Chapter30-4 大掃除(3)
鍛冶師ヴァンターンとの交渉を終えたオレたちは、その報告のため、バルヴァロ公爵の下へ戻っていた。
すると、彼から驚きの報告を受ける。
「もう、財務部を掌握したんですか」
「はい。フォラナーダ侯爵が、騎士団のプライドを圧し折ってくれたお陰です」
何と、たった半日で一部門を傘下に入れてしまったという。あまりにも迅速な対応に、さしものオレたちも驚きを隠せない。
何でも、伝統派の中で、もっとも騎士団による武力的圧力に頼っていたのが財務部だったらしい。政策を強引に押し通すことや不正の数が一際多く、方々に恨みを買っていた。少数ながら、派閥内部にまでも、だ。
ゆえに、交渉材料はいくらでも用意できたとのこと。
経緯は理解できたが、一つ解消されていない疑問があった。オレはそれを問う。
「貴殿は私のお陰だと仰っていますが、私は騎士団長を決闘で下しただけです。その程度で、派閥に悪影響が出るのでしょうか?」
無論、ある程度の影響が出るのは予想していた。
見た目はモヤシのオレが、騎士団長を剣術のみで倒したんだ。誇りが大きく傷ついたのは当然のこと、彼の団内における信頼が揺らいだのも確か。
とはいえ、同派閥に迷惑をかけるほど権威が揺らぐのか? と訊かれたら、首を傾げざるを得ない。
こちらの質問に対して、バルヴァロ公爵は乾いた笑声を漏らした。
「ゼノート殿は騎士団長を辞しました。フォラナーダ侯爵方が、ヴァンターン殿の下へ向かわれた直後に」
「辞した?」
予想外の答えに、オレは目を丸くする。
決闘を吹っかけたことを問題視され、騎士団長の地位を追われる流れは予想できていた。
だが、それは最終的な話である。
あの男は騎士団長の地位に、執着に近い誇りを抱いていた。自主的に手放すなんて信じられなかった。
加えて、カナミラ王国は、悪い意味で議会が紛糾しやすい。特に、今回は伝統派に大きな損を与える内容。結果は目に見えていても、議論が白熱するのは明らかだった。
まさか、昨日の今日で自ら辞するとは考えていなかった。
オレの反応を見て、バルヴァロ公爵は苦笑する。
「お気持ちは分かります、私も驚きましたから。伝統派のお歴々も、必死に止めました。しかし、今のゼノート殿は、紛れもなく平の騎士です」
「どうしてまた?」
「多くは語りませんでしたが、『弱者が長など片腹痛い』だそうで……」
「剣技で負けたことが、相当堪えた?」
「そのようです」
ふと溢したニナのセリフに、バルヴァロ公爵は頷いた。
なるほど、お灸を据えすぎたのか。
かの騎……元騎士団長は、逸魔の一件について、本気で『状況が悪かっただけ』と思っていたらしい。
今回の決闘は、言いわけの利かない状況だったから、己の弱さを直視するしかなかったわけだ。
面倒くさい性格だったのではなく、客観視する能力が低かったんだろう。我欲を満たす目的なら、ここまで潔く辞するはずがない。
「騎士団がゴタゴタしているうちに、財務部にトドメを刺したと」
「仰る通りです。時間を掛けては新しい団長が決まり、事態が落ち着いてしまいますから」
「まさか、この混乱に乗じて、すべてを統率するつもりですか?」
「さすがに無理ですよ。今回は、分かりやすく弱点をさらしていた財務部だから実行できただけです。それに、私の場合は、自派閥の手綱を締め直す必要もありますから」
「若いと、それほどに侮られますか」
「はい。カナミラは年功序列の色が強いので、どうしても若輩者は見下されがちです」
溜息交じりに溢すバルヴァロ公爵。その言葉には、今までの苦労が滲んでいた。
しかし、すぐに表情を引き締め直す。
「でも、国の将来のため、やり遂げてみせます。国王陛下のお墨付きや、フォラナーダ侯爵のフォローがあってこそではありますが、粉骨砕身で臨みます」
「頑張ってください」
月並みの、何とも気の抜けた励ましだが、オレの立場から言えることは少なかった。
結局、汗や涙を流すのはカナミラ王国の人々なんだ。不必要な発言を真に受けられても、責任は負えない。
その後も不穏な話題が上がることはなく、つつがなく報告会は終わった。
○●○●○●○●
カナミラ王国改革のために動き出した二日後、その昼頃。オレは“道”の先の一つ、逸魔に浸食されていた山の中を探索していた。
坑道ではなく、文字通り山の中である。山全体を魔力によって補強した上で掘削していた。
カナミラ辺境に存在するここはヒトの手が付けられていなかったため、強引に進むしかなかったんだ。
ただ、道がないからといって、逸魔が出ないわけではない。スロウモールなど、穴を掘る魔獣をベースにした連中が、不意打ちとばかりに襲ってくるので、とても面倒くさかった。
しかし、嘆いている暇はない。早く攻略しないと、どんどん浸食が進んでしまうからね。
この二日の調査で判明したことだが、逸魔の出没する山――つまり、魔力と生命力の溢れる場所は、時間経過とともに広がっているみたいなんだ。ゆっくりとだが、確実に。
一方、最奥まで攻略した最初の鉱山は、その浸食がピタリと止まっていた。
因果関係はまだ解明できていないものの、部外者が最奥まで辿り着くことがキッカケなのは明らか。
ゆえに、オレたちは手分けして件の山々を探索することにした。逸魔の討伐手段を持つオレ、ニナ、テリアの三人でね。
現時点でオレとテリアが一つ、ニナが三つ攻略している。要するに、各自が今攻略している山で最後だった。
オレの攻略数が少ないって?
仕方ないだろう。坑道の開いている山を担当しているニナと異なり、オレは手つかずの山を二つも担っているんだから。
道を開くのも込みで作業を進めているんだよ。どうしても時間が掛かる。
とはいえ、こんな面倒な仕事も、そろそろ終わりだ。
相変わらず探知術は通りにくいが、それでも感じ取れる。もう少し掘った先が最奥だと。
これまで攻略した山の最奥にも、最初の鉱山と同様の溜池が存在していた。希少金属はもちろん、緋緋色金も。
ニナやテリアが攻略した場所は実際に目にしていないので、違った何かが眠っている可能性もあるけど、類似した空間と溜池があったのは事実。
そして、それらの空間には、他所とは一線を画すエネルギーが溜まっているんだ。直に終点なのは間違いない。
無属性魔法【螺旋】で正面を削れば、開いた空間に辿り着いた。奥行や高さは、それぞれ五十メートルほどはあるだろうか。かなり広々とした場所だった。
当然ながら、中央には例の溜池があり、膨大な熱量を発している。周囲の壁からも、希少金属らしき反応がある。
ところが一点、今までと異なるモノが存在した。
溜池の底が琥珀色というのもそうだが、それとは別。溜池の中に“何か”がいた。
おそらく、無色透明の液状なんだろう。目視は叶わない。
でも、確かに存在している。溜池を上回るエネルギー量を抱えた“何か”が。
“何か”は感知能力が高いらしい。オレが気づいたことに気づいたようで、溜池の底にある“道”から逃亡を試みた。
次回の投稿は4月7日12:00頃の予定です。




