62話 ジゼットの葛藤
時は少し遡る。
図書室でレティシアが席を外したわずかな時間にそれは起こった。
「ねえ、君」
後ろから最近話題の中心にある王子の声が聞こえたが、ジゼットは振り返ることなく本に目を落としていた。
どうせ自分には関わりはないだろうと。
なにせリュシオールは話の中で、実力者が他にもいる中でレティシアに声をかけたのは、光魔法に興味を持っているからが前提だった。
そうしてレティシアにつきまといとも言える行為をしておきながら、同じ光持ちのジゼットにはなんら興味を示さなかったのだ。
確かにレティシアの力はすごかったけれど、補欠での合格が前提にあるために、たまたまではないのかと疑っている者はまだ存在している。
その反面、ジゼットは光持ちの中では力も強く、授業でもしっかりと爪痕を残している。
まあ、いつも一緒にいるレティシアがつい先日とうとう実力を披露したり、常に隣を陣取っているデュークがあまりにも規格外の強さを見せるので陰に隠れているところはあるが、堅実に教官達の評価を得ていた。
受験時のエオンの態度から、ジゼットを気にかけている教官も多い。
なにか心配事があるなら来なさいと声をかける教官が意外に多かっただけでも、ジゼットはこの学校に来て良かったと思っていた。
なにせ村では常に触れてはいけないもののように、大人達ですらジゼットの味方にはなってくれなかった。
もちろん両親は別だったが、エオンの両親ですら、自分達では扱いきれないエオンをジゼットに押しつけている節があった。
エオンから距離を置くために村を出てイリスフィアに来たというのに、エオンは当然のようについてくるし、エオンの両親は厄介払いできたとばかりに笑って見送りに来ていたのには、ジゼットだけでなくジゼットの両親もなんとも言えない顔をしていた。
エオンがなにかやらかすたびに謝っていたジゼットは、どうして自分が謝らなければならないのかと何度疑問に思ったか。
問題を起こしたエオンがまったく悪びれる様子がないからなおさらだ。
このままエオンに未来を台なしにされてしまうのではないかと、ジゼットは常に不安だった。
けれど、今は前ほどエオンが苦手ではない。
そこにはレティシアの存在が大きい関係していた。
自分と同じ光持ちであり、闇持ちのパートナーと一緒にいる。
正直このパートナーという言い方も、ジゼットはかなり不満を持っていた。
なにせ、ジゼットからパートナーになりたいと望んだわけではないのだから当然だろう。
ただ、闇持ちのエオンの周りに光持ちがジゼットしかいなかったせいで、ジゼットに執着していてそばにいざるを得なかった。
もしジゼットの他に光持ちがいたら、エオンはそっちを選んでいたかもしれないのだ。
それに、パートナーという言葉は、どうしても恋愛方面で考えてしまう。
エオンは幼馴染みで、なんだかんだ放っておけずつき離せずにいるが、姉弟のような関係で、それ以上の関係になることはない。
だからこそ将来が心配なわけではあるが、レティシアはジゼットのコントロールできないエオンを実力で黙らせた。
レティシアにもデュークという闇持ちパートナーがいるが、レティシアはきちんと対応できているようだった。
少なくとも、ジゼットが知る中でデュークが暴走することはなく、エオンですらレティシアの前では大人しい。
ついでにオハナシアイをした寮母のラグナルとデューク相手にも大人しいので、エオンが他人に迷惑をかけなくなった。
そういえば最近誰かに謝っていないなとジゼットが思ったのは、暴走しそうになる前にデュークが無言の圧をかけて黙らせているのを見かけた時である。
レティシアはどうやってあのデュークをコントロールしているのだろうか。
ジゼットから見ると、デュークの実力はエオンより上だ。
闇持ちとしての力が強ければそれだけ精神的に不安定になりやすいと聞くのに、デュークはエオンより安定している。
いつか、レティシアに聞いた時があったが、レティシアは少し考えた後に、『慣れ』と一言。
そんなものではなんの参考にもならないと、ジゼットが困ったのはごくごく最近の話だ。
なんにせよ、レティシアのおかげでジゼットは村にいた時よりずっと平和で有意義な時間を持てている。
今も、本を読みながらゆっくりできるなど、昔では考えもしなかった。
さすが魔導師のための学校と言うだけあり、ジゼットの小さな農村では絶対にお目にかかれない魔法書がたくさん貯蔵されている。
一冊でも高価な魔法書を、一部を除いて誰でも閲覧可能だというのだから、太っ腹がすぎる。
とはいえ、魔法書の多くは神聖文字が使われているので、一冊読むだけでもかなりの時間がかかる。
それをレティシアとデュークはまるで共通文字を読むような早さで読み進めていくので、最初にその様子を見た時には、ちゃんと読んでいるのか疑問に思ったほどだ。
しかし、ちゃんと読むどころか理解までしている。
自分も見習いたいと、ジゼットは暇を見つけては本を読むようにしているが、やはり二人のようにはいかない。
「うーん……」
「聞いてるのかい!?」
不意に肩を掴まれ、振り返ったジゼットの目に飛び込んできたのは、不快そうに眉をひそめてジゼットを見ているリュシオールだった。
睨むまではいっていないが、機嫌を損ねているのがよく分かる。
どうやらさっきから声をかけていたのはジゼット相手にだったようだ。
「あ……王子殿下……」
怯えたように声を震わせるジゼットに、リュシオールはにっこりと笑う。
「ここまで無視されたのは初めてだよ」
笑ってはいるものの、その言葉は完全な嫌みだ。
王子である彼は人が集まってくることはあれど、無視されるなど初体験なのではないだろうか。
「申し訳ありません!」
ジゼットは慌てて椅子から立ち上がり、深く頭を下げる。
そこでようやくリュシオールは機嫌を直したのか、声のトーンが幾分上がった。
「ああ、そんなにかしこまらないでくれないか。同じ学友じゃないか」
先ほど無視するなと言っていた口でなにをほざいているのだろうか。
もしここにレティシアがいたらそう口に出していたかもしれない。
「あの、なにかご用ですか? レティは今席を外していて……」
ジゼットは視線だけを動かして周囲を見回すが、レティシアの姿どころか他の生徒もジゼット達の周りだけ切り取ったように人がいない。
少し離れたところに、まるで門番のように立つ数名の生徒がいたため、彼らによって排除されたのかもしれない。
本に夢中になっていたジゼットは気がついていなかったが。
「いや、今日、用があるのは君だからね。レティが席を外すの待ってたんだ」
「えっ?」
あれほどレティシアにご執心だったリュシオールが、どうして自分にとジゼットはきょとんとする。
「レティと距離を置いてほしいんだ」
リュシオールは無害な笑顔で他を害するための言葉を吐いた。
「へ……?」
ジゼットは言葉を理解するのに時間を要した。
それでも頭の中で処理することができず、戸惑いを隠せないまま純粋な笑みを浮かべたままのリュシオールを見つめた。
「それってどういう……」
「言葉の通りだよ。レティと距離を置いてくれってだけじゃ分かりづらいかな? だったら端的に言わせてもらうと、君が邪魔なんだ」
「邪魔……?」
状況がまるで理解できず、ただオウム返しをするしかジゼットにはできなかった。
リュシオールの真意が分からない。
「まったくレティが僕に興味を示してくれなくて困ってるんだ。あの闇持ちの子がいる時は仕方ないから、後衛コースの授業の時が一番いいんだけど、後衛コースには君がいる」
下から指し示すように人差し指を向けるリュシオールは笑顔のまま。
「君がいると君を理由にしてしまうからね。だったら君がいなくなればいい」
「なにを言って……」
リュシオールの笑顔はとても穏やかなのに、逆にジゼットへ恐怖を与えた。
「ああ、いなくなれとは言っても、別に命を取ろうとかそういうことじゃないから安心して。ただレティと会話したり関わらないようにしてくれたらいいんだ。そうしたらレティは一人になるだろう? 僕が君の代わりに隣にいるようになるだけだよ。他の子にも話しかけないように頼んでおいたから、後は君だけなんだ」
それは故意にレティシアを仲間外れにして、弱ったところを落とそうということだ。
「でもそんなのひどい。私は嫌です……っ」
平民であるジゼットが王族に反論するのとても勇気がいる行為だった。
それでも、レティシアと離れたくないという感情が強く渦巻き、考えるより先に口から出ていた。
すると、リュシオールからすーっと笑みが消えた。
その変わりように、ジゼットはびくりと震える。
「君は平民だよね。小さな小さな村の出身」
「それがいったい……」
「例えばのはなしだけど、村ごと罪をでっちあげるってのはどうかな? 僕の力ならそれができると思わないかい?」
リュシオールの言う村がどこを指しているのか、分からないほどジゼットも鈍感ではない。
例え話のように言っているが、完全な脅しである。
「そんなの、いくら殿下だって……」
声が震える。いくらなんでもそこまでするのか。
仮にも王子という名の者が。
「この千年王国が周辺諸国においてどれほど強い発言力を持っているか、小さな村出身の君でも、さすがにこの国にいたら分かるんじゃない?」
「…………」
分かるからこそ、ジゼットは息を呑んだ。
リュシオールは本気でやろうとしている。
もしここでジゼットが断ったら、村はどうなるだろうか……。
ジゼットの中で葛藤が生まれるが、リュシオールは考える暇を与えてくれない。
「レティから離れてくれるよね?」
それはお願いのふりをした命令だった。
「はい……」
ジゼットに拒否権はなかった。
そしてジゼットはレティシアを避けるようにしたが、レティシアの疑問を浮かべた表情が、自分を責めているように感じた。
だが、当然だ。
自分かわいさにレティシアを売ったようなものなのだから――。




