49「あなたに、できますか?」
「I love you, Chevalier, can't you see?(シュヴァリエすきすき私を見て)――♪」
「歌詞がだっせえ!」
私は歌っていた。
司会からマイクを奪い取り、ピアノ即興に合わせて、思い浮かんだ歌詞を器用に歌う。
即興で歌い上げることができるなんて、正直、自分にこんな能力があるだなんて思わなかった。
「You're the only knight who matters to me!(私を狂わせる、私だけの騎士)――♪」
しかし、私の本気はここからだ。
琅玕隊に伝わる、想いを幻想に変える聖なる歌【破邪の歌】。私は言の葉に霊力を込めて旋律に乗せる。
歌うたび、空間が揺れて幻想的な風景があたりに広がる。闇だけがある深海の中で、淡く光る色とりどりの海月に照らされる幻影。
誰かが「綺麗……」と溜息を洩らした。
「Let’s talk about love, just you and me—Wait, let’s make it four, come join us, please!(ふたりで愛を語り合おう、いや、4人で語り合おう)――♪」
そこに、私の作り上げたイメージが広がる。
私たちが、四人で手を繋いで楽しくお散歩している映像だ。酔っぱらっているせいで精細なイメージを展開することができず、子供の落書きのようになってしまったが。
『こんなところで【破邪の歌】使うな!』
「ぐっ、イメージもだせえ!」
「少尉! これは始末書ものだからな!!」
この声が届く範囲の人間すべてに届けられる強制幻影。勝手にイメージを使われた父とダミアン――あとなんかベインブリッジ少将――は怒っていたが、これが私の本心だ。
「シュヴァリエ、好きだ―!!!! 4人で付き合おう!!」
この4人が、私の幸せの形なんだ。
◇ ◇ ◇
酔っぱらった織歌の声量があんまりにもデカいものだから、声は展望台まで届いていた。
シュヴァリエとマルガリータの間にあった甘い空気は、織歌のシャウトで崩壊する。
ふっ、とシュヴァリエは笑うと、胸の中にいたマルガリータをそっと離す。
「あの傲慢さが、とてつもなく愛おしいのです」
それはシュヴァリエの本心だった。
織歌の歌によってこじ開けられた心が、氷を溶かす。
傲慢で、我儘で、欲張り。子供のような心を持ちながら、誰よりも純粋。その美しさを受け止める覚悟が、できた。
「……ミシェル様…………」
「申し訳ございません、マルガリータ嬢。愛しい人に呼ばれていますので」
「…………はい。どうぞお行きになって」
マルガリータもシュヴァリエの心に炎が宿ったことを直感した。次は引き留めることなく、静かに一歩離れる。
シュヴァリエはマルガリータから離れると、振り返ることなく去っていく。
迷いのない足取りにマルガリータは直感した、彼はもう二度と自分の元には現れないだろうと。
「ミシェル様。あなたをシュヴァリエ様とお呼びできずに、申し訳ございません」
それは変わってしまったシュヴァリエを受け止めきれなかったマルガリータの罪。
小さな声でそう伝えながら、マルガリータは摩天楼から下界を静かに眺めていた。
眼下にある、頭一つ抜けて高い建物、ポセイドンシアターを。
◇ ◇ ◇
「――ご清聴ありがとうございました」
パチ、パチ、パチ。
織歌の絶唱のあと、驚き慄いた観客からまばらな拍手が贈られる。
初めて幻影を見る彼らは私の歌の技量を量るどころではない。与えられた幻影を脳が処理するのですら精いっぱいだろう。
誰も日本人女がでしゃばるな、などという戯言をほざくことはできなかった。
「では。次は父とダミアンと一緒に」
「やめろやめろ! 俺たちを巻き込むな!」
だがシュヴァリエは戻ってこない。まだ熱が足りないのだろうと、父とダミアンを両手で引っ張ってピアノの前に連れてくる。
ダミアンは非常に嫌がっていたが、私の熱でシュヴァリエを溶かすには彼らの協力も必要だ。
少なくとも何もわかっていない父には協力させようと、必死でしがみつく。その時だった――
ちりん。
静かに鈴の音が鳴る。
音の方向に目を向けると、淡い光と共にシュヴァリエがそこに立っていた。
「織歌」
シュヴァリエが現れると、どこからともなく感嘆の溜息が流れる。
誰しもが彼の美しさに見とれている。だけど、もう焦燥感はなかった。
「シュヴァリエ」
彼の瞳に、私が映っていたからだ。
「……私の負けだ」
シュヴァリエはつかつかとこちらに歩んでくると、そっとピアノの椅子に私を座らせる。
ただでさえ身長差があるのに、私だけが座ってしまうとまるで大人と子供。シュヴァリエを仰ぐように見上げると、彼は笑っていた。
「あなたを選ぶことは、過去の自分を全部否定すること……だから、怖かった」
「シュヴァリエ……」
「だがあなたはそんな私のことなど気にもせず、むしろ積極的に全てを壊しに来た」
「……ごめんなさい」
ふわふわとした頭で、それでもしっかりと謝ると、シュヴァリエは穏やかにほほ笑む。
「私はもう軍人ではない、騎士でもない。名を失った怪物だ」
「……それが、私の愛した人の正体なんだな」
「それでもあなたは、きっと同じように愛をささやいてくれるのだろう」
「もちろん」
そう答えると、シュヴァリエは静かに跪く。
視線が合い、美しい藍色の瞳に私の姿が見えた。
「シュヴァリエ……」
「愛している、織歌」
シュヴァリエはそう言うと、私の足の靴を脱がし、そっと足の甲にキスをした。
「んん!?」
「これは隷属の証。どうか私という怪物を、貴方に導いてほしい」
白人が日本人女にひざまずいた! と場は騒然となる。
「恥さらし」「何を考えている」「変態」など、心無い言葉が浴びせられるが、あまりにも正論なので私から抗議の声を上げることはできない。
「あなたに、できますか?」
それよりも、シュヴァリエの挑発的な微笑みがいじらしいほど愛しかった。
私は答えの代わりに唇に熱いキスをする。
あたりから上がる悲鳴がまるで演劇のワンシーンのようで、不思議と不愉快ではなかった。
【攻略完了:達成率、九十九分ノ二】
★★★
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