60話 暗殺時代の仲間
この日レティシアとデューク、エアリスは、森で狩った魔物の素材を買い取ってもらうべく、魔導師ギルドを訪れていた。
セラシオン魔導師学校に入学した時点で利用できるこのギルドは、冒険者ギルドよりほぼ二倍の値で買い取ってくれるとあって、ウキウキで素材を持っていった。
そうしたら本当に冒険者ギルドより高値がつくではないか。
冒険者ギルドにも登録はしているが、使わない手はない。
素材を売った後、懐が温かくなったレティシアは上機嫌で、今にも歌って踊り出しそうだ。
そしてレティシアの機嫌がいいとデュークも喜んで、結果精神的に安定する。
いいことずくめだ。
「デューク、これでなにか皆にお土産買っていこう!」
「うん。レティがそうしたいなら」
まだデュークの動力はレティシアでしかなく、まだ自分中心で物事を考えられないようだ。
それでも、これだけ魔力が安定しているのは素晴らしい。
誰も今のデュークを見て、邪竜になる可能性があるとは思いやしないだろう。
このまま平穏に、一生を終えることができるように願うほかない。
だがなにより今はお腹が空いたと、レティシアは匂いに釣られるようにして、ふらふらと屋台の方へ向かう。
すると、ちょうど通りかかった女性とぶつかってしまった。
「す、すみません!」
「いいのよ。こちらこそごめんなさいね」
女性は優しそうに微笑んで謝ってきた。
どう考えても屋台にしか目が向いていなかったレティシアが悪いだろうに。
デュークより少し年上だろうか。
レティシアが理想とするようなすらりと手足が長く、そこはかとなく色香を漂わせる女性だった。
思わず見とれてしまうレティシアに、女性は微笑んだが、その笑みすらどこか妖艶さを感じさせる。
「お姉さんみたいに魅力的な女性になるにはどうしたらいいですか!」
レティシアはずいっと前のめりになりながら、考えるより先にそんな発言をしてしまっていた。
口に出してから恥ずかしくなったレティシアに、女性はクスクスと笑った。
「あら、嬉しいことを言ってくれるのね。あなたも十分魅力的よ」
相手を否定しない、まさに大人の女性の対応だ。
ますます興味がそそられる。
そこへ、いつもなら慌てて駆け寄ってくるはずのデュークが、遅れてやってくる。
その表情はどこか険しく、レティシアではなく女性を睨んでいた。
まさかレティシアにぶつかったからなどという理不尽な怒り方はしていないだろうなと警戒するが、どうやら違った。
女性もまた、デュークを確認してひどく驚いていたのだ。
「まさか、デューク……。あなた生きてたの!?」
信じられないという様子の女性は、デュークを見て嬉しそうにしている。
親しげな声色からも、デュークに対する悪意は感じられない。
少なくとも悪い関係ではないと思ったが、デュークの険しい表情を見ていると油断ができなかった。
デュークがそんな顔をしているためか、エアリスも一気に警戒と緊張を強めて成り行きを見守る。
こんな町中で暴走だけはさせられないと、指輪に念入りに魔力を流した。
「デューク、知ってる人?」
「ううん。別に。それよりレティの買い物しよう」
ニコリとレティシアにだけ見せるいつもの人懐っこい笑みを浮かべその場を後にしようとする。
それはどこか早くこの場を去ろうと急いでいるようにも感じられ、いつものデュークとは少し違っていた。
それに、デュークは否定しているが、女性の驚いた表情を見たら知らない人なはずがない。
さすがにこの距離間で人違いもないだろう。
女性はしっかりデュークの名前を呼んでいたし。
「ちょっと待ってよ、デュークでしょう!? どうしてこんなところにいるの? 生きていたならどうして組織に戻ってこないのよ」
「組織……?」
瞬間、デュークの瞳が研いだばかりの刃のように鋭く女性を睨みつけた。
その気迫に女性はたじろいだものの、一瞬のことで、すぐにデュークの腕にしがみついた。
そこでレティシアは思い出す。
レティシアと出会う前、デュークは暗殺を生業にしていたと。
組織という言葉で連想するなら、きっと暗殺を請け負っているもともとデュークがいた場所のことを示しているのかもしれない。
「デューク……」
レティシアは不安そうにデュークの手を取った。
恐らく昔の仲間と思われる人が現れ、デュークはまた暗殺の道に戻ってしまうのではないかと、不安になる。
暗殺などもうさせるわけにはいかない。
いざとなったらデュークを抱えて逃げるかとまで考えていると、デュークは不安そうな声をかけるレティシアを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよ、レティ。俺は戻るつもりはないから」
ほっとするレティシアとは反対に激昂する女性。
「なにを言ってるのよ! デュークの家はあそこだけでしょう? 私達皆そうだったじゃない! 早く戻りましょう」
最後は労わるような優しい声色で戻ろうと、まるで家族の帰りを待ち望んでいたような雰囲気を出している。
デュークを気遣っているように聞こえたが、デュークは微塵も心が動かされた様子はない。
むしろ、女性が話せば話すほど、冷たい氷を幾重にも被っていくのを感じた。
デュークは女性の手を振り払うと、レティシアを抱き込んだ。
「俺は彼女と生きていくからもう組織には戻らない」
昔の仲間だろうに、まったく感情の動きが感じられない淡々とした態度。
その様子だけで、デュークにとって組織は安住の寝床ではなかったのだと教えられたかのようだ。
女性はデュークの言葉にショックを受けた後、デュークに抱き込まれているレティシアをギッと睨みつけた。
「レティとか言っていたわね。あなた誰? デュークのなに?」
「正確にはレティシアです。デュークのなにと言われましても……」
デュークとの関係性を言葉で表すのは非常に困難だ。
それを説明するには前世からの話をしなければならない。
デュークを闇の女神から加護を与えられた者――邪竜の転生体と知らない限り、理解できるものではないだろう。
そもそも信じてもらえるかも分からない。
アカシトロビアで捕まっていたところを一緒に脱走してきたというのも、下手に口にできるものではない。
「あなたこそどちら様ですか?」
大体は察しているが、勘違いだったら恥ずかしい。
「私はリズラ。デュークの家族みたいなものよ。ずっと探していたのに、ボスはデュークは死んだものとして扱えとか突然言ってくるし、私はなにがなんだか分からなくて……。悲しくて仕方なかったのに、こんな普通に出歩いているなんて」
本当に偶然再会したらしい彼女は目に涙を溜めながらデュークに手を差し伸べる。
「帰りましょう、デューク。他の皆も待ってるわ」
しかし、デュークはいつも以上に冷ややかにリズラを見る。
まったく興味のない、色のない眼差しに、さすがにリズラも気がついたようだ。
「デューク?」
「だからなに? 俺にはもう関係ないよ。俺にはレティがいるから、それでいい。組織になんて帰りたいと思ったこともないし、むしろ清々してる」
デュークの話ではデュークをアカシトロビアに売ったのはその組織だ。
女性の様子からそれは知らないようだが、組織に戻ったらまたデュークはアカシトロビアへ連れていかれるかもしれない。
邪竜を作り出そうとしているような危険を冒させるわけにはいかない。
「デュークもこう言っているので、諦めてください」
レティシアはデュークを守るように前に出た。
遠い昔、守ってあげると誓った約束を果たすために。
「部外者は黙ってて」
「デュークが関わっているなら、その時点で部外者じゃありません。デュークが戻らないと言っている以上、デュークの意志を尊重してあげてください」
もしデュークを本当の意味で助けられる者がいるとするなら、それはレティシアを置いて他にいないはずだ。
デュークと出会ってそう長くない時間しか一緒にいないが、もうすでにデュークは家族同然だ。
家族が暗殺業をしようとしていて止めないはずがない。
デュークが望まぬなら、世界が敵になろうとも守ってみせる。
それがレティシアの覚悟だ。
「なにを偉そうに。デュークのことなんてなにも知らないくせに」
そうかもしれない。
一緒にいる時間だけを比べたらデュークの生い立ちなど会話の中で少し出た程度でしか分からない。
けれどそれでいい。
重要なのは昔のデュークではなく、今のデュークなのだから。
殺気を放つリズラを前にしても毅然とした態度のレティシアに、怯むリズラ。
そうしていると、周囲もレティシア達の異変に気付き始める。
「なあに、喧嘩?」
「あんな小さなお嬢さんと、喧嘩なんてはしたない」
「誰か衛兵を呼んできた方がいいんじゃないか?」
「――っ!」
これ以上ここにいては騒ぎは大きくなるばかりと思ったのか、リズラは悔しそうに唇を噛み急いで去って行った。
暗殺業をしているなら、衛兵を連れてこられるのは分が悪いと思ったのかもしれない。
なんにせよ、もはや買い物という気分にならなくなっってしまった。




