50話 早朝訓練
レティシアはこの日も朝早くから日課となっているラグナルとの肉体改造計画を行っていた。
しかし普段はルヴェナの寮の周辺ではなく、寮からも離れた黎明の森までやって来ていた。
「ほーら、これだけ奥に来たら誰もいないから、思いっきり魔法ぶっ放しちゃってもいいわよーん」
語尾にハートを付けるような甘ったるい言い方でラグナルはレティシアに合図を送る。
周囲には念のためにラグナルが結界を張っているが、レティシアの力を考えると心許ない。
それゆえ、すぐさまレティシアの相棒であるエアリスがくわっと口を開いた。
「馬鹿かー! レティが本気出したらこんな森一発で焦土と化すぞ!」
「あらやだん。それもそうね。お肉がとれなくなるのは困るわぁ」
肉と聞いてレティシアの目がギラリと光ったが、エアリスが気にしているのは肉の確保ではない。
「そこじゃねぇ! 生態系が崩れるだろうが!」
「そういえば、昔はこんな森なかったもんねー」
レティシアは改めてしみじみと周囲を見渡す。
人の立ち入りすら拒むような木々は、一本一本の幹
がとても太く、枝には葉が生い茂っている。
「そうなのよん。邪竜が封じられて一年経ったぐらいだったかしら。小さな芽が生えたのを見つけた時には、邪竜を討伐した時と同じぐらいの歓声があがったものよん。今は生い茂り過ぎて、強い魔物がうようよいる魔境と化しちゃったけど」
「魔物が強いのは、邪竜の歪められた穢れのせいかもね」
「そうなのん?」
ラグナルは初耳だと、驚いた顔でレティシアを見た。
「変質させられたとはいえ、邪竜の力はもともと闇の女神様の力だからね。魔力を持つ生き物が影響を受けてもおかしくないし」
「へぇ~」
「へえって言うけど、昔だって邪竜の周辺には強い魔物が集まってたじゃない」
当時邪竜によって滅ぼされた国は数知れないが、突然変異のように強い魔物が多く生まれていた。
確かその時に説明をしたような気がするのだが……。
「あらん、初耳だけど?」
「……あれ?」
言ってない? いや、言ったはず……だが、なにせ二百年も前のことなので記憶がうろ覚えである。
「ラグナルが忘れてるだけじゃないの?」
「さすがにそんな重要なことを忘れたりしないわよぉ」
「えぇ~」
もしかしたら、言った気になっていただけだろうか。
「まあ、今言ったってことで! それにかもしれないってだけだし」
最高神から事実を聞いたわけではなく、あくまで少し世界の裏を知るレティシアの予想である。
それに、昔のことを今さら蒸し返しても意味はないと開き直ったレティシアに、ラグナルはやれやれと肩をすくめる。
「まったく、困った子ねぇ。多分、黎明の森を調べている研究者が知ったらひっくり返ることをさらっと言っちゃうんだから」
「ごめんって。それより、魔法の訓練付き合ってよ」
「はいはい」
そう、今回わざわざ黎明の森まで足を伸ばしたのは、ラグナルに魔法を見てもらうためだった。
「レティはその媒体には慣れたの?」
「大分かなぁ。魔導書に比べるとやっぱり魔力制御が甘くて」
「そりゃあ、最高神がレティに合わせて作った魔導書と、人が作った媒体を一緒にしちゃ駄目だろ」
などと、エアリスの突っ込みがとんでくる。
「そんなこと言われなくても分かってるってば。だけど、やっぱり比べちゃうものは仕方ないじゃない」
「まあなあ」
そもそも神具と比べること自体間違っているが、やはり魔力に馴染む感覚は圧倒的に魔導書がしっくりくる。
だからこそ、他の媒体を使うとうまく制御できるか不安が残るのだ。
そのせいで入学試験も補欠になったほどである。
「そもそもセラシオン魔導師学校の標準的な強さが分かってないのよ。そこもラグナルに教えて欲しいんだけど、そのあたりどう?」
「うーん。そうねぇん。ちなみに、レティはあっちにいる魔獣の気配分かるわよね?」
そう言って、ラグナルが指を指した方向は、木々が邪魔をして視界は遮られている。
それでも、魔力を帯びた生き物の気配を探せば、そこにどれほどの大きさと強さ、数の把握は手に取るように分かる。
「なんか、六本の角を持ったムキムキの牛ぽいのが三頭かな?」
「そうねぇ。私達にとったらし造作もないんだけど、おそらく教官レベルでもそこまで詳細には分からないわよん」
「そうなの!?」
「生徒を教える教官だろ?」
レティシアは驚き、エアリスは怪訝そうにする。
「さすがにあちらの方向に魔獣がいるのは関知できるけど、どんな魔獣か数までは不可能ね」
「……魔導師って弱くなってない?」
思わず大丈夫? と心配になってきた。
「そもそも私達が強すぎるのよ。レティは言うまでもないけど、私達守護者と呼ばれてる魔導師達って、単身で国を滅ぼすぐらいの力は持ってるものん」
世界を混沌の渦に落とし込んだ邪竜と戦って生き延びたぐらいなので、その力がいかに洗練された強さか、レティシアだけが分かっていない。
「この二百年研鑽を積んできたってのもあるわね」
ラグナルはさすが今が全盛期というだけあって、自信に満ちあふれている。
「そして、レティの基準は邪竜と戦ってきた魔導師達でしょ?」
「うん」
それまで他の魔導師に会っていないので仕方がない。
「まずはそこを改めなきゃねん。いーい、レティ。魔導師の平均的な力は、そこの一角鳥を倒せたら一人前ぐらいよ」
「一角鳥?」
ラグナルの視線を追って木の枝に目を向けると、そこには角の生えた猛禽類と思われる鳥が止まっており、獲物を見つけたようなギラギラとした目をこちらに向けていた。
確実にレティシアを獲物と判断している。
一応先ほどから存在には気づいていたのだが……。
「あれを倒せば平均的な強さ?」
「そうねん」
「てい」
レティシアは一角鳥に向けて軽く風の魔法をぶつければ、木をごと粉砕して一角鳥は跡形もなく爆散した。
しかも、一角鳥が止まっていた木以外の、周辺まとめてぶっ壊す魔法の強さである。
けれど、それでもレティシアにとってはかなり抑えめな攻撃だ。
「これで平均的?」
「んなわきゃないだろうがぁぁ!」
思わず乙女なナルちゃんを押しのけて、雄々しいラグナルが前に出てきた。
「いや、だってラグナルがあれを倒すぐらいが平均的だって」
「いや、倒し方! ていの一言で倒せるやつが平均的なわきゃないだろ! しかも形保たないほど粉砕する力だぞ」
「えー」
それならそうと最初から言ってほしい。
レティシアはいったん魔導書を出して、先ほど粉砕した木を元に戻した。
その様子を複雑そうに見ているラグナル。
「そもそも壊した木だってこんな簡単に直せるものじゃないからな。というか、レティだけだから気をつけろ」
「はいはい。分かったから、ナルちゃん帰っといでよ」
「あらん」
うふふとしなを作って取り繕うが遅すぎる。
「えーと、じゃあさっきのに苦戦するぐらいがちょうどいい?」
「そうねぇ、それぐらいかしらん。けどその前に、レティは魔法の強度を調整するのを最優先しましょ。片手振った程度で普通の魔導師は一帯を消し飛ばさないから!」
ラグナルに怖い顔ですごまれて、レティシアはただ「はい」と答えるしかなかった。
「さあ、そこらの魔獣で試しながら魔法の調整をしていくわよー!」
「おー!」
ノリノリなレティシアは、腕を大きく空に突き上げた。
「目立たず騒がず、静かで平穏な日々を目指すぞー」
「その意気よ」
気合いが入るのはいいことだが、エアリスは不安を感じた。
「大丈夫か、ほんとに? てか、そもそも平穏て無理じゃね?」
入学試験で主席を取ったデュークと一緒にいることで、すでに目立っているというのに。
「おーい、ラグナル。ほんとに大丈夫か?」
パタパタと飛んで、ラグナルの肩に落ち着いたエアリスが心配する。
「いざとなれば私が証拠隠滅するから大丈夫よん」
パチンとウインクをするラグナルは、力を精一杯制御ししながら一生懸命力を抑えた魔法を魔獣に向けて放っている。
ラグナルになにを言われたか知らないが、ずっと「肉肉肉肉お肉ちゃーん!」などと、叫びながら魔獣を追いかけ回していた。
「レティはまだ力は安定していないんだろう?」
「お、おう」
ラグナルが急に真剣な声色になったため、エアリスは少々戸惑いながらも返事をする。
「現状、レティがどれくらい力を扱えるかは俺も知っておきたい。いざという時に守るためにも」
まるでこれから死地へ赴くかのような覚悟を見せるラグナルに、エアリスはその筋骨隆々な腕に噛みついた。
「レティは守られる側じゃねぇぞ」
「……分かってる。だからこそ守りたいんだ。そのために俺達は二百年待ち続けたんだから」
「…………」
ラグナルの決意表明のような言葉に、エアリスはなにも言うことができなかった。




