Interlude-Nina 魔力性質
それはカナミラ王国での一件が片づき、数日ほど経った日のこと。フォラナーダ城の地下訓練場にて、アタシ――ニナは座禅を組んで瞑想を行っていた。
ただの瞑想じゃない。魔力操作の技量を向上させるための修行だった。心を落ち着かせ、体内の魔力をゆっくりと巡らせていく。体の隅々まで行き渡るよう、押し広げていく。
……むずかしい。
アタシは、心のうちで愚痴染みた感想を漏らす。
魔力とは塊だ。個々人によって色や形、大きさ、質などに差異はあれ、基本的には一塊の状態にある。魔法を使う時は、そこから必要分の魔力をすくい上げるんだ。
その作業の精度に、魔力操作の基礎力が問われる。まったく鍛錬を行っていない者ならバスタブ、常人ならバケツ、熟練者なら大型シャベルと喩えられることが多い。すくう道具が小さいほど細かい調整が効く、という評価だ。
フォラナーダにおける魔力操作四強で例えると、ゼクスは素手、オルカは箸、シオンは粉茶用スプーン、ミネルヴァは通常のスプーンらしい。すべて自認にすぎないけど、彼らの実力や性格を考えれば、正確な自己評価だと思う。
……素手と箸はどっちが上なんだろう?
ふと、益体もない疑問が脳裏に浮上する。
だが、すぐに頭を横に振った。
上下を決めるのは間違ってるか。二人が今まで使った魔法を振り返れば、何となく察しがつく。ゼクスは自由度が高く、オルカはより細かい。そんな感じだろう。
ちなみに、アタシは大型シャベルより少し小さいくらい。
魔法の才能に恵まれず、剣術や体術に重きを置いていたアタシでは、そのくらいが限界だった。魔法の技量を必死に鍛えずとも、今まで何とかなっていたのも大きい。
でも、そのままでは停滞するだけだと、アタシはきちんと自覚していた。ゼクスがどんどん前へ進んでいる以上、それは後退に他ならない。
アタシは剣術が得意だ。これに限るならゼクスよりも高みを目指せると自負しているし、彼も認めてくれている。
ただし、『特技イコール強味』とはならない。
アタシの持ち味は、手段を選ばないことである。剣術のみならず、魔法を含めたあらゆる手段を用いて戦うのが、アタシの戦い方だった。
だからこそ、魔法も疎かにしない。
才能はないけど、それを言いわけにはしない。だって、大好きなゼクスは、同じ条件なのに強くなったから。努力を突き詰めることの価値を、彼が誰よりも証明していたから。
まぁ、特技を伸ばす方が効率良いのは確かで、どうしても優先しがちになる。そのせいで、魔法修行の進捗はあまり芳しくないんだけどね。魔力操作の熟練度が、アタシの未熟さを物語っていた。
しかし、それでも、地道に努力は重ねていた。牛歩より遅い成長かもしれないけど、少しずつ前へ進もうとしていた。
「――ダメ。集中力が切れた」
やや後ろに手をついて天を仰いだアタシは、細く長く溜息を吐く。
色々と思考を巡らせていたことから分かる通り、全然集中できていなかった。これじゃ、瞑想とは言えない。もしゼクスが傍にいたら、間違いなく警策で叩かれていただろう。
強くなった今でも、あれで打たれるのは痛い。どれほど鍛えようと、心の防御力は上げられなかった。仮に上げてもゼクスは対策するだろし、無意味に終わると思うが。
座禅を解き、ふぅと息を漏らしながら大の字に寝転がる。
天井から降る光明を受けて目を細めるのも一瞬。疲弊した精神を回復させるため、しばしの間、ボーッと横になり続けた。
十分くらい経ったか。とある人物の気配が、こっちに近づいて来ているのを感知する。
アタシは急いで上半身を起こし、ボサボサになっているだろう髪を確認した。三つ編みは良し。前髪と耳付近ははねてる、直さないと。
ちょうど髪を整え終えたタイミングで、彼は訓練場に現れた。
「お疲れ、ニナ」
労いの言葉を掛けてくれたのはゼクスだった。朗らかな笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
アタシの傍らに立った彼は、眉を僅かに八の字に曲げて口を開いた。
「苦戦してるみたいだな」
質問と確信の配分が二対八のセリフ。座り込んでいるアタシを見ただけで、状況を理解したらしい。さすがゼクス。
心のうちで感心しながら、アタシは肩を竦めた。
「うん。魔力を細かく動かすの、むずかしい」
「こればっかりは慣れだからなぁ。瞑想も、魔力操作に慣れるためのものだし」
オレもかなり苦労したよ、とゼクスは苦笑を漏らす。
無属性であることや過去の環境を思い返せば、当たり前の話だろう。教本などは与えられていたみたいだが、ほぼ独力で鍛えるしかなかったんだから。
にもかかわらず、ゼクスは、他属性よりも高度な魔力操作を求められる無属性魔法を確立した。本当にすごい。
「どうすれば、もっと魔力操作が上達する?」
せっかくの機会なので、アドバイスを求めることにした。
アタシの質問を受け、ゼクスは腕を組んで小さく唸る。どう助言すべきか、考えてくれているんだろう。
程なくして、彼は答えた。
「ニナの場合、やっぱり慣れるしかないと思う。魔力を何度も繰り返し動かすこと」
「つまり、瞑想?」
「そうだ……って、不満そうだね」
「画期的な助言を期待してた」
「あけすけだなぁ」
唇を尖らせるアタシに、ゼクスは苦笑いで返す。
だって仕方ない。今まで誰にもできなかったことを何度も達成し、驚くような結果を出し続けてきたのがゼクスだ。ならば訓練方法も、と考えてしまうのは当たり前だろう。
もちろん、理不尽な感想なのは分かっている。だから、アタシはバツが悪くなって、ゼクスから視線を逸らした。
すると、彼は「うーん」と唸る。そして、何かを思案するように、視線を虚空にさ迷わせた。
十秒と経たず、ゼクスは再び口を開く。
「捉え方を変えてみたらどうかな。例えば初めて触る剣があったとして、だ。その癖を見極めるために、素振りは当然、あちこち触ったり、観察したりするだろう?」
「別にしないけど?」
「……天才にこの例えは間違ってたな。じゃあ、サッカーだ。ボールを足で蹴るのって、初めてだと難しいだろう? どこに飛ぶのか分からない。力加減や確度の付け方がさっぱり分からない」
「あんまりボール遊びをしたことないけど、確かにそうかも」
「魔力操作も同じだよ。自分の魔力をどういう力加減ですくえばいいのか、この程度の力でどれくらいの量を扱えるのか。力加減だけじゃない。形や質によって、アプローチの確度も変わってくる。だからこそ、とにかく魔力に触れて、動かして、自分の魔力を知らなくちゃいけないんだ」
「自分の魔力を知る……」
指摘されて、初めて気づく。もし、魔力について訊かれたとしても、アタシは適性の属性や魔力量くらいしか答えられないと。
たぶん、それは大多数のヒトが同じだろう。でも、これまでの口振りからして、ゼクスは――
「ゼクスの魔力ってどうなの?」
「オレは、色は白。魔力量は……ちょっと数字に表すのは難しいから省略するとして、平時の魔力密度は常人の三十倍くらい。形は、オレの身体と重なるように常時整えてる。感触は結構柔らかくて、新雪に近いかな。そのせいで、最初の頃は魔力を圧縮するのに苦労したよ。魔力操作は、右手の人差し指からが動かしやすい。たぶん、初期の【銃撃】の癖が残ってるんだろうね。あと――」
膨大な説明を吐き出し始める彼。その語りに滞りは一切なく、自身の魔力を隅から隅まで理解していることが分かった。
これがアタシとゼクスの差、か。
差があるのは分かっていた。一方で、その差はアタシの理解を越えているものであり、どこか現実味を感じていたなかったのも事実。
それが今、言語化されたことで明確になった。より実感できる形として表れた。もっと頑張らないと、と強く思えた。
ゼクスが全部語り終えたタイミングで、アタシは別の問いを投げかける。
「魔力の理解って、他のみんなもできてるの?」
思い浮かぶのはオルカやミネルヴァ、シオンといった魔力操作が達者な家族たち。
質問を受けたゼクスは、アゴに手を添え、悩む素振りを見せる。
「んー。たぶんだけど、ミネルヴァは言語化してないと思う。彼女は天才肌だから。同じ理由で、オルカも完全に言語化はしてないんじゃないかなぁ。性格的に、ある程度は理論立ててそうだけど。逆に、シオンはオレと同じレベルで理解を深めてるね。種族的に魔法が得意とはいえ、彼女は努力家だ」
「オルカもなんだ」
ゼクスを除けば、オルカはもっとも魔力操作が巧みだ。ゼクスの評価は結構意外だった。
「ニナが、剣の特性を瞬時に見抜けるのと同じさ。これにも才能差がある」
「オルカはその手の才能が飛び抜けてるってこと?」
「そういうこと。逆に才能がないのはカロンだな。カロンは自分の魔力性質を理解してるにもかかわらず、あまり魔力操作が得意じゃない」
「えっ、理解してるの?」
「じゃなきゃ、【遍在】みたいな、広域殲滅魔法なんて作らないさ。自分の魔力が攻性だと直感的に分かってるからこそ、習得魔法が偏るんだよ」
「なるほど」
確かに、そうかもしれない。どちらかというと、カロンは防御や治癒を極めたいと願っている節がある。
しかし、彼女は広域系の攻撃魔法も多く覚えている。割と過剰なほどに。
そういえば、疑似魔法司になる魔法も、赤魔法の方から習得していたな。それも魔力性質を分かっていたから?
次々と判明する事実に、感心しきりである。アタシが考えていた以上に、魔力の奥は深かったようだ。
ちなみに、とゼクスは続ける。
「シオンには一歩劣るけど、マリナも魔力性質の理解が深い。逆にスキアは、あまり理解してない。以前、オレが魔力を調整した副作用だと思う。才能はあるから、そのうち完璧に把握できるだろう」
話題に上がっていなかった妻仲間二人の詳細も判明した。
参考になったか? と問うてくる彼に、アタシはコクリと頷く。
魔力性質を把握することの大切さは、ゼクスがペラペラと喋り始めた時点で理解していた。才能次第でその重要性が左右されることも、みんなの現状の理解度で分かった。
つまり、魔法の才能がないアタシは、ゼクスと同等かそれ以上に、魔力と向かわなくてはいけないわけだ。
並大抵の努力では辿り着けない境地だろう。成長し切った今から始めるとなると、余計に難しいかもしれない。
しかし、二の足を踏んではいられない。ただでさえ出遅れているんだ。なら、迷いなく突き進む以外に道はない。
「ありがとう、ゼクス」
「どういたしまして」
笑い合うアタシたち。
この穏やかで確かな関係を続けるためにも、アタシは走り続けるんだ。
次回の投稿は5月7日12:00頃の予定です。




