Chapter30-4 大掃除(2)
昨日、ニコニコにてコミカライズの更新がありました。
ぜひご覧ください!
王都の最北端。山岳以外にはほとんど何もない場所に、オレ、ニナ、テリアの三人は足を運んでいた。
ただ、まったく何もないわけではない。
目の前には一つだけ建物が存在した。一辺十メートルはあるだろう巨大な立方体で、天辺から五本の煙突が真っすぐ伸びている。
この、とても奇妙な形をした建造物こそ、オレたちの目的地だった。
というのも、先の計画における協力者候補が、ここにいるんだ。バルヴァロ公爵の師匠を務めた鍛冶師であり、信頼が置けるとのことで、声を掛けに訪れたのである。
それなら、バルヴァロ公爵も連れて来た方が良かったのでは? と思うかもしれないが、きちんと理由がある。
一つは、派閥内の調整など、彼にしかできない仕事を優先してもらいたいから。
もう一つは――
「ここか」
「うん。リンデたちの気配もある」
「間違いないでしょう。出入口を護衛の騎士が固めております」
オレの言葉に、帯同していたニナとテリアが頷く。
今のセリフの通り、件の鍛冶師のところには、リンデたちが先に訪れていたんだ。彼女がカナミラの鍛冶を学ぶためにね。
リンデの橋渡しを期待して、オレたちのみで行動しているのである。
それでも、バルヴァロ公爵が一緒の方が効率は良いとは思うが、この辺りは優先順位の問題だ。
オレたちが近づくと、出入口にいた騎士五名が敬礼した。
「閣下!」
「ご苦労さま、楽にしていい。リンデたちは中か?」
「はい」
「騎士全員が外で待機してるってことは、入室許可を得られなかったと」
「その通りです。リンデーテス殿の護衛を任されていながら、申しわけございませんッ」
「いや、責めてるわけじゃないんだ。今のは言い方が悪かった、頭を上げてくれ」
そろって頭を下げる騎士たちをなだめつつ、アゴに指を添える。
「となると、中にいるのはリンデとメイド四人か」
「騎士たちを入れなかったのは、人数の理由じゃなさそう」
「だろうなぁ。聞いてた通りの御仁のようだ」
ニナの意見に、オレは首肯する。
件の鍛冶師の性格は、前もってバルヴァロ公爵から聞いていた。そのため、この事態に大きな驚きはない。
だが、面倒くささは多分に感じていた。説得に骨が折れるのは確実だろう。
まぁ、それくらい我が強くないと、今後の協力者として安心できないけどね。意見をコロコロ変えるような輩では、簡単に希少金属の情報を漏らしてしまうし。
「よし、行こう」
気を取り直して、オレは出入口に備えられたインターフォン――型の魔道具――を押した。
程なくして、扉が開く。
「ようこそお越しくださいました、ご主人さま。どうぞ、こちらへ」
顔を出したのは、リンデの傍に付けていたメイドの一人だった。
オレの訪問は【念話】で伝えておいたので、自分が対応すると件の鍛冶師に申し出ていたんだろう。
彼女の案内に従い、建物の中へと入る。
そこには、二十畳ほどの広さを持つ応接室があった。備えられているインテリアはどれも高級品であり、デザインの調和も取れている。
出入口と直結している部分を無視すれば、貴賓を招くのに相応しい場所と言えよう。
ここの鍛冶師は、代々バルヴァロ公爵と縁の深い家柄。当然、他の貴族と交渉する機会も多い。ゆえに、このような部屋を用意しているらしい。
玄関にドンと用意する辺り、細かいことを気にしない豪快さを感じさせるが。
「では、ヴァンターン殿をお呼びして参ります」
オレたちをソファに案内し、茶を準備し終えたメイドは、改めて一礼した。その後、奥にあった扉の向こう側へ姿を消す。
あそこから、鍛冶場に繋がっているようだ。事前情報によると、この建物の大部分が鍛冶場で、他はこの応接室と最低限の居住空間のみだという。
この手の人間は“生活”を軽視しがちだよなぁ。リンデも、しょっちゅう鍛冶場で寝泊まりしているし。
「他人のことは言えない」
「何のことやら」
ごく自然に読心してきたニナのツッコミを、お茶に口をつけて優雅にかわす。『オレはリンデほど酷くないぞ』なんて言いわけを、心のうちで添えながら。
そんな軽い雑談を交わしていると、奥の扉が再び開いた。
出てきたのはリンデとメイド四人、そして、汚れた作業着に身を包んだ初老の男。
男は非常に骨太だった。筋肉ダルマといって過言ではない。百七十程度のはずの身長が、より大きく見える。
顔がしわくちゃでなければ、老人とも思えなかっただろう。
しかも、先程は『初老』と表現したが、この男の実年齢は百歳である。通常なら、寿命を迎えていても不思議ではない人物だ。
魔力量の影響だな。どんぶり勘定だが、常人よりも一・五倍くらいは多い。天然でこの量を持つ者は、ミネルヴァと出会って以来かもしれない。
男はオレの前の席にドカリと座り、口を開く。
「ワシがゴードス・ゼノグルド・ガグド・ヴァンターンだ。こんな格好で悪いが、仕事中だったもんでな。文句はナシで頼む。あと、喋り方もこれ以外は無理だ。そっちも勘弁してくれ」
実に太々しい態度である。まったく歓迎していない――とまでは言わないが、警戒していることは明らかだった。
とはいえ、単純に嫌悪しているわけではないみたいだ。彼の赤銅色の瞳は、オレのことをつぶさに観察しているように見えた。
興味深そうな感情を僅かに湛えていることからも、この予想は間違っていないと思う。
リンデがオレについて何か話したのか、オレの評判を知っているからか、それとも他の要因か。
何がキッカケかは分からないが、少しでも興味を抱かれているのは僥倖だった。
人伝に聞いた彼の性格的に、まったく相手にされない可能性もあったからね。
メイドがヴァンターンの分のお茶を用意するのを認めつつ、オレは肩を竦める。
「構わないよ。こちらが不躾に、突然訪問したんだ」
こちらの態度に対して、ヴァンターンは一瞬目を細める。
だが、すぐに軽い調子で笑った。
「そうかい。聖王国の貴族さまは寛大だな。これがセオドアの小僧とかカナミラの貴族なら、『最低限の身だしなみはせよ!』と怒鳴ってたぜ」
然もありなん。ヴァンターンは、自国を代表する名匠の一人なんだ。ヒトとしての最低限を求めて当然だろう。
オレが怒らないのは、対岸の火事だから。口が堅く腕が確かならば、他にどんな欠点があろうと関係なかった。
バルヴァロ公爵曰く、こだわりは強いが、公私をしっかり分けるタイプらしいからね。仕事をこなしてくれるなら文句はない。
チラリと、メイドとともに背後に並んだリンデを窺う。
小首を傾げる彼女は、普段と変わらない様子だった。ヴァンターンとは上手く付き合えていると分かる。
であれば、なおさら問題ない。彼女のヒトを見る目は信用できる。性格に、致命的な欠陥はないんだろう。
オレは公用の笑顔を張りつけ、早々に本題に入った。
「早速で申しわけないが、訪問した理由を説明しても?」
「いいぜ。ワシは、貴族が語る“世間話”は嫌いだからな」
あちらの快諾を得たので、これまでの経緯を説明する。希少金属についてと、今後のカナミラ王国の方針を。
一通り聞いたヴァンターンは、太い腕を組んでニヤリと笑った。
「要するに、情報を秘匿にする代わり、ワシが希少金属を独占して鍛えられるわけだな?」
「ざっくり説くと、そうなる。その分、回される仕事は多くなるだろうが」
「いいだろう。受けるぜ、その仕事。伝説に謳われる金属を、山ほど使えるんだ。仕事の多さは問題じゃねぇ。その程度で音を上げる奴は鍛冶師じゃねぇよ」
そう頷いた彼は、右手をこちらへと差し出してきた。
意図を察したオレは、その手を握る。
大きい手だ。オレも大きい方だと自負していたが、それを軽く上回っている。常人よりも二回りは平が広い。
握手を終えたオレは、ソファに座り直して語る。
「細かい契約内容などは、バルヴァロ公爵が用意すると思う。そちらで話し合ってくれ」
「おう」
これにて、ヴァンターンとの交渉は終了となる。
断られるとは思っていなかったが、思いのほか楽に済んだな。
若干の拍子抜けを感じていると、不意にヴァンターンが口を開いた。
「ところで、あんたも鍛冶をするんだってな? リンデの嬢ちゃんから聞いたぜ」
希少金属を扱えることがよほど嬉しいのか、上機嫌で尋ねてくるヴァンターン。
先程は『世間話は嫌い』と言っておいて、調子の良い男である。
交渉が早く終わったお陰で、時間はあまっていた。そのため、オレは素直に応じることにした。
「魔道具作成のことを指しているんだろうが……私のそれは、魔法を使ったモドキだ」
謙遜ではなく事実である。 オレが行っているのは魔法による成形。鍛冶と名乗って良いとは思っていない。
ちなみに、オレが魔道具作りを行っていることは、特に秘していない。
技術職の誘拐事件は時折起きるものだけど、オレの場合はそんな心配はまったくないからね。
むしろ、誘蛾灯として機能するので、他の技術職の安全を確保できる。
閑話休題。
こちらの発言を聞いて、ヴァンターンはカラカラと笑う。
「鉱物をいじって物を作るなら、それは立派な鍛冶だ。ワシは気にしねぇよ」
ずいぶんと大雑把すぎる定義だが、彼は本気でそう考えているらしい。
それに、と彼は続ける。
「魔法がダメだって言うんなら、ワシの技術も否定されちまう」
「魔力を注ぐ鍛冶技法だからか?」
「……嬢ちゃんたちから聞いたのか?」
まさか、自らの技術を当てられるとは思っていなかったのか、ヴァンターンは目を丸くする。
おそらく、彼女たちとは部外秘を約束していたんだろう。実際、リンデたちの定例報告に、鍛冶技術に関しては含まれていなかった。
可能性は考慮していたので、その点は全然問題ない。交渉してきたら頷いて良いと許可も出していた。
オレは首を横に振る。
「リンデたちは関係ない。あなたの行動から予想したまでだ」
「ワシの行動だと?」
「声に魔力を乗せてる」
実のところ、ヴァンターンの声には、常に魔力が乗っていた。何の効果もないものだが、一常に固定量の魔力が含まれていたんだ。
これほどの魔力操作技量は、よほど慣れていないと行えない。ゆえに、鍛冶に関わる技術だと判断できたわけだ。
声に魔力を乗せているのも、訓練の一環なのかもしれない。無形に固定量を注ぐのは、結構技量を求められるからね。
「いやぁ、さすがは嬢ちゃんたちの主だ。完敗だぜ」
若干呆けたヴァンターンは、その後、諸手を挙げて降参のポーズを取った。
どうやら、オレの予想は的中していたらしい。
彼は滔々と語る。
「明かしたところで簡単にマネできる技術じゃねぇが、部外秘扱いなんでな。あんたたちも広めるのは止してくれ」
「それなのに、リンデたちに見学を許可したのか?」
「技術として覚えるのは構わねぇ。見せる以外で伝えるのがダメなんだ。そういう決まりなんだよ」
「なるほど」
妙なルールだが、長く続く技術には、そういう不思議な決まりは付きものだ。ツッコミを入れるのは野暮か。
「で、あんたはどんな方法で武器を作ってるんだ? こっちだけ一方的に暴いといて、ダンマリはナシだぜ?」
別に好きで暴いたわけではないんだが、ここは関係構築を優先した方が良いか。どうせ、オレ以外にマネできない。土精霊と人外の魔力量を用意するなんてね。
それから、短い時間ではあるが、オレたちは鍛冶談義に花を咲かせた。
お陰で、ヴァンターンの人柄は掴めた。
ヒトとして欠いている部分はあるが、鍛冶への熱意は本物だし、相応の情も持ち合わせている。それが彼という人間だろう。
今後の計画には、打ってつけの人物だと思う。
強いて心配ごとを挙げるなら、ヴァンターンが引退も視野に入る年齢という点だが、彼が認めた跡継ぎなら心配は要らないだろう。他人を見る目はありそうだし。
次回の投稿は4月4日12:00頃の予定です。




