Chapter30-ep 白の献身(3)
どんなに強くなっても、オレの性根は小市民なんだろうな。
そう心のうちで自嘲しつつ、アカツキの反応を窺う。
「ど、どうして、それを……」
顕著だった。彼は、あからさまに狼狽えている。
しかも、驚愕や後ろめたさとは異なる動揺だ。これは後悔? いや、悲嘆に近いか?
というか、こんなに簡単に感情を読めることにも驚いた。防御術式が保てないほど、魔力が揺れている。それだけ、オレの質問に心揺らしたと分かるが……。
はじめてすぎる態度に、質問した側であるオレも動揺してしまった。
オレにとって、アカツキとは楽天家の快楽主義者。根が善なのは間違いないが、それ以外でふざけているのも紛れもない事実なんだ。
決して、こんな風にネガティブな感情で戸惑う人物ではない。
しかし、分かりやすい反応のお陰で、彼が何らかの形で関わっていると判明した。今回の遠征が無駄足にならなくて良かった。
動揺し続けるアカツキだったが、しばらくして落ち着きを取り戻した模様。大きく深呼吸を繰り返した後、オレの方を真っすぐ見つめる。
「最初に言っておく。それは杞憂だ」
「何?」
突然の結論に、オレは首を傾げた。
対するアカツキはこちらの反応を気にも留めず、滔々と続ける。
「お前がその質問をしたのは、今後の脅威になるかどうかを確認したかったからだろう?」
「……そうだ」
「なら、やっぱり杞憂だ。その魔法を掛けた奴は、もう存在しない」
「死んでるってことか?」
「違う。存在しないんだ」
「うん?」
アカツキが告げた否定の意味が分からず、再び首を傾げるオレ。
微妙にニュアンスが違うのは理解したが、具体的に何を伝えたいのか分からなかった。
こちらの困惑を察したらしいアカツキは、小さく溜息を吐き、補足の言葉を紡ぐ。
「あいつは、世界を繋ぐためにその存在を捧げた。それで分かるだろう?」
それだけ語り、アカツキは口を閉じた。
もう少しヒントが欲しいけど、難しそうだな。
長い付き合いだから分かる。何をしても口を割らないパターンだと。
ただ、いつもと違う部分もある。
今までなら、『その方が面白いから』という理由で口を閉ざしていた。だが、今回はもっと真剣な理由を抱えていそうだった。
この話題は、アカツキにとって相当デリケートな内容だったんだろう。
うーん、無遠慮に踏み込みすぎたか。予想外だったとはいえ、慎重を期するべきだった。
悪友への申しわけなさを心のうちに抱えつつ、オレは先程のセリフの真意についても考察する。
『世界を繋ぐためにその存在を捧げた』と、アカツキは語った。そのせいで、魔法の行使者は『存在しなくなった』とも。
文脈からして、翻訳魔法を発動するために存在を捧げたってことか?
そこまで思案を巡らせたところで、オレは閃く。
存在自体を代価に、星全体を巻き込む魔法を発動した……?
まさかと正気を疑いつつも、それなら辻褄が合うと納得してしまう。
この世界の魔法は代価によって成り立っている。そう表現しても過言ではない。代価魔法ないし魔術は当然のこと、現代魔法も魔力を支払っている。
魔眼も一時的に瞳を、魔法司に至っては肉体そのものを捧げている。
最高効率燃料という例外を除き、代価が大きければ大きいほど効力を増すのが、この世界の魔法だった。
つまり、存在そのものを捧げた魔法であれば、星全体に未来永劫の影響を与える翻訳魔法、および認知操作魔法を施すのも可能だった。
――否。もしかしたら、前提の解釈が間違っていたのかもしれない。術者が意図した魔法は翻訳のみで――
「存在が捧げられたから術者の記録や記憶も消滅し、その余波で魔法自体も認知されなくなった?」
認知操作の魔法なんて存在せず、代価の副作用だった。そう結論づけた方が、より整合性が取れる。
そして、この推論は正しいと証明された。他らならぬアカツキが「その通りだ」と肯定したゆえに。
彼は続ける。
「俺は、このことについて詳しく語らない。なかったことを認知する者が増えれば、その分だけ世界への負荷が増し、魔法が破れる可能性も増える」
「代価が意味をなさなくなったら、効果も意味をなさなくなるってことか」
「そうだ。俺はあいつの献身を無駄にしたくはない。お前にここまで話したのは、余計な勘繰りをされたくなかったからだ」
献身、ね。
今までの話を総合すると、『人類の言語を統一しなくては解決できない問題が発生し、何者かがその身を犠牲にした』といった感じか。
それが事実だとしたら、まさに献身だな。
何せ、存在ごと代価にしたせいで、その偉業は後世に何一つ残っていない。自身のすべてを投げ捨ててまで、地球上の人類を救ったんだ。
「分かった、この件は胸のうちに秘めておこう。今後は詮索もしないと誓うよ」
オレは手を引くことにした。
偉大な先人の功績を汚したくないのもそうだが、アカツキがここまで尊ぶ人物というのもある。その想いを、無粋なマネをして壊したくなかった。
そも、当初抱いていた懸念は解消されている。当事者が存在しないのなら、いくら心配しても無意味だろう。
「じゃあ、帰るよ。邪魔したな」
「そうか。またな」
必要な分の力が溜まったので、オレは帰還用の魔法を発動する。
帰り際、アカツキの浮かべるセンチメンタルな表情が強く印象に残った。
「そりゃそうだよな」
フォラナーダ城の自室に戻ったオレは、独りごちる。
この世界には多くの人々が生きていて、過去から未来まで、それは連綿と続いている。
その道中にはたくさんの事件も発生していて、同時に解決してきたんだ。その当事者たちが、必死に足掻いて。
オレ以外の誰かも、世界を救っている。今この瞬間も、世界のどこかで。
そんな当然のことを、オレは意外に感じていた。感じてしまっていた。
今まで多くの事件を解決してきたせいで、気づかないうちに認知が歪んでいたらしい。
自惚れに等しいそれは、間違いなく宜しくない認識だ。偶然とはいえ、自覚できて良かったと心の底から安堵する。
その後、考えるんだ。現体制を、少し改めた方が良いかもしれないと。
直に、子どもが生まれる。まだまだ未来の話だが、次世代へ交代する時は必ず訪れる。いつまでも、『オレが解決すれば良い』と考えるのは傲慢なんだろう。
人間である以上、いずれ次に託す覚悟を決めなくてはいけないんだ。
「って、何十年先の話なんだよ」
そこまで考えた段階で、オレは苦笑を漏らした。
内容は正しいが、今すぐに決めるべきものではない。
アカツキの感傷的な雰囲気が、自分にも移ってしまったに違いない。
頭を振って思考をリセットしたオレは、そのまま部屋の外へと向かう。帰りを待つ家族に、帰還の報告をするために。
これにてChapter30は終幕となります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
この後の予定は、幕間を二話挟み、5月10日からChapter31を開始しようと考えております。
今後とも、拙作をよろしくお願いします!




