65話 過去の未練は
全校集会が行われている頃、珍しくデュークは自らの意思でレティシアから離れて行動していた。
デュークがいたのは、ルヴェナの寮からは少し離れた学校の敷地内のギリギリ外。
全校集会で王子が公開謝罪をさせられているからか、他に生徒や関係者の姿はない。
デュークの表情はレティシアと一緒にいる時とは違い、磨き上げられた刃物のように触れたら切れそうな空気をまとっていた。
その目も冷たく感情の一切が見えない。
いや、凍えるような冷たさの中に、静かな怒りが含まれていた。
「出てこい」
淡々と、しかし従わないならいつでも攻撃に動けるように短剣に手を添えている。
デュークの本気を悟ったからか、塀の陰からリズラがゆっくりと姿を見せた。
その手にはなにも武器は持っていなかったが、デュークは一切気を抜かなかった。
暗殺組織がどういうものか、そこで働いていた暗殺者達がどれほどの実力を持っているかを知っている。
だから、デュークは端から信用してなどいない。
これまで彼らを仲間と思ったこともなく、むしろ自分をアカシトロビアに行かせ、罠にはめた敵でしかなかった。
レティシアの害となる可能性があるならなおさらだ。
ただ、リズラの方は、親しい者へ向ける感情が多分に含まれた眼差しをしている。
デュークと比べるとあまりにも差がありすぎて、リズラがデュークを人違いしているのではないかと疑ってしまう。
「なにをしてる? 最近寮の周りを嗅ぎまわってるの、気がついてないとでも思った? 鬱陶しいからどこかへ行け」
デュークの言葉にリズラはひどくショックを受けた顔をする。
「どうしてそんなこと言うの!? どこかへ行く時はあなたも一緒よ」
「どうしてお前なんかと一緒に行かないといけないんだ」
デュークは本気で分かっていない様子。
それが余計にリズラの心をえぐっているとも知らずに。
「仲間なんだから当然じゃない!」
「仲間? 単独で危険な任務をさせるような組織のどこが? アカシトロビアのやつらは、まるで最初から俺が来るのを分かっていたようだった。だとしたら誰が情報を流した? 組織の上のやつら以外に俺が任務を行うと知っていた者はいない」
そもそもデュークに行くように指示を出したのは組織の上の者だ。
「それは人手が足りなかっただけだって上は言っていたわ。組織も優秀なあなたを、むざむざ放り出すようなことするはずがないじゃない」
「だったとしても、今の俺には関係のないことだ。組織に戻る理由もないし」
デュークからは組織に対する未練も戻る意志も一切感じられない。
もはや興味すらないという様子だ。
「あの子のせい……?」
リズラは怒りに震える手を握りしめた。
「ピンク色の髪の、あの子がいるせいでしょう!?」
「だったらなに?」
「町であなたを見つけてから、あなたの生活の様子を遠くから観察してたわ」
それを聞いてもデュークは驚かなかった。
リズラが監視を始めた時から、デュークは気がついていたからだ。
排除するのは簡単だったが、学校のそばで問題を起こしてレティシアに迷惑をかけるのを恐れたために、動かなかったにすぎない。
決して優しさからではない。
「笑っているあなたなんて初めて見た……。あんなの、あなたらしくないわ! 誰にも心を開かずに誰も心のうちに入れないのがあなただったじゃない!」
癇癪を起したように叫ぶリズラを、デュークは冷ややかに見ている。
「いったいどうしちゃったのよ!」
「お前に関係ない」
「関係あるわ。だってあなたは私の――」
「なに? ていうか、お前と話したことすら記憶にないんだけど?」
「なに、言って……」
一気に勢いをなくして狼狽するリズラは、よほどデュークの言葉が信じられなかったのだろう。
「そんなことない。だって、だって、あんなにたくさん……」
確かにデュークはリズラを知っている。
一緒に任務をすることもあったので、顔と名前、戦闘スタイルは覚えている。
けれどそれだけだ。
リズラがどういう人で、なにを好み、どんな話をしたかなどデュークには記憶になかった。
ただ、勝手にそばに来て、勝手になにか話していたような気はする。
それほどデューク側からすると希薄な関係性だ。
正直、リズラがこれほどデュークを組織に戻そうとして来る理由が分からないほどだった。
けれど、リズラのすがるような眼差しを見たら理由など聞かずとも分かる。
そこにある隠しようもない好意にデュークが気がつくことはない。
デュークにとってはレティシア以外、さして気を止めるような存在はいないのだ。
「そんな目で見ないで!」
デュークは普通に見ていただけだったが、リズラにとっては違うようで泣き叫ぶような怒声をあげる。
そんな感情的なリズラを前にしても、デュークはただ、うるさいなという感情しか湧いてはこない。
「あの子がいなくなったら、あなたは戻ってきてくれる?」
その言葉はデュークの怒りに触れる。
途端にデュークの中にある闇が深まるのが分かった。
暗く、深く、闇の力が膨らんでいく。
デュークから発せられる濃密な魔力に、リズラは息を呑み怯えた。
「なに、それ。そんな力知らない……」
けれど、次の瞬間には、レティシアとおそろいの指輪がほのかに光をおび、デュークを包み込むようにレティシアの魔力がデュークの中の荒れる魔力を押さえていった。
レティシアがそれ以上は駄目だと叱っているような気になったデュークは、怒りが和らぎ、指輪を一撫でした。
レティシアに怒られるからと、デュークはリズラへの興味を失くしていく。
「消えろ。お前にも組織にももう興味はない」
デュークの闇の力に気圧されたリズラは、大人しく引いて去って行った。
しっかりと気配が去ったのを確認して、デュークはリズラが去った方とは違う方向に体を向けた。
「レティには黙ってて」
「なーんだ。気づいてたのねん♪」
気配もなくすっと姿を現したのは、ラグナルだ。
さすが守護者というだけあって、最後まで暗殺者であるリズラにすら悟らせなかった。
ただ、デュークには通用せず、すぐに見破られたのはラグナルにも想定外だったよう。
「うまく結界を張ったつもりだったのに、腕が鈍ったかしらぁ~。よく分かったわねぇ」
頬に手を当てて小首をかしげる。
「なんとなく、もやっとしたものを感じたから」
「なんとなくで見破られちゃったら守護者の名が泣いちゃうわ~」
しくしくとハンカチで目元を拭うが、次の瞬間、ラグナルの空気ががらりと変わる。
「で? レティに黙って、坊やはどうするんだ?」
「あいつがレティの害になるかもしれないから、根本から原因を排除する。そもそも組織がなかったら戻りようがなくなるし。でも、レティに心配させたくないから黙ってて」
「レティの知らないところで魔力が暴走でもしたらどうする?」
「ちゃんと焼き鳥を連れてく。焼き鳥もレティのためなら協力すると思うし、俺はレティを余計な争いに巻き込みたくないから」
それを聞いて、ラグナルは不敵に笑った。
「いい心がけだ。レティ第一の考えは俺も同じだ。だからもしお前がレティを巻き込もうとしていたら、レティの耳に入る前に俺がお前ともども暗殺組織とやらを排除していた」
歴戦の戦士のような覇気で威嚇するラグナルだったが、そんなラグナルを前にしても、デュークの表情は変わらない。
代わりに、デュークは頷いた。
「レティの害になるなら俺だろうと排除してくれて構わない」
その言葉で、ラグナルはさらに笑みを深めた。
レティシアのためなれば自分すら排除の対象にしているデュークの覚悟がなまはんかなものではないと伝わったようだ。
けれど、こんなことを言えたのは、ラグナルだったからである。
レティシアに対し過保護なほどの強い感情を持っているのを、敏感なデュークが気づかぬはずがない。
ラグナルならレティシアのために黙ってくれるだろうと踏んだからこそ話した。
「なにかあったら俺れを頼れ。なにかしら助けになれるはずだ」
デュークは静かに頷いた。
ラグナルは満足そうに口角を上げ、くるりとターンして寮に戻っていった。
一方のデュークは、とりあえず組織の者を排除すべく動き出した。




