63話 守護者ラグナル
ジゼットが自分を避けるようになって、レティシアの機嫌は最高潮に悪い。
だがそれはジゼットに怒っているからではなかった。
「ねえ、レティ。今日の授業はペアを作るんだよね。僕と一緒にしよう?」
「遠慮します」
「けど、ペアだよ? ペアにならないと評価をもらえないと思うけど?」
「それでも構いません」
レティシアの周囲には今、リュシオールしかいない。
ただでさえ仲のいい人がいなかったレティシアからジゼットが離れたら、レティシアに近づこうとするのはこのリュシオールぐらいだ。
ふと視線を感じて目を向けると、ジゼットが物言いたげにこちらを見ていたが、突然視線を逸らした。
レティシアに反応してというよりは、どちらかというとリュシオールに反応したように感じるのは気のせいではないと思っている。
ジゼットの行動はあまりにもおかしい。
原因は分からない。
けれど、避けられるようになってからは、ジゼットは食事を自室で取るようにしているし、昼食も一緒に取らない。
必然とエオンもジゼットについていくので、ここ最近はデュークと、何故か勝手に横に座るリュシオールの三人で取っている。
おかしなことは他にも。
いくらリュシオールの誘いを断ったにしたって、全員から避けられるなどあるだろうか。
しかも、狙ったようにデュークがいない時に、合わせたように悪し様に罵られる。
そしてそれを止めに入るリュシオールは、そんな生徒達を咎めるでもなく、レティシアに優しい言葉をかけるだけ。
「気にしない方がいいよ。レティには僕がいるからね」
針の筵状態の中、そんな優しい言葉をかけられたらすがってしまうのかもしれない。
だがしかし、その手の悪意には前世で慣れっこだった。
当時の魔導師への偏見と差別は今レティシアが置かれている状況とは比べ物にならないほどひどいものだったのだ。
時には命の危険を感じるほどの。
それと比べたらなんと生ぬるいのだろうか。
罵声だけでなくせめて魔法をぶっ放すぐらいしてこいと怒鳴りに行きたいぐらいだ。
けれど、そうせず静かに現状を甘んじて受け入れているのは、ジゼットを気にしているからだ。
ジゼットがなにか抱えていることにはなんとなく気がついていた。
それがなんなのか、数日かけて様子をうかがっていたのだが、どうやらジゼットはリュシオールをひどく恐れている様子だった。
一度ではなく何度も、怯えた目をしていた。
「どうかしたの? レティ?」
この見た目は温和そうな王子のなにを怖がっているのだろうか。
「ジゼットになにしたの?」
「ジゼット? なにもしてないよ? 彼女がなにか言ったのかな?」
リュシオールの視線がジゼットを捉えると、ジゼットはあからさまにびくりと肩を震わせ首を横に振っていた。
あんなに怯えるなんて、なにもないはずがない。
「ねえ、僕はなにもしてないよね?」
静かな眼差しを向けるレティシアになにを思ったか、リュシオールがジゼットに向けそう問うと、ジゼットは首振り人形のように何度も頷いた。
恐怖に彩られた表情を見て、なにもないなどどうして思えようか。
「そう……」
なにかしたことは確か。
それに確信が持てたならもう黙っている必要はない。
レティシアはリュシオールを無視して立ち上がると、一直線にジゼットのもとに向かった。
「ジゼット、行こう」
「えっ……」
戸惑いを隠せないジゼットの手を引いて、レティシアは教室を出ようとするが、ジゼットはその場に留まるように手を引いた。
「レティ! 駄目! 駄目なの!」
今にも泣きそうな声が、余計に痛々しく、レティシアを苛立たせる。
ジゼットにではなく、原因を作った者に。
「大丈夫。全部なんとかするから、今は私に任せて」
すべてを包み込むようにふわりと微笑んだレティシアに、ジゼットは抵抗をやめた。
「レティィ……っ」
くしゃりと顔を歪めるジゼットの頭を優しく撫で、教室の扉を開けて外に足を出すと、振り返りリュシオールを睨みつけた。
「レティ、待ってくれ!」
慌てて追いかけてくるリュシオールを冷たく見てから、レティシアは手を前に掲げた。
その瞬間教室内に光が溢れ目を眩ませる。
そのままレティシアは教室の扉を怒りをぶつけるように勢いよく閉じた。
「レティ、今のは……」
「ただの目くらまし。と、ついでに逃げられないように教室に結界も張ってる。しばらく反省すればいいわ」
レティシアが怒っているのはなにもリュシオールだけではないのだ。
いい気味だと、己の行動を称賛するかのように、ふふんと胸を張った。
「さて、なにがあったか教えて」
「でも……」
「大丈夫。王子なんかよりナルちゃんの方が権力を持ってるんだから」
「え?」
「レティ!」
デュークの声が聞こえてそちらに顔を向けると、デュークが走ってくるのが見えた。
デュークと一緒に行動していたエアリスと、少し遅れてエオンの姿もある。
先程の光は予想以上に遠くまで届いたらしく、レティシアの魔力の気配を感じて異変を察してやって来たのだろう。
デュークが気がつかずとも、魔力で繋がっているエアリスは少なくとも気がつくと思っていたので、予定通りだ。
「デューク、エオン、一旦寮に戻ろう。ジゼットを悲しませた奴にしっかりお仕置きしないとね」
デュークはきょとんと疑問符が浮かんでいたが、エオンはジゼットに関わりがあると聞いて、走る速度が増した。
そのままジゼットを連れて寮に戻ると、早い帰宅にラグナルが目を丸くしていた。
「あらん、どうしたの?」
「ナルちゃんの出番よ」
「どういうことん?」
レティシアはジゼットを食堂の椅子に座らせる。
「ジゼット。大丈夫だから、話してみて」
できるだけ優しく話しかけるが、まだ躊躇いがあるようだ。
まあ、相手が相手なので仕方ないだろう。
「でも、皆が……」
「皆って?」
とうとう嗚咽を堪えきれなくなったジゼットに、ラグナルもただ事ではないと感じたようだ。
そもそも普段から全員の衣食住を握っているラグナルが、ジゼットの異変に気がつかないはずがない。
少し様子を見ている最中での、今の状態だ。
エアリスがラグナルの耳元でなにやら囁いている。
リュシオールの名前が出た辺りからラグナルの目つきが段々不穏になってきていることに、ジゼット以外は気づいていた。
「ちょっと、レティ、どいてちょうだいな」
「はーい」
喜んでレティシアは場所をラグナルに譲った。
「あのクソ王子になにかされたのん? このナルちゃんに話してごらんなさい」
「王子殿下をそんな風に呼んだら罰を受けちゃうわ」
「あらん、大丈夫よん。あの小僧は母親のお腹の中にいた時から知っているものん」
「え?」
しゃくりあげながら、きょとんとするジゼットに、ラグナルはうふふと笑う。
「こう見えて私は実はすごーい人なのよん。あの王子なんかよりずっとね。それこそ私の一言でこの国を動かすぐらいはできるのよぉ~」
「嘘くさ」
思わずエオンから冷ややかな一言が漏れたが、すぐさまエアリスが否定する。
「こいつならできんぞー」
「できるわけないでしょ。ただの寮母に。しかも問題児の掃きだめのルヴェナの寮母だよ?」
「それが、できるのよねー。こう見えて私、守護者の一人だからん」
しばしの沈黙の後、エオンの声が響いた。
「はあぁぁぁ!?」
ジゼットも驚きのあまり嗚咽が止まって目を丸くしている。
当然知っているのでレティシアは驚かず、ジゼットの顏を覗き込む。
「言ったでしょう。ナルちゃんの方が権力を持ってるって。だから、ジゼットは安心して話したらいいからね」
レティシアがにこりと微笑めば、ようやく止まっていた涙が再度溢れてくる。
「レティ……。ごめ、ごめんなさいっ……」
しゃくりあげながら謝罪するジゼットは、リュシオールから言われたすべてを語った。
その内容はあまりにひどく、言葉をなくしてしまうようなものだった。
レティシアが想像していた百倍は悪質な内容だった。
「おうおう。王子様のくせに、ずいぶんとあくどいことするじゃねえか」
さすがのエアリスも怒りを露わに、今にも特攻をかけそうな勢いであったが、それ以上にぶち切れている人がいた。
「うちの寮生になにしてくれとんじゃああああ!!」
ラグナルは戦場を思い出させるような形相でキッチンに向かったかと思うと、包丁を持ってそのまま飛び出していった。
「ラディオ、てめぇぇぇぇ!」
その叫び声から、恐らく城へ向かったのだと分かった。
「後はナルちゃんに任せとけば大丈夫そうだから、ジゼットはお風呂に入ってゆっくりしておいで。その間に夕食の準備しておくから」
「えっ、ナルちゃんさんはいいんですか?」
「用事片付けたら帰ってくるでしょ。それより夕食の方が大事だし。デューク、手伝って~」
「うん」
きっと夕食のために下ごしらえしたものがキッチンに残っているはずだと、レティシアはデュークを連れていそいそ向かった。
「ほ、本当にいいんでしょうか?」
「僕にも分かんない」
ジゼットとエオンはわけも分からないまま取り残された。




