45「諦めない女」
『おはようございます!!』
まだ寒さの残る春のニューヨーク。
澄んだ空気をぶち壊すほどの元気のいい挨拶で、私の一日は始まる。
『おはよう……』
『珈琲をどうぞ!』
眠たげに返事をするお父さんにすかさず珈琲を差し出す。
時刻は朝四時。まだ陽も登っていない時間だが、今日は父にどうしても相談したいことがあったのだ。
『シュヴァリエをどう攻略したらいいか教えてください!』
私はテーブルに突っ伏して父に教えを乞う。
昨晩、私はシュヴァリエにふられた。
紆余曲折ありつつもダミアンとも最短距離で付き合うことができたこともあり、自分の好意が否定される可能性など全く考えていなかった。
当日は高熱を出して寝込んでいたが、寝てばかりもいられない。このトンチキな事情を知っている父に教えを請わねば。
『……シュヴァリエは、所謂騎士様系のきゃらくたあだ』
しばらく悩んで、父は重たい口を開く。
『所謂というほど共通の概念ではないのですが……』
『黙って聞け』
いつも優しい父がぴしゃりと一喝する。
言いたいことはたくさんあったが、とりあえず父の言うとおりに黙って、拙い横文字で話す父の話に耳を傾ける。
『あいつとのるぅとは、白人の上流階級の中でお前が世間の厳しい目にさらされながらものし上がる、あまあまできあいしんでれらすとぉりいだ』
(言葉が拙くてかわいいな)
『でも落とすまでが大変だと聞いた。がーどがかたくて、要求されるぱらめぇたあもすごく高いとか……』
『お父さん、自分で言ってること自分で理解してます?』
慣れない横文字に舌ったらずな口調で話す父はかわいいが、内容は何の役にも立たない。
父は自分が何を言っているのかもわからない状態で、適当に喋っているように聞こえるが、本人は至極真面目なので何か意味はあるのだろう。
『……人に聞いた話だから、俺もよくわかってねえんだよ』
そもそも田舎ヤクザの父が、シンデレラの話など知っているわけがない。どこで誰に聞いたのだろうか。
父を海魔にした女が、それを父に教えたのだろうか。
(……何か、腹が立つな)
じくり、と胸が痛む。会ったこともない女に嫉妬している自分がいた。
『とにかく。シュヴァリエが落ちないのはお前の力が足りないからだ』
『ぐうう、それを言われてしまうと……』
『二股が嫌だのなんだの、くだらねえ常識は、魅力的な女の前じゃ意味をなさねえはずだ』
『三股です。お父さんも入ってます』
『俺は入れなくていい』
とにかく、父が言うには自分の魅力を伝え続けるしかないのだろう。
一理ある様なないような話に頭をひねらせながらも、もうシュヴァリエを失うことなど考えられない。
彼に振り向いてもらうために、魅力的な自分をアピールせねば。
『……見せるしかないですね。ダミアンの女の実力を』
幸い私にはダミアンと交際している経験がある。この世で最も麗しい男との交際は、私の糧になるはずだ。
『わかりました! 三股だろうが九十九股だろうが、全力でやってみます!』
『俺は入れなくていいんだよ』
拳を握りしめ、私は天に向かって宣言した。
1周目の私は彼とどう過ごしていたのか、思い出すことはできない。だが、2周目の私はダミアンと父からの愛を知っている。
できることは無限にあるはずだ!
◇ ◇ ◇
「――というわけで、ダミアン、シュヴァリエ。私とデェトしてくれ」
私は勢いのまま電話を掛けた。
ダミアンとシュヴァリエは共に暮らしている。ダミアンに電話をかければ、シュヴァリエがまず電話に出るだろうということも織り込み済だった。
【……4人で、デートですか?】
シュヴァリエが困ったような声を出している。表情が見えないが、いつも冷静な彼の顔が曇っているであろうことはなんとなくわかった。
「ああ。あなたも、お父さんもだ。最高のデェトをあなたたちに贈る」
『俺はいらないんだよ?』
お父さんは英語がわからないが、自分の名前が出てきたことを勘づいて何か言っている。
しぃ、と黙らせてシュヴァリエの答えを待つと、冷たい声で返事が返ってきた。
【私はお断りさせていただきます】
ずきり、心臓が痛む。彼から否定されるたび、心臓が引き裂かれるような苦しみが体を駆け抜ける。
知らない間にこんなにも好きになってしまった人を、もう逃すことはできなかった。
「ミシェル・イス。今日がだめでも、私は絶対に諦めない。何百回でもあなたを誘い続けるよ」
【……あなたって人は】
あえて彼の本名を呼んで言い返すと、電話の向こうのシュヴァリエがくすりと笑う声が聞こえた。
きっと美しい顔をほころばせているのだろう。電話越しで彼の顔が見えないことがとても悔しかった。
【私は落ちませんよ】
【落として見せるさ。必ずあなたを攻略する】
かくして、私はデェトの権利を勝ち取ったのだった。
★★★
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