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わたしの創った千年王国【書籍&コミカライズ発売中】  作者: クレハ
3章

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58話 エンリルの事情


 レティシアに退学を勧めた放課後、エンリルはクロノに呼びだされていた。



「クロノ様、ご用件はなんでしょうか?」



 エンリルは緊張した面持ちで肘置きのある重厚感のある椅子に座るクロノの前に立った。

 その静かな目がエンリルを捕えると、それだけでエンリルは息を呑む。

 生徒達を一瞬で黙らせるだけのキリっとした空気をまとうエンリルも、邪竜討伐に貢献した守護者の一人であるクロノの前では言葉一つ発するのにも緊張してしまう。


 この国において最強の魔導師の一人であるクロノは、多くの魔導師の憧れでもある。

 目標とするのもおこがましいほどに圧倒的頂点に君臨する魔導師。


 大魔導師はそんなクロノより強かったというのだから、エンリルではそのすごさを想像すらできない。

 けれど、クロノが今も大魔導師に敬意を持っていることは知っており、この無口で笑ったところすら見たことのないクロノがそこまで心酔する大魔導師とはどんな人だったのだろうかと、多くの魔導師が気になっていることだ。


 けれど、大魔導師がどんな人だったかは多く知られていない。

 大魔導師を直接知っている守護者達がほとんど語らないからだ。


 邪竜から世界を救った大魔導師のことは誰もが知りたい話だというのに、昔の人が書き記した物語程度しか一般的に知られていない。

 どうして守護者達は大魔導師のことをそこまで隠したがるのか分からないが、隠したいのではなく話したくないという方が正しいのではないかと、アルバートが漏らしていたことがあった。


 セラシオン魔導師学校の中で一番の信頼を得てそばにいるアルバートの言葉なので、耳に残っていた。

 それもあくまで想像の範疇をでない。

 そんな、この学校だけでなく国内においても発言力のあるクロノの呼び出しはこれまでほとんどなかった。

 だからこそ余計にエンリルは緊張していたのだ。


 クロノはトントンと指先で机を叩く。

 それは決して大きな音でもなく、一定のリズムを刻む小さな仕草だったが、どことなく苛立ちを感じた。


 けれどクロノは感情を顔におくびにも出さないのでまったく心情は分からない。



「お前は一人の生徒に対して退学を勧めたようだな? しかも、執拗に授業で指名したりと、いじめのような行いまでしていると聞く」


「それは……」



 まさかクロノの耳に入っていると思わずエンリルは瞠目した。

 しかしすぐに説明しようと口が動く。



「彼女のためを思ってのことです! 実力主義のこの学校で、実力が伴わない彼女がいても居心地が悪いだけでしょう。教師の目の届かぬところで悪質ないじめが行われてからでは遅いのです」


「生徒を教え導く者がそのように公平性に欠ける態度を一人の生徒にしているから、他の生徒も見習ってその生徒を蔑むのではないのか? お前の言動こそが他の生徒を増長させていることを知れ」


「……それは……っ」 



 エンリルはそれ以上の反論が出てこない。

 レティシアのために正しいことをしていると思っていたが、生徒が自分の言動を見て、レティシアへの態度を悪くするということを気にしていなかったのだ。


 この時のクロノは、激しく叱責したかったところをどうにか理性を総動員してぐっとこらえていた。

 この学校はそもそもいつかここに帰ってくるレティシアが楽しく学べるようにと作った、レティシアのための居場所である。


 それにもかかわらず、レティシアを辞めさせようと動くエンリルを、クロノが許せるはずがない。

 はらわたが煮えくり返るような気持だったが、エンリルはレティシアが大魔導師だということも知らぬのだから、エンリルの行いは仕方ないと理性では分かっている。

 だから必死で己の感情を抑えていた。



「相手には退学しろという発言を撤回し、謝罪。今後は公平に扱うように気をつけろ。それができないというなら辞めてもらう」



 クロノの本心としては、公平どころか優遇しろと叫びたい。

 しかしそれを言ってしまったら、レティシアの存在に気がついていることを教えることになる。


 ラグナルからは知らないふりをいしろと助言を受けている以上、クロノもそれ以上叱りつけることはできなかった。

 それに、憧れであるクロノからの叱責に、エンリルはかなりこたえていた。


***


「失礼いたします」



 しょんぼりと落ち込んだ様子でクロノの部屋を退室したエンリルはレティシアの住まう、ルヴェナに向かった。

 レティシアに会いに行くためにだ


 いまだ納得はいっていないが、この学校においてはクロノが法律である。

 セラシオン魔導師学校の教官になりたい者は多く、列をなして待っている状態だ。

 エンリルの代わりなど、探すまでもなくたくさんいるだろう。


 けれど、エンリルはレティシアに意地悪をしたかったわけではない。

 ただ心配だっただけだったのだ。



「はあ……」



 エンリルはルヴェナの寮の前に立ちため息を盛大に漏らした。

 ルヴェナの寮は外から見たことがあるぐらいで来る機会すらほとんどない。

 それでも、記憶の中の寮よりも、若干さびれている気がする。



「ここは相変わらずひどいですね」



「あらん、その言い草の方がひどいじゃないん」



 はっとエンリルが振り返ると、ピンク色のフリフリなエプロンドレスの筋骨隆々な女性が立っていた。

 気配をまったく感じなかったことにエンリルは咄嗟に距離を取る。


 いくら気を抜いていたとはいえ、これほど近くにいたのに気がつかないなんてと警戒する。

 そんなエンリルは我関せずというように、ラグナルはずいずいと距離を詰めてくる。



「それで、なんのご用?」


「レティシアはいますか?」



 レティシアの名前を口にした瞬間にラグナルの表情が真剣なものに変わる。



「うちのレティちゃんになんの用かしらん? あの子と話すなら、まず私を通してくれるかしら」

 


 ラグナルに警戒されているのを肌で感じるエンリルは慌てる。



「決して彼女に危害を加えにきたわけではありません。謝罪をしに来ただけですので」


「謝罪? よく分からないけど、まあいいわん。入ってちょうだいな」


「失礼いたします」



 食堂に通されたエンリルは、そこでレティシアが来るのを待つ。

 しばらくしてレティシアがデュークと一緒にやってくる。

 その後ろにはデュークの姿もあり、寮母であるラグナルも同席することに。



 そして、席に着いたところで、エンリルは立ち上がりレティシアに頭を下げた。

 ぎょっと目を見張るレティシアには気がつかず、エンリルは続けた。



「この度は申しわけありません。あなたが補欠合格であろうと、学校側が入学を認めた以上、私が文句を言える立場ではありませんでした」


「き、気にしないでください。生徒からは似たようなことを毎日言われていますし」


「毎日……」 


「はい、毎日です。まあ、子供のたわごとってことで気にしてもいませんし」

 


 レティシアとしては精いっぱいのフォローのつもりだったが、余計にエンリルは落ち込み、表情を曇らせた。



「……私には妹がいるんです」



 あまりに急すぎる話に、レティシアはなんのことかと首をかしげる。



「セラシオン魔導師学校は完全なる実力主義です。この国の貴族であろうと、力がなければ閉め出される。私はそんな学校が誇りでもありました」  



 エンリルはレティシアを見つめてから、ゆっくりと手元に視線を移す。

 レティシアに誰かを重ね合わせているような違和感の正体はすぐに判明する。



「力の弱い魔術師が無理に入学しても、周囲に置いて行かれ、いじめの対象となるだけです。魔導師は無駄にプライドが高いですから」


「そうですね」



 レティシアもこの学校で暮らすようになって、いろいろな内情も分かってくる。

 優秀な魔導師が集まってくるのと同時に、その者達のプライド無駄に大きい。



「あなたは座学の方は受験の時に一番よい成績を取るほどでしたので、授業中に難しい問題をあえてあなたに答えさせることで、周囲の評価を変えさせようと考えました」


「あれ、ただの嫌がらせじゃなかったんですね」



 やんわりと遠回しな言い方をしない率直なレティシアの言葉に、エンリルも苦笑する。



「確かにそう受け取られていても仕方ありませんね。分からなければ多少ヒントは与えるつもりだったのですが、難なく答えて驚きました。けれど、それでもやはり周囲は実技での評価をいまだに引きずっていて、あなたを嘲笑されていました」


「別に気にしてませんけど、それと教官の妹さんとなにか関係があるんですか?」


「過去に同じように補欠合格した子が、周囲からのいじめを苦にして退学を選んだことがありました。後々調査すると、かなり悪質ないじめが日常化していたようです」



 これにはレティシアも眉をひそめる。

 レティシアにとって魔導師とは差別され生き抜いてきた者達だ。

 だかこそ、その痛みを誰よりも分かっている。

 そんな魔導師が今や差別をする側に立っているなど、どんな悪夢だろうか。



「ふざけていますね」



 プライドがあるのは別に問題はない。

 レティシアとて、己が魔導師であることにプライドがあったからこそ、最後まで逃げずに戦う心の強さを維持できていたのだから。


 けれど、自分はもちろん、他の一緒に戦ってきた魔導師達の功績の上で胡坐をかくなど許せない。

 世界を守った魔導師という評価は、誰かを傷つけ差別するためにあるのではないのだ。



「その補欠合格して辞めた生徒は、私の妹でした」



 レティシアははっと息を呑む。 



「いじめに耐えかねて故郷に帰りましたが、心に受けた傷は一生直りはしないでしょう。だからこそ、レティシアさんに同じ思いをしてほしくなくて、先走ってしましました。申しわけありません……」



 エンリルは何度目か分からない謝罪を口にし、頭を下げた。



「クロノ様にも公平性を大事にするよう注意をされましたので、今後他の生徒と変わりないよう接する努力をいたします」



 本当に謝罪だけをしてエンリルは帰っていった。









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