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13話 サラの決意

 サラは悪夢で目覚めた。

 寝間着が汗でぐっしょり濡れていた。

 この悪夢が未来予知だと確信していた。


(あれは……昨日会ったあの少年?!リオが魔王?!)


 サラの夢に出てきた魔王は青年の姿をしていたが、サラはそれがリオだと疑わない。


(……リオは勇者となり、やがて世界を滅ぼす魔王の中の魔王になる!?)


 サラはまさかこれほど早く魔王となる人物と出会うことになるとは思っていなかった。

 だが、考えてみれば近く出会うことになるからこそ、最近未来予知を見るようになったのではないか。


(……でも)


 夢の中で見た魔王は目が合っただけで死を覚悟するほど圧倒的な存在感があったが、昨日会ったリオからはそのようなものはまったく感じられなかった。

 ナナルの言葉がサラの心の中に甦る。


「その者は最初から魔に魅入られたものだったとは思えません。魔王になる前は勇者だったのでしょう?」


(私はどうしたらいいのかしら……実家を出る時でもこれほど悩みはしなかったのに……って、当然よね)


 これは個人の問題ではない。選択を誤れば世界が滅んでしまうのだ。


(でも……)


 少なくとも今の彼は勇者ではなく魔王でもない。

 ちょっとおかしいところはあったが邪悪なものはまったく感じなかった。


(夢の中でリオは私の事を裏切者と言っていた。私からみれば魔族に寝返ったリオの方が裏切り者だけど、彼がああ言ったって事はそうなる原因を私が作ったって事よね)


 今のサラがいくら考えたところで魔王の言う裏切りが何のことをさすのかわかるはずもない。


(……もし未来の私の裏切りが彼を魔王にさせるのなら二度と会わなければいいのかもしれない。そうすれば裏切る事はないからあの未来予知は回避できるはず)


 でも、と考え直す。


(裏切者が私じゃなかったら……例えば、他の誰かが彼に私が裏切ったかのように見せかけたのだとしたら、裏切りの相手が私から他の誰かに変わるだけで魔王は誕生してしまう。もし、そうなら私はただ責任を放棄しただけだわ。それに彼は魔王ではあるけれど、その前は勇者だったことも忘れちゃダメだわ!……私がリオを勇者に選ぶのかしら?だとしたら勇者が一人いなくなることになるのよね……)


 勇者は一人しか生まれないわけではないが、必ず生まれるわけでもない。


(……でもそうなら私はもちろんだけど、他の誰も彼を裏切らなければ魔王は誕生しないという事よね。リオは勇者のままでいられるという事よね。そのためには常にリオのそばにあって彼を監視すればいい)


 サラはそれがとても困難なことだとわかっている。

 そもそも本当に裏切りがあったのかもわからない。

 実際には裏切りがなかったとしてもリオが裏切られたと思えば裏切りなのだ。

 それでも今までの選択の中では最善に思えた。

 サラは知らず口に出していた。


「……そうよ!今までだって未来予知のお陰で厄災を回避してきたって、ナナル様が言ってたじゃない!神は私にあの厄災を回避させるために未来予知を見せてくれたのよ!なら私が行動しないでどうするのよっ!」


(それに私以外にあの未来予知を見た者がいる可能性もあるわ。その人と相談すれば最善な方法だって見つかるかもしれない。ともかく何もしないのが一番ダメよ!私は行動しなくちゃダメなんだわ!このために、そう、このために私はナナル様の地獄の猛特訓を受けてきたんだわ!)


 そう思うと一気に気分が楽になった。

 サラは決意した。

 リオと共に旅立ち、彼が魔王になることのないよう導くのだと。

 心が決まればあとは行動するのみであった。


「リオは今日も来るって言ってたわね。今日は忙しくなるわ。まずは……」


 サラは着替えを持ってお風呂に向かった。



 リオは今日も第二神殿に来ていた。

 ムルトは神殿都市というくらいであるから他にも神殿はあるのに他へ向かおうという考えは全くなかった。

 第二神殿の門をくぐり、誰から声をかけようかと辺りを見回していると女神官が手招きをしているのに気づいた。


(……ん?もしかして僕を呼んでるのかな?)


 そう思ったものの、複数の足音が後ろから聞こえたので振り返ると、何人もの冒険者がリオのそばを走り抜け、その手招きした女神官のもとへ向かっていく。


「僕じゃなかったみたいだ」


 リオはそう呟くと女神官から離れるように移動する。

 しばらくするとリオは背後から走って来る者がいるのに気づいた。振り返るとそれはさっき手招きしていた女神官だった。

 女神官、サラはリオに無視されて不機嫌な顔をしていたが、言うまでもなくリオはまったく気づいていなかった。



 サラは行き場のない怒りを必死に抑えていた。

 サラはリオと二人きりで話をするつもりでいた。

 目立たない場所で待機し、リオがこちらを見たタイミングで手招きしたのだが、距離が離れ過ぎていたことと、サラはナナルの弟子であり、その容姿と相まって神殿内で注目を集めている事を過小評価していた。その結果、多くの冒険者を勘違いさせて呼び寄せてしまった。

 しかも、寄って来た冒険者の中に当のリオはいなかった。

 リオが悪いわけではない事はわかっているが、怒りとは理不尽なものが多いのも事実だ。


(私は自分が未熟だと自覚しているからこの怒りも許されるはずよ!)


 などとリオへの怒りを正当化していたりするのだった。


 とはいえ、怒りに任せてリオに向かっていった事は大失敗であろう。

 誤解させた冒険者達だけでなく、他の冒険者や神官達の注目も集めてしまったのだから。


(でも、もう後戻りはできないわ!)


 サラは息を整えながらリオを見た。



(……この人たしか)


「鉄拳制裁のサラ」


 ピクっとサラの頬が反応した。


「と同じ名前のサラだったよね?」


 サラはにっこりと笑った。もちろん目は笑っていない。

 その笑顔の前で平然としていられる者は少ない。リオはその数少ない一人であった。

 とはいえリオの場合は相手が怒っている事に気づいていないからであったが。


「はい、同じ名前のサラです」

「僕に何か用かな?」


(用かな、って、あなた神官を探してるんじゃないの?!なんで私を誘わないのよ?!今更だけどなんで昨日誘わなかったのよっ?!)


 昨日であれば他の神官と同じく断っていただろうことを棚に上げて心の中で文句を言うサラ。


「サラ?」

「え?あ、すみません。リオ、でしたね。あなたはまだ神官を探しているのですか?」

「うん。あ、そうだ、“鉄拳制裁のサラ”ってどこにいるのかな?」

「……もしかしてそのサラをパーティに誘うつもりですか?」

「うん。ダメ元で誘ってみようかと思ってるんだ」

「そうですか」

「昨日言ったかもしれないけど、僕のパーティ、ウィンドって言うんだけど結構有名でね、そのリーダーのベルフィはすごく強いんだ。Bランクなんだよ」

「その方はあなたのご兄弟だったりしますか?」

「違うよ」


 リオはその質問に疑問を抱く事なく正直に答えた。


「そうですか。それでそのパーティの方々は今どちらに?」

「依頼を受けて出かけてるんだ。今日の夕方帰ってくる予定なんだよ」

「そうですか」

「鉄拳制裁のサラがパーティに入ってくれればきっとべルフィも喜んでくれると思うんだ」

「……」


 鉄拳制裁のサラは自分の事なのだが、その二つ名を認めたくないサラの心境は複雑だった。


(……どうやら“ただのサラ”を誘う気はないようね)


「リオ、その神官ですが、私ではいけませんか?」

「え?」


 リオは一瞬何を言われたのかわからなかった。

 誘われる事は全く考えていなかったのだ。

そのやり取りを遠巻きで見ていた者達も驚いた。

 サラは今ままで何人もの冒険者を、リオなど比較にならない程実力のある者の誘いを断ってきたのだ。

 そのサラが見るからに駆け出しの冒険者とか思えない者を自ら誘っているのだ。


(やっぱり、不自然って思うわよね。前もってナナル様に相談しておいてよかったわ)



 サラがナナルにリオと旅に出る決意した事を話した時のことだ。


「旅へはあなたが誘うのですか?それともその冒険者があなたを誘うのを待つのですか?」

「え?私は向こうから話をして来るのを待つつもりですけど?」

「昨日は誘われなかったのでしょう?」

「え、あ、はい、確かに……」


(そういえば私、なんで誘われなかったのかしら?)


「サラ、今のあなたはただの二級神官ではありません。ここ第二神殿であなたの事を知らぬ者はいないでしょう。今まであなたは冒険者に誘われても全て断ってきましたね。何故その冒険者はOKなのか皆不思議に思うでしょう」

「そ、それはそうですね」

「しっかりとした理由を持っていないとその者はともかく、あなたに断られた冒険者達は納得しないでしょう。彼らはその冒険者に勇者の資質があるとあなたが思ったと思うに違いありません。あなたはそれでいいのですか?」

「……すみません。その事をまったく考えていませんでした。確かに私がリオの事を勇者だと思っているように見えますよね……」


 サラがどうしようかと考えているとナナルが助け舟をだした。


「その者、リオですか、はウィンドというパーティと行動を共にしているのでしたね?」

「はい。そう聞きました」

「そのウィンドですが、パーティランクはB、そのランクに違わぬ実力者と聞いています。そこで、例えばですが、あなたの任務に強力なパーティの協力がいる、という事にしてそれを同行の口実にするのはどうですか?」

「なるほど!ありがとうございます!そのお話で進めたいと思います!」

「では真実味を持たせるためにあなたにいくつか任務を与えましょう」

「任務、ですか?」

「はい。これは私が個人的に気になっているだけで時間があれば調査する程度に考えて下さい。あくまでもあなた自身の目的を優先しなさい」

「はい、ありがとうございます!」



 サラはナナルとの打ち合わした通りの説明を始める。

 

「実は私、神官長から任務を受けておりまして手伝ってくれるパーティを探していたのです。あなたのパーティがBランクであれば問題ないでしょう。もし手伝っていただけるのでしたら私もパーティの一員として協力させていただきますーー残念ながら私はあなたがお探しの“鉄拳制裁のサラ”ではありませんが」

「いやいや、あなたご本人でしょ!」


 と、そのやりとりを見ていた者達は皆心の中で突っ込んでいた。

 声に出さなかったのは、サラに聞こえて“鉄拳制裁”されるのを恐れてのことだった。


 サラの名誉のために言っておくと、実際に信者や冒険者達に向かって鉄拳制裁、もとい拳を振るったことは一度もない。あくまでも魔物に対してのみであった。

 噂とは本当に恐ろしいものである。


 それはともかく、サラの話を聞いていた者達の殆どはサラがリオを勧誘したことに納得した。

 ただ、リオがウィンドのメンバーだというのを疑う者はいたが、嘘ならすぐにわかる事だ。


「いかがでしょう?」


(べルフィが言ってたパーティに入れる神官の条件は……)


「サラは魔法が使えるのかな?」

「はい」


(べルフィの条件はOKだね。あとはナックが言ってた条件か)


「あと、一応確認なんだけど」

「なんでしょう?」

「サラは女性?」


 サラの眉間にいくつものシワが寄り、その手がグッと握りしめられる。


「出るのか、鉄拳制……」


 うっかり口走った神官はサラに睨まれ無意識に後退する。

 その神官だけでなく、二人のやりとりを見ていた者達みんなが身の危険を感じて距離をとる。

 当のリオは危機感知能力がポンコツなのでサラが全身に纏った怒気に全く気づいていなかった。

 サラはどうにか冷静さを保つのに成功した。


「……見てわかりませんか?」

「女性に見えるけど女性の格好をした男もいるってナックが言ってたから念のためだよ」

「ナック、さん?」

「うん、ナックはね、魔術士なんだ」

「そうですか」

「それでサラはどっち?」

「……見ての通り女です」

「そう、よかった」

「何が良かったんですか?」

「うん?ああ、仲間に入れるなら女性だってナックが言ってたんだ。あ、これは必須じゃないからサラがほんとは男でも他の人は気にしないと思うよ」

「ーーそう、ですか。それはよかったです」

「あと、」

「まだあるのですか?」

「もう一つあるんだ。これも必須じゃないんだけど、」

「なんでしょう?」

「サラって美人?」

「……」


 サラは優しい笑顔をリオに向けた。

 ただし、目だけは笑っていなかったが。


「見ての通りですよ。美的感覚は人それぞれですので、各々で判断していただくしかありません」

「そうなんだ」

「あなたから見て私はどうですか?」


 サラは笑顔で質問する。相変わらず目は笑っていなかった。


「わからない」

「わからない?」


 少なからず自分の容姿に自信を持っていたサラはリオの言葉に内心ショックを受けていたが、表情には出さなかった。


「僕に美的感覚はないみたいなんだ。だからサラが美人か、そうじゃないかわからないんだ」

「そうですか。ちなみにその条件を出したのもナックという方ですか?」

「うん」

「ーーそうですか」

「サラ?」

「ああ、すみません。それでどうですか?私をパーティに加えてもらえますか?」

「もちろんだよ。これからよろしくねサラ」

「ええ、よろしくお願いします」



「では詳しい話はこちらで」

「うん」


 リオはサラの後をついて行く。

 行き先は先日ファンと話した建物だった。

 部屋はファンの時と違ったが中の作りは同じだった。

 サラはリオからべルフィとナック以外のウィンドのメンバーの事を聞き、リオが冒険者ギルドに入ったばかりだという事を知った。

 そして明日の朝、サラがリオの宿屋へ向かいに行く事を決めて別れた。



 サラが建物から出ると見覚えのある女神官が腕を組んで立っているのに気づいた。


「どうしたのカナリア?」

「それはこっちのセリフよっ!何考えてるのよ?」

「何のこと?」

「どう見たって不釣り合いよ。不自然よ。どうやったらあのへなちょこが勇者に見えるのよ。納得いかないわ!」

「何を言ってるのよ。私はナナル様から受けた任務を遂行するためにリオがいるパーティの力を借りるのよ。リオは関係ないわ」

「嘘よ!『実は私、ショタコンなの!』って言われたほうがまだ信じられるわよ!」

「無茶苦茶言うわね。リオはショタコンっていう歳じゃないでしょ」

「そんなのはどうでもいいのよ!わかってる!?神殿騎士の中にだってあなたに勇者として選んで欲しいって声をかけられるのを待ってる人がたくさんいるのよ!あのへなちょこより明らかに上よ!腕も才能もついでに身分もね!」

「だからリオはそういうのじゃないって」

「はあ……あくまでもシラを切る気ね」

「事実なんだけど」


(って、カナリア鋭いわね……、でも事実を絶対に知られる訳にはいかないわ!)


「……まったく、あんたって人は……いいわ、あたしもついていってあげるわ。あなた一人じゃ心配だわ」

「え?」

「もともとあいつは最初あたしに言い寄ってきたんだから」

「ナンパみたいないい方ね」

「あいつはそんな感じで来たのよ。間違いないわ!」


 思い込みの激しいカナリアに突っ込みたい気持ちをぐっとこらえた。


「それにあんた自覚してる?自分が露出狂だってこと?」

「だ、誰が露出狂よっ!」

「あんたよ。何回浴場から全裸で出てきたと思ってるのよ?」

「べ、べべべべ別にいいじゃない女子寮なんだから。誰だって十日に一度くらいするわよ!」

「しないわよ」

「く……、そ、それじゃ五日に一度くらい……」

「なんで短くなってんのよ。いい?あんたの体にはね、ナナル様との全裸特訓が染み付いてるのよ。ちょっとやそっとじゃ治らないわ!あんた一人にしたら宿でもキャンプでも御構い無しに全裸で歩き回るに決まってるわ!」

「そ、そんな事……」


 ないとは流石に言い切れなかった。

 サラは羞恥心を失くしているわけではないが、カナリアの指摘通り行動が伴わなくなっているのだ。


「ほら、やっぱりあたしがいないとダメよ!絶対やらかすわよ!そして今度こそ本当に子供授かるわよ!」


(カナリアの言う事を否定できないけど、だからと言ってカナリアを巻き込むわけにはいかないわ)


「……気持ちはうれしいけど遠慮するわ」

「なんでよっ⁉︎」

「なんでって、あなたまで危険に巻き込む気はないわ」

「危険?ちょっと!」

「任務には危険がつきものって事よ」

「どんな任務受けたのよ?」

「それはナナル様から口止めされてるからカナリアにも言えないわ。どうしても知りたかったらナナル様に直接聞いて」


 サラはまだ何か言いたそうなカナリアと別れ、その足で神官長ナナルのもとへ向かった。



 ナナルはサラからリオとのやり取りの報告を受けた。


「わかりました。私はあなたの選んだ道を信じています」

「ありがとうございます」

「もし、迷いが生まれたらベルダに住む魔術士のユーフィ様に相談するのも良いかもしれません」

「ナナル様と同じ六英雄の一人のユーフィ様ですか!?」

「その呼ばれ方は私も彼女も好きではありません」

「す、すみません!」

「ユーフィ様は敬虔なジュアス教徒でもあり、あなたと同じく未来予知を見た事もあるお方です。きっとあなたに助言を与えてくれることでしょう」

「わかりました。ありがとうございます」


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