46「ウールワースビル展望台」
「じゃん! ウールワースビル展望台だ!」
私のデートプランは、ウールワースビル展望台が舞台だった。
通称、【大聖堂のような摩天楼】と呼ばれるウールワースビルは世界一の高さを誇る60階建ての建物だ。
展望台は一般に開放されており、上るとハドソン川や自由の女神を高みから覗くことができる。
まるで雲の上のような、ニューヨークの観光地の一つだった。
「あばばばばばば」
エレベーターで展望台まで登りあがる感覚はまさに昇天。変な声も出てしまうというもの。
「レディ、足元がおぼつかないですが」
「はは……なに、すぐに慣れるさ」
初めての体感に足をぐらつかせながらも、どうにか格好をつける。
エレベーターを上り切った先には、ニューヨークの眺めが広がっていた。
「”高い”」
「なんだよ勝。ビビってんじゃねえだろうな」
「”こわい”」
「素直な野郎だな……」
父は慣れない角度からの景色に怖気づいたのか、窓から目を逸らして外を見ないようにしている。
面子を重んじる極道者にはあるまじき腑抜けた態度だが、父は威勢を保つ元気もないらしい。
ダミアンの手を握って高さに耐える様を、ドレスを着た女性がくすくすと笑って通り過ぎる。
(これだ。これが私の求めていたもの……)
普段と違う環境に身を置いて、新たな気持ちになってほしい。それが私の計画したウールワースビル展望台デェトの作戦だった。
地面の上では根を張ったように頑なな心も、空に浮かべば羽が生えたように自由になるかもしれない。
実際、堅物な父は子犬のように震えている。
「どうだ? シュヴァリエ」
素晴らしい作戦だ。心の中で自画自賛をしながらシュヴァリエを眺めると――
「はい。素敵ですね」
シュヴァリエは普段と変わらない表情をしていた。
いや、普段よりも少し心を閉ざしている気すらする。眉根に少しだけしわが寄り、視線を動かさない。些細な変化だが、シュヴァリエを見続けてきた私にはわかる。
(え、もう失敗したのか……)
嫌な予感がした。シュヴァリエの機嫌があまりよくない。
場所の選択を間違えたのか?
しかしウールワースビル展望台は社交界のサロンもあるほど格式高く、デェトの王道スポット。ここに向かうと言ったとき、ダミアンは「定番だな」と言ってくれたし、大きく外してはいないはずだ。
「……高いとこ、苦手だったか?」
「いえ。……昔はよく来ました。ここは、社交界の入り口でもありましたから」
恐る恐る尋ねると、シュヴァリエは私を安心させるように笑ってくれる。初めて会った時も表情が豊かになっている、そう思えた。
「社交界。えっとたしか、|四百人《The Four Hundred》っていう、特別な人たちがいるんだったか」
「ええ。我が家もそう呼ばれていましたね」
シュヴァリエはうっすらと笑った。だがそれは、自嘲に近いものだった。
「知り合いに会いそうな気がしてしまいまして。お気を使わせてすみません」
「会いたくない人がいるのか?」
「きっとあなたも、会いたいとは思わないですよ」
どういうことだろう。その答えは、すぐに分かった。
「このサロンはまだ奴隷を使っているのか?」
聞き慣れた嫌味な声が聞こえる。
嫌な予感がして振り返ると、そこには礼服姿の壮年の白人男性がいた。
「俺のことかい? 閣下」
「おや、英語が話せるのか。利口なインディアンだな」
「ド田舎出身のアンタよりは、流暢に喋れてると思うがね」
ベインブリッジ少将だ。ダミアンと父の姿を見て、忌々しそうに嫌味をつぶやいている。
ダミアンもその嫌味を聞き逃さず、冷静に言い返している。
一触即発の空気が流れて、あたりがぴりついた。
「閣下! 奇遇ですね!!」
慌ててダミアンとベインブリッジ少将の間に割り込む。
トラブルの気配がしたのか、社交界の紳士淑女が遠巻きに野次馬としてやってくる。
「インディアンは掃除でもしていろよ」と、誰かがぽつりとつぶやいた。
「おい、そこの白人! 私のダミアンに無礼な口をきくな! 今すぐ殴りに行くからそこにいろ!」
「織歌。デート中にトラブル起こすなよ」
ダミアンとベインブリッジ少将の喧嘩を抑えに来たはずなのに、誰かがダミアンに無礼な口をきくともう許せなかった。
悪口を言った白人につかみかかろうとする私を、ダミアンは呆れながら制する。
「躾がなっていないようだな。どいつもこいつも」
「お言葉ですが閣下! 挑発をしたのはあなたが先です!」
「日本の軍人は上官にたてつくのか?」
「日本の軍人は誇り高いのですよ」
びりっ、と再び緊張が走る。
互いに一歩も引かない中、軽やかな鈴のような声が私たちの間を遮った。
「ミシェル様!」
それは、ドレスを着た令嬢だった。
金の長い髪は絹のように手入れされ、淡いピンク色のドレスは流行りのフラッパースタイルではなくクラシックなライン。
絵にかいたようなご令嬢がシュヴァリエの胸元に飛びつき、美しい涙をこぼしていた。
「マルガリータ、よしなさい。レディがはしたない」
「ですがお父様。やっとお会いできたのです」
ベインブリッジ少将が少女をたしなめる声は優しい。台詞からして、ベインブリッジ少将の娘のようだ。
少女はリンゴのように頬を赤らめながらも、シュヴァリエの裾をつかんで離さない。
「わたくしの婚約者に」
★★★
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