61話 王子
セラシオン魔導師学校の誰もが受けねばならない基礎授業では、マナーやダンスの授業もあり、小さな村育ちのレティやジゼットはげんなりしている。
エオンもジゼットと同じ村出身なので、嫌気がさしているのが顔に出ている。
「どうしてこんなことしないといけないの? マナーなんて必要ないのに」
「魔導師として力が認められた生徒の中には、そのまま宮仕えする者もいるようですから、マナーは必須みたいです」
「宮仕えしないからもっと他の勉強したい……」
この国にはレティシアの知らないいろんな魔法具がたくさんある。
そういった知識もどんどん身につけていきたいというのに。
宮仕えなどしたらラディオとフローレンスに会う可能性が高くなり、選択肢にすら入っていなかった。
もちろん、二人が今どのように暮らしているか気にはなるが、ラグナルの時のように気づかれて大きな騒ぎになりたくない。
そう、レティシアの目標は平凡な生活なのだから。
宮仕えなど、平凡からはかけ離れている。
「にしても……」
レティシアは周囲を見回して首をひねる。
「ずいぶん女生徒の方がマナーの授業に真剣に取り組んでるのね。目がギラギラしてて怖いんだけど……」
男子生徒もきちんと真剣に授業を受けているが、熱意に大きな差を感じる。
すると、ジゼットが苦笑いした。
「きっとそれは、もう少しで留学から帰ってくる王子殿下に見初められるかもしれないと、力が入ってるんだと思います」
「王子様? どこの?」
「この国のです」
「へ……?」
レティシアはしばし理解するのに時間を有した。
それはエアリスも同じだ。
なまじこの国の王と王妃を知っているからこそ、思考が停止する。
「王子様ってことは、王様と王妃様の子供のことよね?」
「当たり前のこと聞かないでよ」
エオンが嫌みっぽく告げる。
だが、そんなことを気にする余裕はない。
「え? この国ってラディオ王とフローレンス王妃の子供ってこと?」
「だからそう言ってるでしょう」
エオンは何度も聞くなと面倒くさそうに答えた。
「うえぇぇぇ!」
「うるさいよ!」
これがうるさくせずにいられるだろうか。
あのラディオとフローレンスが王と王妃であるのも驚きだというのに、すでに子供までいるとは。
「あいつに子育てなんてできんのか?」
ぼそぼそとエアリスはレティシアの肩に乗って声をひそめる。
「フローレンスはちゃんとしてるから……。でも、ラディオがねぇ」
ラディオが父親をしているところが想像できない。
一応レティシアのことは妹のようにかわいがってくれていたが、子供を育てるのとはわけが違う。
ラディオ自身が大きな子供のような性格なのだから。
「フローレンスだけ頑張ってなきゃいいけど」
「まあ、フローレンスはしっかりしてるから、ちゃんとラディオのことも父親として教育してんだろ」
尻に敷かれているラディオの姿しか想像ないレティシアとエアリスは、きっと毎日のように怒鳴られているのだろうなと予想した。
「ところでその王子様は何歳?」
「確か、十五歳だったと思います。レティの一個下ですね」
なにげにいろいろな情報を知っているジゼットに問う。
ただ、レティシアが知らないだけかもしれないが、王子がいることはさすがにラグナルが先に教えおいてくれてもいいのではないかと思うレティシアだった。
***
それからしばらくして、王子が留学から戻り、セラシオン魔導師学校に通い始めた。
さすが最強の魔導師の一角を担うラディオとフローレンスの子供だけあって、魔導師の才はかなりのものらしい。
そんなリュシオールがどうしてか向こうの方からレティシアに接触を図ってきた。
「君がレティシア?」
「はい……」
まさか存在に気がつかれて王子を差し向けてきたのだろうかと警戒する。
絶対にバレたくないわけではないが、やはり隠しておけるならその方がいいといまだにレティシアは思っている。
今の平和な世界に大魔導師は邪竜と同じぐらい必要のない存在なのだから。
「少し前の授業で、魔獣のほとんどを一瞬で消し去ったそうじゃないか。そんな力を持っているのはどんな子なのかなって興味が湧いてね」
「そうですか……」
「もしかして緊張してる? 別に同じ学舎で学ぶ者同士、気楽に接してくれないかな」
リュシオールという名の王子は、品行方正を絵に描いたような雰囲気だった。
きっとフローレンスの教育の仕方がいいのだろう。
そして、身分を感じさせない気安い性格で、貴族平民関係なく、いろんな生徒にグイグイ自分から話しかけて行っている。
この辺りは社交的なラディオに似たのかもしれない。
そしてそんな他愛のない邂逅以降、レティシアのなにが彼の琴線に触れたのかしれないが、なにかと話しかけてくるようになった。
同じ後衛のコースなので、話をする機会が多いというのもあるが、ランチの時もレティシアを見つけてはこちらの許可もお構いなしに隣に座る。
貴重なレティシアとの時間を邪魔されたデュークの機嫌が急降下していくのが分かるので、レティシアとしてはヒヤヒヤしてる。
かといって、王子相手に近寄ってくるなと言えるはずがない。
気を使ったままの食事は食べた気がせず、そのストレスは寮に帰った後のラグナルの夕食で発散させていた。
「ランチはちゃんと食べてないのん?」
ラグナルを心配させてしまったが、そこは一番そばで状況を見ていたジゼットが説明してくれ、ラグナルも納得顔だった。
リュシオールが話しかけてくるだけならまだいいが、彼の目に止まろうと必死な女生徒達から、レティシアは目の敵にされることが多くなってきた。
隠すことなく目の前でぎゃあぎゃあ牽制してくる。
しかも、デュークがいる時はしてこず、ジゼットと二人の時を狙ってやって来るのだ。
どうしたものかと頭を悩ませた結果、はっきり口にすることにした。
「もう私に関わって来ないで欲しいんです」
「どうして?」
きょとんとしているリュシオールは本当に分かっていない様子で、それが余計に苛立たしく感じてしまった。
誰のせいだと思っているのか。
しかも、近づかないでとはっきり言えば言うだけ取り巻きがうるさい。
「殿下から話しかけてもらっていて偉そうに」
「補欠合格が、ちょっと力を見せたからって有頂天になってるんじゃないの?」
「身分をわきまえなさいよ」
関わっても駄目、関わらなくても駄目だとしたら、一体どうしたらいいというのか。
「僕はなにか気に障るようなことをしたかな?」
まるで自分の方が被害者ですというような表情をされてしまっては、完全にレティシアが悪者である。
ようやく最近力を見せるようになったおかげで悪評も消えつつあったというのに。
「そういうわけじゃないんです。けど、私では王子様のお相手は不足だとおもうので」
「そんなことないよ! 自分をそんなに卑下するものじゃない」
「いえ、本当に大丈夫です。そいうことで!」
ここは早く立ち去った方が良いと、言い逃げするようにジゼットと離れた。
これだけ態度で示せばわかってくれるかもしれないと思っていたのに、翌日から王子に楯突いたということで、ようやく地道に積み重ねた好感度が急降下していた。
やっと少しずつ他の生徒とも話せるようになってきたというのに、レティシアが視線を合わせるだけであからさまに逸らされてしまう。
そこまでならまだ許せる。
「ジゼット。次の授業行こう」
レティシアがいつも通り声をかけると、ジゼットは暗い顔をしてふいっと顔を背けた。
「えっ……?」
まるでレティシアから逃げるようなその仕草に、レティシアはショックを受けた。
まさかジゼットまでレティシアを避けようとするなんて予想外だったのだ。
だが、ジゼットが望んでのものと思えなかった。
ジゼットはレティシアを見るたびに申し訳なさそうに、そして今にも泣きそうな顔をしているのだから。
その日、後衛コースの授業でレティシアは一人ぽつんと授業を受けていた。




