66話 気付いていた
最近夜な夜なデュークが部屋を抜け出しているのを、レティシアは気がついていた。
「デュークがなにをしてるかエアリスは知ってる?」
「さあなぁ」
話を逸らすように毛づくろいをするエアリスに、レティシアはじとーとした目を向ける。
「知ってるんでしょ?」
「なにがだー」
確信めいたレティシアに対し、エアリスは棒読みの返答が返ってくる。
知っていると断言したのは、やはり長年の付き合いだからだろう。
「すっとぼけちゃって」
「なんのことかまったく分からんな」
「ラグナルを問いただすか……」
夜中に動くデュークと同じように、ラグナルもなにやらひそやかに動いているようだった。
だがまあ、それがデュークと同じ理由で動いているか分からないが、ラグナルならデュークが夜中に外出していることに気がついていないはずがない。
そして分かっていながら放置しているということは、なにかしら事情を知っている可能性が高い。
その時、カタリと窓辺の方から音が鳴った。
そして、レティシアの視界を糸が横切る。
一瞬で部屋の中に糸が張り巡らされる。
はっとしたレティシアはエアリスが弾かれたように飛び立つより早く、結界を己とエアリスに張った。
糸がレティシアに巻きついてこようとしたのは、瞬きほど後のことだった。
まさに間一髪。
よくよく見ると糸には刃がついており、もしこれが体に巻き付いていたら怪我どころでは済まなかっただろう。
レティシアは、風魔法で糸を切り刻み無効化する。
これぐらいなら魔導書をつかうまでもない。
思っていたより強度もないようで、レティシアはほっとする。
しかし、続いて細い短剣が飛んできた。
それをエアリスがくちばしで弾いて叩き落す。
「次から次へ、ラグナルはなにやってやがんだ」
あきらかに襲撃を受けており、それを許しているラグナルに怒り心頭の様子のエアリス。
しかし、現在この寮や周辺にラグナルの魔力の気配がないことは、レティシアはもちろんのこと、エアリスも分かっていた。
ラグナルがいたら侵入者など近づく前にラグナルが仕留めているに違いない。
恐らく相手もラグナルとデュークがいないことを調べての行動の可能性がある。
そう思って警戒していると、窓から暗闇にまぎれるような全身真っ黒な服を着た女性が入ってきた。
その顔には見覚えがある。
「確か、デュークの……」
「デュークなんかじゃないわ。三番の仲間のリズラ。覚えていてくれて嬉しいわ、お嬢ちゃん」
どうあってもデュークを『暗殺者の三番』としたいらしい。
「ずいぶんと手荒いお宅訪問ですね? ちゃんと許可とったんですか? じゃないとうちの寮母さんに怒られますよ。寮母さんはああ見えて結構やる人なんですから」
「次からはそうするわ。次があるか分からないけれど」
お互い笑ってはいるが、その場にピリリとした空気が流れていた。
「なんの用ですか?」
「別に。難しいことじゃないのよ。どうやって取り入ったか分からないけれど、三番を手放して欲しいだけなの。あなたに三番はもったいないわ」
町でデュークとやり取りしていた時も同じことを言っていたので、特に驚きはしなかった。
ただ、まだ諦めていなかったことには驚いた。
「それはデュークが決めることよ」
「彼が頷かないからあなたにたのんでいるんでしょう!」
「だったら諦めて」
レティシアが言えるのはそれだけだ。
たとえレティシアだろうと、デュークの意志を無視していいものではない。
あくまで決めるのはデュークである。デュークでなくてはならない。
「私を含め、他人がどうこう言って決める問題ではないんだから。デュークほどの力があれば、嫌ならいつだって自由に出ていける」
そう、邪竜にされてしまった昔とは違う。
かつては、アカシトロビアの者によって、意思に関係なく邪竜にされてしまい自由を奪われた。
そして今世でもレティシアと会う前は自由などとは無縁の暮らしを送ってきた。
やっと自由に好きなことができるようになったのだ。
だからこそ、レティシアは夜な夜なデュークが出かけて行っていると分かっていながら口出しはしなかった。
デュークは要所要所レティシアの意見に流されていることが多々見受けられるが、決して嫌なこともやるわけではない。
「デュークは嫌な時ははっきり嫌だと言える。それをしないことこそがデュークの意思よ。生き方は本人が決めるわ」
外野は黙っていろ、と強い反発感を込めて告げる。
「彼をなにも知らないくせに勝手なこと言わないで! あんなの三番じゃない! あんな風に人前で笑っちゃいけないのよ!」
ぴくりとレティシアの眉が動いた。
「彼は冷たい目で人を殺している時がとっても綺麗なのよ。これまでどんな任務にも文句は言わず従って、すべてに成功してきた。彼に笑顔なんて今さらいらないの。今ならまだ間に合うわ、きっと。だから昔のままの彼を返してよ!」
暗殺を請け負う組織で、自由を奪われたデュークと、アカシトロビアで監禁されていた自分とが重なり、レティシアは激昂する。
「ふざけないでっ……」
感情を押し殺した声。
けれど、暴走を始める魔力により、どれほどレティシアの感情が揺れ動いているかが分かる。
まるで存在そのものが災害と言ってもいほどに濃密な魔力が意思に関係なく暴れ始めた。
台風でもやって来たかと疑うような突風は、魔力が溢れ暴れ出している証拠だ。
思わず力を抑えきれずに力を振るう。
前世でも今世でも、自分の都合ばかり押しつける勝手な人達に殺意が湧く。
ああ。どうしていつも理不尽な要求をしてくる者ばかりなのだろう。
悔しい――。
悲しい――。
憎い――。
誰かを憎いと思うようになったのは、前世の時よりも今世の方が圧倒的に多い気がする。
もう邪竜はいないはずなのに、どうしてこうもレティシアもデュークも世界に縛られたままなのだろうか。
あまりに理不尽ではないだろうか。
どうしてこうも世界は私達に優しくないのだろうか……。
(最高神様。私達はなにか罪を犯しましたか?)
「レティ! それ以上はヤバイ、止めろ!」
エアリスがなにか言っているが、レティシアの耳に入っていなかった。
あるのは激しい怒りのみ。
このままでは力は暴走してしまう。
レティシアが今いるここは、二重に張った二つ目の結界の中だ。
ここで魔力など暴走させてしまったら、結界に影響を与えかねない。
エアリスが焦りを滲ませるのはしかたのないことだった。
するとその時、暴走するレティシアに構わず、腕を掴む者がいた。
振り返ると、そこにいたのはクロノだった。
さすがに想定外だった者の登場に、レティシアがわずかに冷静になる。
「それ以上は駄目だ。せっかくあなたが命と引き換えにしたすべてを自分の手で壊すきか?」
「クロノ……?」
「ええ。ちなみに夢でもなんでもない。だから、力を抑えるんだ。これ以上は国結界に影響を及ぼしてしまう」
クロノの冷静な瞳に見つめられ、熱が一気に冷やされたように冷静になっていく。
「クロノ……」
レティシアが名前を呼ぶと、クロノはくしゃりと顏を歪めた。
「ずっと帰ってくるのを待っていた」
ほろりと、レティシアの瞳から涙が一筋零れた。それは喜びからか悲しみからか、レティシア自身にもよく分からなかった。




