48話 二百年を待ち続けた者達
邪竜討伐から二百年の月日が経った。
邪竜によって壊された世界は目まぐるしく変わっていった。
口惜しいのはことの元凶たるアカシトロビアがいまだ健在だということだろうか。
自分達で生み出しておきながら邪竜によって被害を受けるも、しぶとく生き延びている。
邪竜亡き後、周辺国から非難の的になったが、それがどうしたとばかりな面の皮の厚さを発揮していた。
そして、被害を補填するかのように周辺の国を攻め落とそうとする悪辣さは、今後どうしたって直りはしないだろう。
もはや害悪でしかなく、さっさと滅ぼしてしまえればいいのだが、それは二百年前の時に大魔導師に止められてしまった。
その大魔導師はフローレンス達と一緒に特攻をかまそうとしていたが、その前に神の意志で止められたようで、逆にフローレンス達を止める側になってしまった。
やる気満々だったことから、基本的な考え方はフローレンス達と同じであったろう。
しかし、大魔導師がいなくなった今、神に従ういわれもない。
ただ気がかりなのは、まだ世界に大魔導師が戻ってきていないということ。
それは大魔導師の魂を最高神が握っていると判断もできる。
人質を取られたような不快感に怒りを覚えるものの、大魔導師のために今は神を怒らせるわけにはいかなかった。
己の加護を与えた大事な愛子になにかするとは思えないが、神とは総じて自分勝手なものだ。
大魔導師の命を一か八かの賭けに使うわけにはいかない。
神への怒りを忘れることなく過ぎた二百年の間、フローレンス達はただひたすら前を向いて走り続けてきた。
魔導師のための国は、いつの日か語った夢の通り、迫害されてきた魔導師達の安住の地となっていた。
誰にも差別されない魔導師の国はこの二百年の間で、堅実に行ってきた実績により世界での強い立場を確立し、世界の中心とすら言われるほどの力を持つほどになっていたのだ。
その中で一番の信頼を他国から受けることになったことと言えば、アカシトロビアから他国を守ってきたことだろうか。
アカシトロビアに戦争を仕掛けられた周辺国に魔導師を送り、守ってきた。
その感謝とともに、イリスフィアーー千年王国という国の名声は上がっていった。
ただし、それはただの親切心からではないのは、千年王国の上層部は周知の事実である。
邪竜を生み出したアカシトロビアへの嫌がらせに他ならない。
そして、国々に恩を売って千年王国がなくてはアカシトロビアに侵略されてしまうぞという印象を植えつけること。
そうすれば助けられた国は千年王国に手を出せなくなる。
そこに優しさなど存在せず、どのように動けば自国のためになるかという一点のみでフローレンス達は動き、影響力を張り巡らしていった。
なにより、これまで魔導師を迫害し続けてきた世界へ見返し、自分達の価値を知らしめるためにでもある。
確固たる立場を手にした千年王国は周辺国の中でも飛び抜けた発言力を持つまでになったが、最高神に時間を止めることを願ったフローレンスを始めとした一部の魔導師は、二百年前と変わらぬ姿のまま老いることなく生き続けていた。
老化もしないが成長もしない。
それは同時に子供を妊娠することもないということだ。
いつか世界が平和になったらたくさんの子供に囲まれて一緒に死ねたら素敵だなと語り合ったフローレンスとラディオ。
ある時、無意識に城に来ていた子供の姿があった。
どうやら兵士の子供達が親の職場見学に来ていたようだ。
賑やかな声にフローレンスには自然と笑みがこぼれていた。
同時に、無意識に自らのお腹に手を当てていた。
そこへ――。
「ずいぶん賑やかだな。もしかしたら、俺達にも今頃あれぐらい元気な子供が何人もいたかもしれないな」
「……そうですね」
ラディオはフローレンスの手を握り問いかけた。
「時間を止めたことを後悔していてないか?」
フローレンスはラディオの方は見ずに、ただ子供達へ目を向けたまま、決して心の中を悟らせぬように気丈に振る舞い首を横に振る。
そんなことをしてもきっとラディオにはお見通しだろう。
それほどに長い時を一緒に生きてきたのだから。
気づかれていてもフローレンスの答えは変わらない。
「後悔などあるはずがありません」
ごくごく普通な人生を自ら放棄したのは自分の意志なのだから。
けれどやはり、小さな子供を見ると、フローレンスは知らず知らずのうちに想像してしまう。
自分達の間に生まれてくる子供はどんな目と髪の色をしているだろうか?
性別は? どちらに似るだろうかと。
しかし、すぐにそんな夢想を振り払う。
「あの子がいつか帰ってきた時のことだけを思い、これまで生きてきたというのになにを迷うというのですか」
必死に否定するその姿は、大魔導師を守れなかった自分を責めているように見えた。
せめて彼女が逝くその瞬間そばにいられたら、また違っていたのかもしれないが、そんなもしもを考えたところで意味はないのだ。
※※※
それからしばらくして、フローレンスはここ最近の不調に悩まされていた。
「おい、大丈夫か、フローレンス? ずいぶん顔色が悪いぞ」
「あらん。ストレスかしら? いくら年を取らないっていってもしっかり睡眠を取らないと美容の敵よん。疲れた時はラディオに仕事を押しつけちゃいなさい」
そう心配そうに声をかけたのはラディオと、いつの間にやら斜め上の方向に変身を遂げていたラグナルである。
ある日突然乙女になって現れた日には冗談かと思いきや、本人はいたって本気だった。
まあ、それはいい。
ただ、自身でもごっちゃになる時があるのか、昔の雄々しいラグナルが顔を出すのでそこはしっかり使い分けてほしいものだ。
急にドスのきいた声ですごまれると怖さが倍増する。
今もそうである。
急にギラリと現役時代を思い起こさせる鋭い眼光でラディオを睨みつけた。
「お前フローレンスに頼ってばっかりじゃないだろうな?」
「ちゃんと働いてるっての。ほんと突然豹変するの止めてくれないか? 心臓に悪い」
「死にはしないから問題ないでしょん。うふふ」
「俺だけじゃなくて帰ってきたレティがお前を見たら心臓発作起こすわ。ここまで豹変したのお前だけだぞ」
それはそれで楽しみだというように、ラグナルは「うふふふ」と野太い声で笑った。
「まあ、そこは置いておいて、本当に大丈夫なのん?」
ラグナルが急に真剣な顔つきになるほどに、今のフローレンスの顔色は悪く元気もなかった。
「大丈夫です……」
「そうは言うが、最近食欲もないみたいだし、すぐ疲れるだろ?」
ラディオとしてもここ最近のフローレンスの体調はかなり気になっていたようだ。
今日、ラグナルがこっそり城にやって来たのも、フローレンスの調子をうかがうためだ。
滅多に表舞台に立つことなく、クロノの作った魔導師の学校の小さな寮の管理人をしているラグナルを、守護者の一人と知っている者は少ない。
自分が守護者と分かれば騒がれることは必至なので、ラグナルはただの寮母で問題ないと思っている。
「最高神に肉体を止められてるから体調を崩すはずはないんだけどねん。仕事の疲れかと思って来てみたけど、さすがに医者に診てもらった方がよくないかしらん?」
ラグナルはフローレンスではなく、ラディオに視線を向ける。
「そうだな。念のために看てもらえ」
「大げさですよ」
「万が一のためだ」
そこには時間を止めた最高神への不信感が含まれている。
本当にちゃんと大魔導師が戻るまでの時間を与えてくれたのか、神々への信仰どころか恨みしか持たないラディオは慎重だった。
そして急きょ医師に診てもらうことになったのだが……。
「おめでとうございます。懐妊されておりますよ」
ニコニコの医師とは反対に、フローレンスもラディオもぽかんと口を開いていた。
「……は? ……は? え?」
うまく事態を飲み込めないラディオ。
そして動揺するラグナルは医師の胸ぐらをつかみ上げた。
「ひぃ!」
「おい! 嘘ついてんじゃねぇぞ」
子供がいたら――いや、大人でもギャン泣きしたくなる怖い顔と声ですごむラグナルに、医師は命の危険を感じるほど怯えている。
「ううう、嘘ではございません! 確かにご懐妊されておりますぅー!」
半泣きの医師の言葉を聞いて、ようやくラグナルは力を抜いて医師を解放した。
ほっとする医師は急いでラグナルから距離を取る。
「今後は無理な運動や公務は控えてください! けれどまったく運動しないのはいけませんよ。なにごともほどよくです! 後ほど計画書をまとめてお持ちします!」
及び腰ながらも、医師としてしっかり伝えるべきことは伝え、急いで部屋から出て行った。
フローレンスは信じられない気持ちでまだ膨らみのないお腹に手を置いた。
ここに新たな命が育っている。
嬉しさよりも、現実味のないゆえの戸惑いが上回っていた。
しかし、次の瞬間にはっとする。
「老いも成長もしないはずの私の体の中で、新しい命が成長している……。それは、止まっていた時間が動き出したということですよね?」
フローレンスの言葉に、ラディオとラグナルは息を呑んだ。
「それはつまり……」
「戻ってきた……?」
「あの子がこの世界に」
ラディオ達が願ったのは、大魔導師が戻ってくるまで肉体の時間を止めるというもの。
つまり、大魔導師がこの世界に戻ってきた瞬間にラディオ達の時間もまた進み始める。
帰ってきた。
ずっと待ち続けていた私達の大魔導師が。
いや、世界は大魔導師だなんだと仰々しく名を付けているが、フローレンス達にとっては妹のような存在である。
「やっと、やっと……」
フローレンスはほろりと涙をこぼした。
なんて駄目な母親だろうか。
夢にまで見た赤子がお腹の中にいるというのに、今一番嬉しいと感じているのは、あの子が帰ってきたことだ。
けれど、今は許して欲しい。
ずっとずっと待っていたのだ。
人としての寿命を捨ててでも会いたいと思っていた人が戻って来るのを。
「レティ……っ」
フローレンスは両手で顔を覆う。
「けど、この世界のどこに生まれたか分かるわけじゃない」
「そうねん。最高神は邪竜討伐の時の一度だけしか接触してこなかったし。聞こうにも聞けないわ」
そもそも素直に答えると思っていない。
「それでも構いません。きっと愛子であるレティが不幸になるような環境には置かないでしょうから。いつかこの国に来てくれることを願って待ちましょう」
「そうだな」
「もしセラシオン魔導師学校に入学したらうちの寮に入れるようにクロノに念を押しておくわー」
「おい、ちゃっかり一緒にいる時間を確保してんじゃねえぞ」
「おほほ。王様はレティが安全に生活できるように、今以上に働きなさいな。新しく家族も増えるんだしねん」
はっとしたラディオは、そういえばまだ自分がなにも言えていないことを思い出し、慌ててベッドに座るフローレンスの手を握った。
「フローレンス、ありがとう。まだ実感はないけどいい父親になるように頑張るからな!」
フローレンスはクスクスと笑って、穏やかに頷いた。




