4. 理不尽な宣告と皮肉な道標
この場にいる全員が理解した異常事態。
その動揺はニナ本人だけでなく、その場に居合わせた全員がどよめき困惑している。
ニナは言葉を忘れたように、口からどんな言葉も出さなかった。
ゼムは隣にいるガルズの両肩を掴んで視線を交わす。
「ガルズ! 知人の多いお前ならニナが昔誰だったか分かるだろ!? なあ!?」
そのゼムの言葉と焦りは、彼自身もニナの前世以前を知らないと言っているも同義だった。
だからこそ、ゼムは一縷の望みをガルズに向けている。
世界を巡る旅を魂に刻んだガルズは、誰よりも多くの『過去』と『人』を知る男だ。
その彼が、首を横に振った。
「ゼム、残念だが、ニナのことは俺にも分からない」
ゼムの顔は色を失うも、親としての責務か、考えられる何かを一生懸命に絞り出して、ハッとして笑みを浮かべながらガルズの肩を揺らす。
「き、記憶の分割じゃないか!? 人がどんどん増えていた昔はよくあったらしいじゃないか!」
ゼムは大きくなりそうな声を必死に抑えている。
その彼の懸命な言葉に対しても、ガルズは冷静に再び首を横に振った。
「分割じゃない。複写だ。だからこそ、誰も知らないなんてことは、俺の知る限り起きたことがない」
ガルズの言葉は無慈悲な物言いだが、ゼムがニナの親だからこそ、ゼムに現実を直視させるためにガルズが非常に徹している結果である。
それをゼムも承知しているからこそ、逆上することなく、ガルズに縋るように助けを求めるように自分の知っている知識を答え合わせしていっている。
「俺らの知らない土地に住み着いた人類だっている。だったら、ここで誰も知らない人がいたっておかしくない……だろ?」
ゼムが可能性を絞り出している中、ニナはまだ周りを見渡している。
誰かを、ニナ以外の自分を知っている誰かを探して、彼女は必死にその場にいる全員としっかりと目を合わせて行く。
だが、何も起こらない。
誰も目を合わせた瞬間に起こる記憶の蘇りが発生しない。
「さっきも言ったように複写があるだろ。それに、俺たちは、人類は、どれだけの人生を魂に刻んでいると思っているんだ」
可能性を一つずつ否定していくガルズの心も苦渋に満ちていた。
しかし、偽りの希望を与えることが今の彼らに甘い神経毒を与えることになると考えるからこそ、彼は否定を避けられない。
「そ、それは……」
ゼムの中で可能性が1つ1つ消えていき、残ったのは不可解な異端、本来あり得るはずのない未知なる結論だった。
「それに、追い打ちを掛けるようですまないが、あんな赤い光を見たのは初めてだ」
「うぐっ……ちくしょう……なんでニナが……」
ゼムは膝に力が入らなくなったのか、ガクガクと震わせた後に崩れていく。
「赤い光って不吉だよね?」
「誰も知らない!? こんなこと初めてじゃない!?」
輪郭のはっきりしてきた違和感が、大きな恐怖となってこの場を飲み込む。
誰もがニナを異端や不吉な象徴として、排他的な眼差しを向けている。
ニナはその空気に押し潰されそうになって、青ざめながら数歩後ずさりしていた。
「静まれ!」
誰かが大騒ぎすれば一瞬でこの状況が崩壊する中で、一喝とともに空気を変えたのは村長だった。
「村長、私……」
ニナは後ろを振り返って、演説台に上ってくる村長の方を見つめる。
村長はいつになく険しい表情で全員の前に立つ。
「ゼムはいるか!?」
「ここに!」
ゼムは手を振りながら、大声で村長に自分の存在を示す。
その様子を見た村長が静かに頷く。
「ここへ来てくれ」
「……はい」
ゼムは前にいる村人たちの間を割って入り、村人たちも波のように彼の傍から次第に引いていく。
彼が演説台に辿り着く頃には、人だかりに一本の道ができあがっていた。
「はっきり言おう。選んでくれ。ニナ一人を追い出すか、お前も一緒に出るか。2日以内にな」
単刀直入、単純明快、二者択一。
村長はほかの解釈など許さないかのように、はっきりとニナを追い出すと宣言した。
違いは、ゼムがいるかいないかだけだった。
「なっ!?」
「えっ!?」
ゼムもニナも驚く以外に何もできなかった。
村長が続けるために口を開く。
「お前さんも分かるように、ニナは明らかに異常だ。村に災いをもたらすかもしれない」
「何もそう決まったわけじゃ! うっ……」
ゼムは話の飛躍だとばかりに食って掛かろうとするも、一切の妥協を許そうとしない村長の表情に、次の言葉が出ないままに怯んでしまった。
「ゼムよ、お前も見ただろう! あの不気味な赤い光を! それに、誰もニナの昔を知らない! これが災いの始まりじゃないとすればなんだ!」
村長が声を荒げる。
その仰々しい様子に、ガルズは思わず笑った。
「待ってくれ、爺ちゃん!」
その中で突如、エペルが演説台に駆け上がって声を張り上げた。
「エペル、なんだ?」
村長が訝し気な表情でエペルを見る。
それに対して、エペルは平然としていた。
「俺はニナと夫婦になりたいんだ」
「なんだと!?」
エペルの言い放ったセリフに村長だけでなく、ニナも驚いた。
ただし、ニナの驚きには残念ながら嫌悪感も含まれていて、表情が露骨に険しくなる。
「昔からそう思っていたんだ。ニナのことは、俺がどうにかするからさ」
「しかし……それはそれで……」
いつの間にか、村長とゼムの話が村長とエペルの話へとすり替わっていき、何より、ニナの気持ちを整理も確認もしない時間が過ぎ去っていく。
当の本人であるニナは悔しそうな顔で涙を浮かべて顔を俯かせる。
「じゃあ、選択肢にだけ入れさせてくれないか。ニナが一人で出ていくか、ゼムさんも一緒に出ていくか、ニナが俺の嫁になってこの村でゼムさんもニナも残るか」
「……そこまでお前が言うなら選択肢には入れてやろう。ただし、期限は変わらない」
村長とエペルの話が片付こうとしていたそのとき、人だかりにできていた一本道から1つの人影が演説台まで近付いていく。
「待てよ、ニスタ……いや、ミイスの方がいいか……お前は昔から変わらないな」
人影はガルズだった。
村人たちは展開についていけず、横切る彼の顔を呆然と見つめるばかりだ。
「なんだ、お前がおったのか、旅人。古い名前まで持ち出すとはな」
ガルズと目を合わせた村長は再会を喜ぶ気配を微塵も見せず、どこか面倒くさそうな様子でガルズを見つめ返していた。
「まあな。それと、イーエム、久しいな」
「……ははっ、久しいな。まあ、久しいと言うほど親しかった覚えはないけどな、旅人。今世でも旅人はな」
ガルズが次にエペルと目を合わせると、エペルもまた苦々しい表情を見せる。
「連れないじゃないか、別の名前のときに助けた……まあいい。言わせてもらうと、その選択肢はどう考えてもおかしい。いきなり追い出したり、夫婦にさせたりするなんてな。そもそも、ニナの気持ちを聞かないで決めるのはひどいんじゃないか?」
ここで初めてニナの気持ちが話題となる。
ゼムはハッとした表情をし、ニナも目を真ん丸にして顔を震わせながら、ガルズを見る。
一方の村長とエペルは、やれやれとばかりに溜め息を吐いたり肩を竦ませたりしていた。
「部外者が口出しをするなよ。ニナは俺のものだ」
「治らない悪い癖だな、イーエム。ニナは誰のものでもない」
エペルの物言いにガルズがきっぱりと言い返す。
ここで、村長がいいことを思いついたとばかりに企み顔になった。
「あぁ、そうだ。お前がいるなら、選択肢も増えたな。お前がそんなにニナを気にしているなら、女神さまのところへ連れて行ってやればいい」
村長はしれっと追い出す方向へと再び話を戻そうとした。
「女神のところ? まさか童話の話じゃないだろうな?」
「ふんっ! 知らないものを知りたがるお前にピッタリじゃないか。こんなおかしなニナがいれば、会えるかもしれんぞ」
「正気か? どうしてもお前はニナを——」
「とにかく、この決定は覆さん! ゼム、2日以内に回答を持ってこい!」
ガルズと村長の言い合いは村長が一方的に打ち切ることで終わってしまい、残ったのは理不尽な選択肢と短すぎる期限、そして、ニナの絶望だけだった。




