が大人になったらいろいろな作業を手伝いたいって言ってくれていたからな」


 別の理由でゼムが用意していた一式は、偶然にも彼女の後押しになった。


 ニナは潤んだ瞳を見せたくなかったのか、オーバーオールに顔を擦りつける。


「ありがとう、パパ。でも、全然かわいくないわね」


「そこはほら、機能性重視だからな」


 父親と娘らしい会話に、ガルズは顔を綻ばせる。


 その後、ニナはオーバーオールや付属のポーチを持って、自室で着替えてから再びガルズの部屋に戻ってきた。


「どう? かなり地味だけど。あと、髪も……その、邪魔にならないように結んでみたんだけど。どうかな?」


 汚れることを意識したのか、ニナは亜麻色のチュニックを身に着け、その上にカーキ色のオーバーオールを着込む。全体的には彼女の言うとおり地味だが、自然に溶け込む色としては申し分がなかった。


 また、動きやすくするためか、彼女の自慢のロングヘアはポニーテイルに姿を変えている。


「お前は何を着てもかわいいな。髪型も似合っているぞ。そうだ、あとはこれも持っていけ」


 ほろりと涙するゼムは、忘れていたとばかりに改めて1本の金属棒を手渡した。


 鈍色の筒はそこそこの重さで武器のようだが、彼女の二の腕ほどの長さで短い。


「棒? 武器にしては短い気もするけど……」


 ニナが何の気なしに振り回すと、ゼムが焦って彼女の手を止めた。


「おっと、気を付けろ。こことここを押すと、伸びる。さらに、こことここを押すと、刃の部分が出る」


 ゼムが棒を天に向けながら、棒にあるいくつかの突起ののうち2つを両手で同時に押し込む。


 すると、棒はカチリという音ともにニナの身長ほどに伸長した。


 さらにゼムが別の突起を2つ押し込むと、1つの先端から刃渡り数十センチほどの冷え冷えとした素槍の穂が現れる。


「うわっ! 槍になった……?」


「この状態で、こことここを押すと元の棒に戻るからな。1本じゃ心許ないだろうから、半分ほどの長さの小さな予備も2本ある。腰のポーチあたりに入れておけ」


「あ、うん、ありがとう……」


「いいか、使い方を間違えるなよ。これはお前を守るための道具だ。お前のための武器だ」


 ゼムの言葉に重みを感じて、ニナはこくりと静かに頷いた。


「ニナ、そろそろ行くか」


「頼んだぞ、ガルズ」


 ガルズは返事の代わりに軽く手を振る。


 その後、ニナとガルズが宿屋から出たとき、10人ほどの人だかりができていた。


「ニナ、お前がいなければ! 全部、お前のせいだ! 全部、お前の——」


 突如、ニナを糾弾する声が発せられ、村人たちは冷たい視線で彼女を突き刺していく。


 しかし、ニナが糾弾の嵐を前に気丈な態度で村人たちを見つめ返すと、その声と姿が1つまた1つと潜むように夜の闇へと消えて、やがて静まり返った。


「ご苦労なことだ。声を出せるだけの臆病者に関わっている暇はないぞ、ニナ」


「うん、絶対に薬草を1人で採って、試練に合格してみせるんだから!」


 ニナは静まり返った寂しさに涙を流すことなく、ガルズとともに森へと入っていく。


 その傍ら、暗闇に潜む一対の目が、獲物を値踏みするように2人を凝視していた。

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