59話 実力発揮
エンリルが帰った後、レティシアはベットに寝転がり、ぼーっと天井を見つめていた。
「どうすんだー、レティ」
ずっとそばにいたエアリスはレティに問う。
気楽そうなエアリスとは違い、ベッドの傍らで静かに様子をうかがっているデュークは、心配そうに見つめていた。
レティシアは天上から目を離さないまま気だるそうに答える。
「迷走中……」
急に目の前の道がなくなったような、空虚を感じる。
「あの教師のしたことは怒ってないのか?」
「それはまったく。どうして私にばかり当たりがきついのか分からなかったけど、理由を教えてもらったら納得できたし。教官だからこれまでいろんな生徒見てきたからこそなんだと思うと……」
魔導師の国といっても、優劣をつけたがる者は存在するということだ。
やはり完全に平等な世界というものは存在しないのかもしれない。
それでも、昔とは比べ物にならないぐらい魔導師の扱いはよくなった。
だから、レティシアが周囲の陰口や嫌がらせ程度で怯むはずがないのだ。
昔のひどさといったら、口に出すのもはばかれるほどだったのである。
それを知っているから、レティシアだけでなくエアリスも今はもう怒っていなさそうだ。
「そもそも私が受験で力を弱くし過ぎたのが問題だから、むしろごめんなさいって謝らないと」
エンリルが内心であそこまでレティシアを気にかけてくれていたとはついぞ思わなかった。
嫌われているのかもと思っていたのに真逆だった。
「そもそもお前はこれからどうしたいんだ? ここでなにがしたいんだ?」
「なにって……」
そもそもこの千年王国に来たのは、最初はアカシトロビアから逃げるためだった。
そして次に思ったのは、かつての仲間が作った国を見たかった。
嬉しかった。
いつか魔導師が差別されない安住の地を見つけようと夢を語った。
それが現実のものとして存在している。
かつての仲間がその約束を果たしてくれた。
それが嬉しかったのだ。
そして訪れた千年王国では、魔導師が至るところを闊歩している。
誰も差別されず、断られることなく宿に泊まれ、食事ができる。
まあ、今度は魔導師同士での力比べが始まっているようだが、そんなものご愛嬌だ。
ただ生きる。そんな簡単なことすら、昔は難しかったのだから。
「私はここで……」
なにがしたかったのだろう。
前世、命が尽きた時に最高神に願ったのは、一つのこと。
「平凡に過ごしたい。当たり前を当たり前に過ごせなかった昔の代わりに、ただ平凡に暮らしたかった。皆の創ったこの国で、いろんな経験をしたい。友達作って、同じ年頃の子と混じって勉強して、遊んで食べて……」
そしてできるなら、邪竜の驚異から復興した世界の美しさを見たい。
その昔、最高神は平凡を望んだレティシアに、無欲であり強欲だと笑った。
それは今も変わらぬレティシアの願い。
「だが、今のお前は平凡か?」
「……分かりきったこと聞かないで」
試験で力を示せなかったせいで悪目立ちしているレティシアは、平凡とはほど遠いだろう。
デュークとてやり過ぎて目立っていたが、まだ魔導師としての力を認めさせているだけ反感は買っていない。
この国には守護者という最強の魔導師がいるので、あれぐらいは驚きはしても許容範囲なのかもしれない。
けれどレティシアはエンリルのような教官にすら眉をひそめられている。
エンリルからは謝罪があったものの、今後もなにかと、生徒や教官に目をつけられるだろう。
陰口だけならいいが、それがひどくならないとは限らない。
レティシアになにかあれば、デュークの感情が揺れることになり、毎回デュークの暴走を恐れることになる。
そこまで考えて、レティシアは現実を突きつけられた気がする。
「うん。平凡からどんどん離れて行ってる気がする」
「今さらだっつーの」
「でもどうしたらいいの? 今から修正きく?」
「問題ねぇよ。レティがしっかり力を見せつけてやりゃあいい」
くっくっくっと、あくどい笑い声を上げるエアリスは、どこから見ても物語の悪役のような不穏な気配を発していた。
「エアリス、その笑い方人前で止めといた方がいいよ」
「焼き鳥の笑い方気持ち悪い」
「うるせー。お前はレティがこのままなめられたままでいいってのか?」
デュークはむっと口をつぐむ。
デュークが黙ったのを確認し、エアリスはパタパタと飛んでレティシアそばに着地した。
「今度黎明の森での実践授業があんだろ。その時に一発見せつけてやれ」
「まだ制御が甘くてやり過ぎちゃうかも」
「そのために黎明の森を選んでるんだろうが。あそこなら最悪やり過ぎても、他の目はないんだから関係者を葬……記憶を消したらいいだろ」
「葬ろうとしないでよ!」
なんて恐ろしいことを言うのか、この鳥は。
聖獣の名前を返上した方がいい。
「それに、あれだけラグナルと訓練してるんだから大丈夫だろ」
それでも不安そうなレティシアの手を、デュークが横から握る。
「レティなら大丈夫だよ」
そこになんの根拠もない。
けれど、レティシアならできると信じて疑わない純粋なデュークの瞳に、レティシアは何故か遠い昔の邪竜の最後の眼差しが重なった。
もう無理だと絶望することは何度もあったけれど、ちゃんと世界は今も存在している。
やってやれないことがないだろう。
「よし!」
レティシアは気合いを入れて起き上がった。
「もう誰にも文句を言われない程度に頑張る!」
「最悪記憶消しゃあいいしなぁ」
「うん。消したらいいよ、レティ」
「どうしてそう不穏な方に行く時は二人とも意見が合うのよ」
そんなこんなで、初心を思い出したレティシアは、少々暴れることにした。
もちろん、本気では黎明の森ごと破壊してしまうので、ちゃんと平凡の枠にはまる程度に制御しながらだ。
念のためにラグナルにこっそり後を追いかけてきてもらっている。
万が一やり過ぎた時、他の生徒や教官を守ってもらうためだ。
「頼むからちゃーんと制御するのよん!」
冗談のない本気顔で何度も念を押されたら、逆に緊張してしまうと思わなかったのだろうか。
まだ一年生ということもあり、向かうのは黎明の森の中でも浅い場所だ。
奥に行けば行くほど強い魔獣が出てくるので、一年の最初はまだ奥まで行くのは許されていない。
それでも、黎明の森に住まう魔獣は浅い場所でもそれならなりの強さを持っていて、よほど腕に自信のある者しか普段は寄りつかない場所である。
だからこそ、教官が数名ついていても、生徒達の表情は硬い。
レティシアも他の生徒とは別の理由で緊張していた。
「森は破壊しない森は破壊しない森は破壊しない」
「なんかものすごい怖いこと呟いてるんだけど」
レティシアが呪文のように何度も己に言い聞かせている内容が耳に入ってしまったエオンは顏を引きつらせている。
もはや四人セットでいることに文句を言う者はいない。
そして案の定、他の生徒はレティシア達から少し距離を開けて歩いている。
あからさますぎるその距離に思うところはあれど、きっとレティシアが力を示したら、他の生徒とも少しは仲良くなれるかもしれない。
目指せ平々凡々!
と気合を入れ直すレティシア。
けれどちゃんと制御ができるか不安は残る。
ちゃんと朝にラグナルと一緒に練習をしてきたが、やはりまだ媒体に慣れていない。
レティシアは媒体である指輪を撫でる。
「もっと違うものの方がいいのかな?」
「え!」
媒体との相性が悪いのかもしれないと思っての発言だが、それに誰より敏感に反応したのはデュークである。
なにせおそろいといって同じ指輪の媒体を使っているので、デュークにとっては由々しき問題だろう。
「レティ、それ変えるの?」
「もし、このまま安定しなかったらね。でも、たぶんそれはないから大丈夫」
ほっとするデューク。
この媒体にはありとあらゆる付与をしている。
これで合わないなら、もう魔導書以外使うことができないだろう。
なにかするにしても、別の付与を追加するぐらいだ。
「レティ」
不意に獲物を狩る獣のような鋭い眼差しである方へ目を向けた。
森の茂みの奥、視界にはただ緑だけしか入ってこない方向からくる殺気に、誰より先に気がついたデューク。
ついで教官達も気がついて戦闘態勢に入る。
「全員構えなさい!」
厳しいエンリルの声に、一気に緊張感が走った。
教官達はさすが慣れた様子で生徒達を守れる配置につく。
それより先に短剣を構えているデュークの察知能力はどうなっているのだろうか。
茂みから飛び出してきた狼型の魔獣は、一匹ではなく群れを成して襲ってきた。
「きゃああ!」
「わあぁあ!」
一部の生徒がパニックを起こすと、伝染するように他もパニック状態になっていく。
しかし、魔導師学校に合格したそれ相応の実力がある者達だ。
きちんと冷静に対応している者もおり、教官の一人が紙になにやら記入していっている。
恐らくこういう場面での対応も授業の一つとして評価されているのだろう。
魔獣はきちんと教官達によって対処されている。
ただ、時々取り漏らした瀕死の魔獣が襲ってきたりもしている。
それをデュークはレティシアの手を出す前に排除してしまうので、レティシアが魔法を使う隙がない。
必然と一緒にいるジゼットとエオンもデュークに守られる形をなっており、メモを取っていた教官がちらりとこちらを見て何か記入している。
守られているだけでは、レティシアだけでなくジゼットとエオンも評価が低くなってしまうのではないだろうか。
「おい、小僧! レティが活躍できねえだろうが!」
「こんな道の狭い場所で動いてレティが怪我したらどうするんだ」
「過保護かっ!」
エアリスに言われてしまったらお終いである。
普段から親かというほど世話焼きで過保護なのがエアリスなのだ。
エアリスの叱責も左から右に流し、レティシアには視界に移ることすら罪と言わんばかりに魔獣を屠っていく。
レティシアもジゼットもエオンもあきれ顔でデュークの後に続くだけとなった。
そうして進んでいくと、途端にひらけた場所に出る。
「森の中にこんな広場みたいなところがあるんだ」
綺麗に整地されていることから、人の手が入っているのは明らかだ。
「学校の授業のために、森にはいくつかこういう場所があるって授業の最初に言ってたじゃん」
聞いていなかったのかと責めるようなエオンに、レティシアも苦笑する。
実力をいかにして示すかに集中していて、森に入る前にされた授業の説明はほとんど記憶に残っていなかった。
改めて広場を見ると、中心に大きな結界が張られている。
「生徒達は結界の中に入りなさい」
ざわめきが起きながらも従う生徒達に続いて、教官も一緒に結界の中に入った。
教官達も一緒ということで安堵する生徒。
「さて、さっそく呼び香を焚くので、生徒達はそれぞれ好きなように攻撃しなさい」
「は?」
「え?」
「ちょっとマジ?」
おろおろと混乱する生徒の中、教官達は淡々と準備をしていく。
香炉を結界の外に置き、火をつけ、風の魔法で周囲に香りを撒いていく。
「呼び香?」
レティシアはそれがなにか分かっていなかったが、ジゼットとエオンは顏を青ざめさせていた。
「二人は知ってるの?」
「知らないことに俺は驚いてるんだけど。なんで知らないわけ!?」
「そう言われても……」
ジゼットに目を向けると顔を強張らせながら説明してくれる。
「呼び香は魔獣が好む香りを出す魔道具です。それをこんな魔獣がたくさんいる黎明の森でいくつも焚いたら……」
そう説明している間に、森からわらわらと姿を現す魔獣に、息を呑む声がいたるところから聞こえてくる。
さすがにこれまでの道中で、音を立てれば魔獣の標的になると理解させられていた生徒の中で、叫ぶ者はいなかった。
「お、多くない?」
さすがのレティシアも引きつるほどの数多くの魔獣が集まってきていた。
「さ、早くしないと結界が壊されるかもしれませんよ」
「ひぃ!」
「さ、さすがに結界が破れたら助けてくるよね?」
「たぶん……?」
教官達は香炉を置いたらいつの間にか生徒達の入っている結界から離れた場所で別の結界を作っており、高みの見物状態だ。
それぞれメモを持っているので、そこで各生徒の評価を書きこんでいくのだろう。
そのあまりに淡々とした様子から、本当に助けてくれるのか確証が持てない。
「と、とりあえずやるぞ」
「私も」
そうやる気を出してみたはいいものの、眼前を埋め尽くすほどの魔獣の数に、それまで冷静に対応していた生徒ですら腰が引けている。
「おっしゃ、レティ。今こそ力を見せる時だ!」
「う、うん」
ここである程度の力を見せたら、生徒も教官も認めてくれるはず。
さあ、平凡な生活よいらっしゃい。
と、レティシアは媒体を己の魔力で壊さないように注意しながら水魔法を固め放つ。
この人生が始まってからは一番レティシアが使い続けて慣れ親しんだ魔法だ。
そのおかげか魔法の制御も一番しやすい。
だが、レティシアが放った魔法は、渦を巻くようにとがった角を持つ魔獣が頭を横に払っただけで霧散した。
ぷっと誰かが笑う声がする。
「こら、レティ、力が弱すぎんぞ!」
「わ、分かってるってば」
レティシアも周囲の雰囲気に流されて力が安定しない。
自分はこんなに魔法が下手くそだっただろうかと、レティシアは自分が本当に大魔導師の生まれ変わりなのか自身がなくなってきた。
「ほれ、ちゃんと深呼吸してみろ。ちょっと周囲が魔法を乱雑に放つせいで場の魔力がそもそも乱れてんだよ。ラグナルと特訓してた時みたいに平常心だ」
「う、うん」
すーはーと深呼吸して、己の魔力だけに集中する。
確かに周囲の生徒が魔獣怖さに乱発するせいで、場の魔力が不安定になっていた。
この空気に、気がつかぬうちに引っ張られていたようだ。
そこにちゃんと気がつく当たりさすが聖獣である。
「よし!」
今度は水魔法ではなく光魔法を使ってみようと、指輪を一撫でして魔力を流していく。
媒体を通して魔力が集まりより強い力を形になっていく。
レティシア自身が光を輝いているように見え、周囲の注目を集めていく。
しかし、集中しているレティシアは気がついておらず、そのまま力を指先に制御できるぎりぎりまで集めると、指先を前に掲げ放った。
光の筋が目にも止まらぬ速さでそのまま魔獣の群れの中に直撃すると、直後、地面を吹き飛ばす勢いで光が爆発した。
光がおさまった後に残ったのは、半減した魔獣と、魔獣の骸。
あの一発でその場にいた魔獣の半分を仕留めたのである。
「馬鹿、レティ。さすがにやりすぎなのは俺様でも分かるぞ」
「あわわわわ」
おたおたするレティシアだが、もうしてしまった時間は戻せない。
そしてその様子はしっかりばっちり周囲の生徒や教官達が見ており、驚愕していた。
「え、今あの子がやったの?」
「弱いんじゃなかったのかよ」
「むしろ教官より……」
いや、それ以上は口にするのははばかれたようで、口を閉ざした。
「ち、違う! あれは、その……。そう! 光魔法で一番攻撃力が高い魔法だから! ジゼットでもこれぐらいできるから!」
このままでは平凡を飛び越えてしまうと焦ったレティシアは、咄嗟にジゼットを巻き込んでしまった。
「えっ、私ですか!?」
急に名前を出されたジゼットも困るだろう。
しかし、水魔法ならいざ知らず、特定の者にしか使えない光魔法はまだ分かっていないことも多く、まだ誤魔化せると踏んだ。
それに、咄嗟の嘘ではあったがまるっきり嘘とも言い切れない。
「今のは光魔法の攻撃の中では弱い方だから」
なので、練習したらジゼットでも扱える可能性があった。
けれど、それはそれで周囲への衝撃は大きいとレティシアは読み間違えた。
「あれで攻撃力弱いって、それ以上はどうなるわけ?」
「光魔法って、闇魔法よりヤバいんじゃね?」
「ああああ。違う、違うから!」
今の攻撃がいかに普通で、自分は平凡であると印象づけたかったのに、レティシアの言い訳が裏目に出た。
「弱い魔法だけど、私が使えるのは今のぐらいだから。それに、何回も出せるものじゃないの!」
一発でも十分な脅威だろうに。
疑いの眼差しを向けらるが、それ以上追及されなかった。
触れるのを恐れられたという方が正しいのかもしれない。
だが、なんにせよ、それ以降、レティシアを補欠合格だとか、デュークのおかげで入学できたなどといった不満はどこかへ消えていった。
エンリルを始め、他の教官達の視線もどことなく和らいだので、相当レティシアに思うところがあったのだろうなと再確認させられた。
教官達は皆このセラシオン魔導師学校の卒業生らしいので、身の丈に合わない者が実力ではなく入学することに、この学校の卒業生としての誇りを持っている教官達は許せなかったのかもしれない。
けれど、あれだけの魔獣を一気に倒したレティシアを認めないわけにはいかない。
というか、そもそもあれだけの魔獣を生徒の前に並べるとは、死人が出たらどうするのだろうか。
今後の授業が大いに不安になるレティシアだった。




