64話 怒れるラグナル
ラグナルは鬼の形相で王宮に突撃した。
フリフリエプロンを着た、ゴリマッチョの襲撃。
これに王城の兵士は恐怖におののきつつも、王と王妃の住まう場所を守るべく武器を取った。
しかし、フリフリエプロンを着た男は、優秀な魔導師達の攻撃を軽くいなし、突き進んでいく。
もはや障害はあってないようなものだった。
王城内は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、男を止めるべく王城中の兵士や魔導師が一か所に集まってきていた。
それでもなお男の進行は止められない。
すぐに王と王妃に避難を促すべく兵士は走ったが、それよりもフリフリエプロンのゴリマッチョの方が早かった。
玉座の間の扉を壊さんばかりの勢いで蹴り飛ばし侵入を果たしてしまった。
「ごるぅあ、ラディオ! てめぇのとこのガキはちゃんと躾けもできてねぇのかぁ!?」
もはや寮母のナルちゃんは完全に消え去り、現役時代のラグナルが前面に出ていた。
「へ、陛下、お、お逃げください……」
息も絶え絶えに入ってくる兵士達に、ラディオは手を挙げる。
「おー、構わん構わん。ここに来るまでに一人や二人殺ってきていそうな形相をしているが、こいつは守護者の一人だから気にするな」
「え!?」
表舞台に立たなくなって久しく、ましてやフリフリエプロンでやって来たのは初めてなので、今のラグナルを、守護者のラグナルと結び付けられるものがいなかったのだろう。
「多分大丈夫だから、下がってろ」
「は、はい……」
本当にこんなごろつきのような者と王と王妃を残して行って大丈夫なのだろうかという葛藤と躊躇いを抱きつつ、王の命令だからと兵士達は従い出ていった。
三人だけとなった玉座の間にて、ラディオは気安く手を振る。
「よう、そんなに怒ってどうしたんだ?」
「これが怒らずにいられるかってんだよ!」
ラグナルは、一直線にラディオのもとへ行き、その胸倉を掴んで持ち上げた。
身長はラグナルの方が高いので、完全に足が浮いてしまっている。
「ちょ、マジ苦しいっ! なにしやがんだ」
「それはこっちの台詞だ! てめえのところのクソガキがうちの寮生を権力をかさに着て脅しやがったんだよ。どう落とし前つけるつもりだ? ああん?」
「は? 意味が分からんのだが?」
首をかしげるラディオの一方で、フローレンスは笑みを深めた。
「ラグナル、その話もっと詳しく教えてくれるかしら?」
「当たり前だ。そのために来たんだからな」
そこから大人のオハナシアイが始まる。
ラグナルは寮生の一人を孤立させ、自分だけが味方だと思わせるために、別の寮生に権力をちらつかせて操っていたと、隠さず話した。
最初こそ怒り心頭だったラグナルだったが、話していくうちにだんだん怒りをため込んでいっているフローレンスを見て、逆に冷静になる。
「状況は理解しました」
フローレンスの行動は早かった。
玉座の間の扉を開くと、外で待機していた兵士に指示を出す。
「すぐに第一王子を連れ戻しなさい。今すぐ、一秒でも早くです」
笑みが深まるほど怒っている証拠だと知る側近達は慌てふためく。
留学して間もない王子がとんでもないことをやらかしたことだけは誰もが分かった。
「急げぇぇぇ!」
「はいぃぃぃ!」
すぐに動いた兵士により、もはや罪人と変わらぬ強引さで連れ戻されたリュシオールは不満顔でフローレンスの前に立つ。
兵士が着いた時にはレティシアの結界はタイミング良く消え去っていたようで、さすが大魔導師とラグナルは心の中で感嘆する。
リュシオールは、重要な玉座の間にルヴェナの寮母がいることに気がついて、眉をひそめる。
「父上、どうしてその者がここにいるのでしょうか?」
「そんなことは後でいい。権力を使って生徒を孤立させたというのは本当か?」
「事実です。彼女のあの力が欲しい。けれどあまり私に興味がないようでしたので、私が唯一の味方となるようにすれば気を引けると思い立ちました。これもまた戦略です」
悪びれもしないその態度に、ラディオは怒りを通り越してあきれ果て、ラグナルはもちろんぶち切れた。
「権力を持つ者の責任を分かってねえみてえだなあ、おい」
どすの利いた声ですごむラグナルに、リュシオールは不快そうに眉をひそめた。
「部外者は黙っていてください。そもそも王子である私に言葉をもう少し選んだ方がいいと思いますが?」
「ほう。てめえ、自分の立場がよく分かってないみたいだな」
今にも絞め殺しそうな顔でじりじりと近づいていくラグナルにさすがに危険を察したラディオが席を立つ。
「リュシオール。そこのフリフリマッチョは、かつて俺達とともに邪竜を倒した守護者の一人だ」
「えっ、彼がですか?」
予想外だったのか目を丸くするリュシオールに、ラディオは深く頷く。
「お前はその守護者が守る寮の寮生を脅したんだ。意味が分かるか?」
「え? あ……」
王子とはいっても、国内での影響力がどちらが上か分からないほど馬鹿ではなかったようだ。
だからこそ、顔を強張らせる。
さらに、ラディオはリュシオールの勘違いを訂正した。
「そもそも王子だからと言ってなにが偉いんだ? 聞くところによるとお前は次の王に自分がなるような話を周囲に漏らしているようだが、俺はお前を王に指名するつもりはないぞ」
「え……?」
ラグナルが守護者だと知った時以上の衝撃を受けているのが分かる。
理解できなかったのか、ひたすら「え、え」と呟いている。
「この国は実力主義だ。平民であろうと奴隷であろうと、力があるなら役職にだって就ける。それなのに、王の子供だからというだけでその者を王にするとでも思ったのか? 次の王は、別に俺の子供から選ぶつもりはない。より王に相応しいと思った者を指名するつもりだ。血のつながりなど関係なくな」
「そんな!」
「てっきり分かっているものと思っていたが、ずいぶんな勘違いをしていたとは。俺が一度でもお前を王にすると口にしたか?」
「いえ。でも、だって、私は第一王子だから普通なら――」
「他国では普通だろうさ。だがこの国は建国の流れからして普通じゃない。他と一緒にすること自体無意味だ」
「そんな……」
がくりと、膝から崩れ落ちるリュシオールに、さらに追撃がされる。
「ラディオ、もういいですか?」
「……どうぞ」
フローレンスににっこりと微笑まれ、怯えるラディオは素早く順番を差し出した。
「どうやら再教育が必要なようですね。それにどうやら私達の知らぬうちに、あなたによからぬ思想を植えつけた者もいるようですし、そちらはきっちりとお仕置きするとしましょうか。けれどまずは、あなたですよ、リュシオール。そんなに王族でいるのが好きなら、王族とはなんたるかを、この母がミッチリ教えてさしあげます」
そしてフローレンスは、力なくうなだれるリュシオールの襟首を掴み、ずるずると玉座の間から連れていった。
リュシオールがなにやら騒いで抵抗していたが、まったく意に介さない。
「おい、あれ大丈夫か?」
「恐らく……」
怒鳴り込んできてなんだが、この後待ち構えているフローレンスの説教を受けるのかと思うと、少しかわいそうになる二人だった。
「それより、今フローレンスが言ったのは?」
「俺らの時間が進みだしたことで、次の王は誰になるか水面下で派閥ができつつあるんだよ。リュシオールはどうやらそういう派閥のやつらにいろいろ甘い言葉を吹き込まれていたらしい。もう十五歳にもなるんだから、ちゃんと自分で判断しろっての」
「十五歳はまだ子供だろう?」
「レティだってあいつと一つしか違わなかった。魔導書を得た時はそれより下だった」
ラディオの判断基準はどうしてもレティシアになってしまう。
「さすがに二百年前の気を抜いたら死ぬような騒乱の時代と、のほほんとしてても死なない今の時代の十五歳を比べんな」
ラディオは不満に思いつつも、ちゃんと分かっていると伝えるためか、ふんと鼻を鳴らした。
***
翌日の朝から、全生徒を集めた集会が行われることになった。
ジゼットは自分の行いが断罪されるのではないかと怯えていたが、ジゼットは完全なる被害者で、ラグナルがそんなこと許すはずがない。
ただ、昨日かなり疲れ切った様子だったのは気にかかる。
なにが起こるのかと静かに待っていると、なんと壇上に王子と、フローレンスが上ってきたのである。
レティシアは思わず変な声が出そうになる一歩手前で口をふさいで、声を呑み込んだ。
「これより皆様に謝罪をせねばなりません」
そこから語られるのは、おおむねジゼットから聞いていたの同じ内容だ。
ただ、順を追って説明を受けるほど、リュシオールのたちの悪さが際立っているように気がしてならない。
リュシオールは後半半泣きになりながら正座させられ、しっかりと全校生徒に謝罪していた。
だがしかし、フローレンスが間近にいるとあって、レティシアは話しどころではなくドキドキと心臓が早鐘を打つ。
さすがにラグナルのように直感で気付かれるようなことはないと信じたい。
王子の謝罪とともに授業が終わった後、ぞろぞろと生徒達が退出していく。
レティシアもその波に乗ろうとしていた時、突然名前が呼ばれる。
「レティシアさん」
振りむくとそこにはフローレンスが。
悲鳴をごくりと呑み込んで誤魔化すように笑みを張りつけた。
「は、はい、なんでしょうか?」
若干声がうわずってしまった。
「今回のことは愚息が失礼をいたしました。一度学校は休学として、一から教育をし直すつもりです。ですからあなたは安心してこれまでどおり学校生活を楽しんでください」
ずーんと落ち込んでいるリュシオールを見る限り、こってりとしぼられたようである。
これで反省してくれればいいのだが、次代を担う王が権力をかさに着たやり方をするのは、レティシアとしても許せない。
「お願いいたします」
フローレンスの再教育。
考えただけで震えが起きそうだが、良い薬になるだろう。
「守護者二人の子供ということで、周囲も過剰に世話を焼いたせいでいろいろと傲慢になっていたようです。これまで気がつかなかった私とラディオにすべての責任があるわ。公務で忙しかったなんて言い訳にもなりませんから」
その説明で大体を察する。
確かにこの国において守護者の名声は大きな影響力を持っていた。
もういない大魔導師などより、今いる守護者の方が人々に強く刻まれているだろう。
そんな守護者の第一子。
周囲がちやほやしないはずがない。
ただ、フローレンスによって、表面的にはしっかりとした考えと魔導師としての資質を持っていたがために、気がつかなかったのかもしれない。
それが、レティシアによって壊されるとはなんという運命のいたずらか。
まさか運命の女神か最高神様がこの出会いをいじってやしないだろうなと、レティシアは疑心暗鬼になってきた。
いろいろと考え込んでいると、すごい視線を感じる。
顔を向ければ、じーっとただひたすらにレティシアを観察するフローレンスと目が合った。
「なんでしょうか?」
「いいえ。ただ、見事なピンク色の髪の毛だと思ったのよ。私の知っている大事な人と見間違えるほど美しい髪の毛ね」
「あ……りがとうございます……」
これはまだバレていないよね?とレティシアは不安に駆られる。
けれどフローレンスはそれ以上のなにかを問うこともなく、リュシオールをつれて王城へ帰っていった。




