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【短編/11話完結】記憶がつみ重なる世界で ~未知を求める青年と、なにも知らない少女~  作者: 茉莉多 真遊人
第4章 別れと旅立ち

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9. 武骨な愛情と改造済みのバイク

 ニナが涙を出しきってからは、すべてが流れるように片付いた。


 ニナは借りたジャケットのボタンを締め、薬草を採り、エペルの骸を放置したまま、森の獣に気付かれる前に村へと戻っていく。


 その背後で狼の遠吠えが聞こえるも、追いつかれることはなかった。


 村に着くとすぐにレッジの家へ向かい、ニナが扉をノックする。


 薬草を待っていた医者とレッジの奥さんがすぐに現れるが、2人はニナの様子に絶句した。


「ニナ、その顔や服は……」


「はい、これで治るよね? じゃあ、さよなら、お元気で」


 ニナは薬草を医者に押し付けるように手渡して、扉を閉めると同時に淡々と別れの言葉を告げる。


 バタン。


 ガルズとニナが踵を返して振り向くと、そこには村長と数名の村人が立っていた。


「これはどういうことだ」


 村長の問いに、ガルズは肩を竦める。


「ニナと俺が薬草を採りに行った」


「そのときに……エペルが私を手籠めにしようと襲い掛かってきたから殺したわ」


 ガルズの返答に間髪を入れず、ニナは感情の起伏がないままにその言葉を口にする。


 動揺し絶句する村人を前に、村長は静かに彼女を見た。


「エペルを殺したか……ニナ、お前……ここにいられると——」


「ガルズと村を出ていくわ。もう疲れたの。帰っていい?」


 分かっていると言いたげに、ニナは村長の言葉を遮る。


 村長に告げたように、彼女の顔は疲労の色がありありと映し出されていた。


「ニスタ、お前にとっても悪い話じゃないだろ? 厄介なイーエムを殺したニナは村を出て行くんだからな」


 村長が再び口を開けようとする前に、ガルズが話を纏めるようにそう言いきった。


 村長はガルズの瞳を見て、自嘲気味にフッと笑う。


「……勝手にしろ」


 村長が動揺したままの村人たちを連れて立ち去った。


「ガルズ、厄介って、どういうこと?」


「昔のことだ。まあ……ニスタは臆病だが、苦労人で、口ほど悪い奴じゃないってことだ。昔も、おそらく今もな」


 ニナの疑問に、ガルズは少し曖昧な表現で返すだけに留まった。


 それから2人が宿屋の前まで辿り着くと、ゼムが両手を大きく振って迎えてくれる。


「ニ、ニナ! その顔は……」


「ごめん、パパ、疲れたから寝るわ」


「そうか」


「それと、明日、ガルズと村を出るから。ガルズ、パパに説明してくれる?」


 ニナに説明を振られたガルズは、問題ないとばかりに目を閉じて緩慢に頷く。


「お安い御用だ、相棒。それよりも、今日の疲れは明日に残さないようにな」


 ニナは振り向くこともなく、さっと片手を上げてぷらぷらと揺らすと、宿屋の中へと消えていった。


 ガルズとゼムはそのくたくたな小さな背中を見送ってから、事の顛末をすべて共有するように話し込む。


 ゼムは時折、言葉に詰まるも、最後にはすべてを納得したように哀しい表情で何度も繰り返し頷いた。


「そんなことがあったのか、ありがとうな。ゆっくり休んでくれ」


 ゼムはガルズの背後に回って、自分の顔を見せないように、彼の背を押して宿屋へと入っていった。



 翌朝。


 旅の始まりに相応しい快晴だった。


「は? はあっ!?」


 しかし、ガルズはいつもなら出すわけもない素っ頓狂な声を口から出していた。


 その原因は、彼がニナと合流し、ニナをどう連れて行こうか考えてバイクのある裏手へと回り込んだら、自分のバイクに見覚えのないものが備わっていたからだ。


「ははは、お前でもそんな風に驚くことはあるんだな」


 ゼムは白目が赤く血走り、目の周りに濃いくまがあって、いかにも眠そうな表情で疲れた笑い声を発している。


「当たり前だ。たった一夜で自分のバイクがサイドカー付になったら、誰でも驚くだろ」


 そう、ガルズの愛車の横に、昨日はなかったサイドカーが厳重に固定されていたのだ。


 ゼムは不眠不休で勝手に改造していた。


「わあっ!」


 先ほどまで笑顔が固かったニナは一変して目を爛々と輝かせて、サイドカーのボディをぐるっと眺めてみたり、サイドカーにかっこよく乗ったり降りたりする練習をしたりと忙しなく動き回る。


「勝手ですまないが、ニナがお前の後ろで乗り続けられると思えんからな」


「それはそうだろうが……あ、俺のバイク自体もこんなに改造が……ったく、分かったよ。連れて行くと決めたのは俺だからな」


 ガルズのため息は大きかった。


 彼の愛馬は、サイドカーを付けるためのボディフレーム強化だけでなく、タイヤやほかのパーツまで変えられて、もはや原形を留めていなかった。


「ありがとう! ニナを頼むぞ! あと、これは俺がコツコツと貯めてきたニナの持参金だ」


 ガルズが半ば渋々で納得すると、ゼムがホッと安堵の溜め息をこぼした後に、思い出したかのように彼にずしりと重い袋を差し出した。


 中には金貨や銀貨が詰まっており、ガルズはニナのためにだけ使おうと決心して、ゼムにそう伝えようとした矢先、ふと先ほどのゼムの言葉に引っ掛かりを覚える。


「……ん? 持参金?」


 持参金。つまり、結婚の際に贈られる金のことである。


 ガルズは、言葉の綾かジョークかと耳を疑う。


「至らぬところもあるだろうが、器量と見た目は、親のひいき目なしでも良い娘だ。娘の一生を頼む。だけど、孫ができたら一目でいいから見せてくれ。それだけが俺からの唯一の願いだ」


 違った。言葉の綾でも、ジョークでもなく、ゼムは本気でガルズに持参金を渡していた。


「待て。予想を上回る勘違いだ。勘違いするな。相棒であって、伴侶じゃない」


「人生の相棒だろ?」


「旅のだ!」


「お前は旅が人生だろ? 頼むよ! 娘に人並の幸せを! お前だけなんだ!」


「一旦、落ち着け! 話を飛躍させるな! あと、娘の幸せを勝手に決めつけるな!」


 不眠不休の疲れも出てきたのか、ゼムは膝を地面に着いてガルズの腰に縋りつく。


「頼むよ! 後生だから! 孫! 孫! 孫おおおおおっ! 孫の顔が見たいんだあああああっ!」


「……ギルバ、お前…………いや、それはお前の幸せだろ! せめて、本性を隠せ! 分かった、眠いんだろ? 早く寝ろ!」


 ガルズはゼムの手の震えと涙目に気付くも、あえて気付かぬふりをして、おどけて嗜めるようにゼムを諭す言葉を続ける。


 やがて、はしゃいですべてを都合よく聞き逃していたニナがガルズの方を見た。


「ねえ、ガルズ! どうしたの? 早く行こう? って、パパ、何してるの?」


 こうしてガルズは、ゼムから「ニナの婿探し」まで託されることになり、ニナを連れる新たな旅へと踏み出すのだった。

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