Chapter30-4 大掃除(4)
無論、そんなマネを許すオレではない。結界でこの空間を囲い込んだ。
生命力の反発を受けないように工夫したため、少々歪な形になったけど、問題ない。そのせいで生まれる脆弱性は、すでに潰していた。攻略が三度目、かつ二日も時間があったんだからな。
ただ、“何か”は逃走を諦めなかった。オレの結界を破れると判断したのか、そのまま突き進もうとする。
当然、突破なんてできるわけがないんだが、
「ほぅ」
オレは感心の声を漏らす。
“何か”が体当たりを仕掛けた箇所に、ほんの僅かな亀裂が入ったんだ。
表面上に傷が入る程度なので、隙間から逃亡を許す心配は皆無であるものの、この結果には驚く。
というのも、オレは無傷で跳ね返すと踏んでいたんだよ。“何か”の抱える魔力量や生命力量を魔眼で測った上で、その十倍でも耐える設計で結界を張ったゆえに。
要するに、“何か”はオレの眼を謀れる能力も有しているわけだ。
いや、隠蔽能力そのものというよりは、何らかの能力の応用な気がする。単なる直感だが。
まぁ、多少の亀裂は、魔力を補充することで修復可能だ。どちらにせよ、“何か”が外へ逃げ出すことは無理筋だった。
その辺りはあちらも理解した様子。逃走を諦めた“何か”は身を翻し、溜池から浮上した。
ザブンと水面から突出した“何か”はヒト型を形成。徐々に赤と橙の交じった色へと変わっていく。
最終的に、マグマがヒトのシルエットを模った姿に落ち着いた。
「オ前ハ、何者ダ?」
目鼻口は見当たらないのに、“何か”は声を発する。【念話】等ではなく、確かに空気によって伝播された音だった。
明らかな人外。しかも、高密度の魔力と生命力を湛えたアメーバ体だ。逸魔と関わりがあるのは明らか。
今のところ敵意の類は感じないが、敵対生物に類する可能性は高かった。
だが、こうしてコミュニケーションを取ろうとしている以上、無下にはできない。こちらとしても、あちらの情報は欲しい。
オレは警戒心をそっと胸の奥に隠し、努めて穏やかに応じた。
「私の名前はゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダ。この山で発生した異常を調べている者だ。そちらが何者か、窺っても?」
「…………私ハ、***デァ*フュロォ***ワェウリゥ」
僅かな逡巡の後、名乗りを上げた“何か”。
あちらも歩み寄ってくれたのは大きな前進なんだが、オレは小首を傾げざるを得なかった。
「$##でぁ%ふゅろ*#$わえうりゅー?」
「違ウ。***デァ*フュロォ***ワェウリゥ、ダ」
言語体系や発声器官が異なるのか、“何か”の名前をさっぱり認識できなかった。かろうじて聞き取れた部分も、非常に発音が難しい。
正しく呼べるよう頑張ってみたが、程なくして口頭では無理だと悟った。
それはあちらも同じだったようで、首を横に振るジェスチャーをする。
「私ノコトハ『ウリゥ』トデモ呼ベ」
「申しわけない」
「構ワナイ。我々ト、コノ星ノ人類トデハ、発声器官ノ構造ガ大キク異ナル」
「感謝する」
思ったよりも平和的な対応に、オレは心のうちで感心していた。
正直、会話も程々に戦闘が始まると踏んでいたんだ。こういう手合いは、実力行使に頼る傾向が強かったから。
あまり良くない兆候である。今までの敵対者につられて、オレまで暴力的な思想に染まっていた。気を付けないと。
それはそれとして、ウリゥは気になることを口にしていたな。
「あなたは地球外生命体なのか?」
『この星の人類』なんてセリフは、宇宙人でなければ出てこないだろう。
それに、ウリゥが宇宙人であれば、諸々の謎現象にも一応の納得がいく。
地球ではあり得なくても、宇宙ではあり得る。少々、思考放棄染みているけど、そんな理屈を通すことができる。
「ソノ通リダ。オ前タチノ言葉ニ当テハメルノデアレバ、我々ハ地球外生命体モシクハ宇宙人トナル。正確ニハ、メタルヴァ星人ダガ」
「メタルヴァ星、か。不勉強で申しわけないが、聞いたことのない星だ」
「当然ダロウ。約四百七十億光年モ離レテイル。コノ星ノ技術力デハ、辿リ着クドコロカ、観測サエ不可能ダ」
「四百七十億……」
たしか、現代科学で観測可能な宇宙は、四百六十億光年くらいのはず。ウリゥは観測外宇宙からの来訪者なのか。とんでもない遠方から来たものだ。
嫌な予感をジワジワと覚えつつ、オレはウリゥに再び問う。
「メタルヴァ星は、そんな距離を踏破できる技術力を有しているのか?」
大事な確認だった。ウリゥと同一の存在が他にも訪れているとなれば、さらなる対策を講じなくてはいけない。
今のところ良好なコミュニケーションを取れているが、オレはウリゥたちが友好的な宇宙人だとは、とても思えなかったんだ。
根拠はなかった。
地球人とメタルヴァ星人では精神性が異なるのか、まったく感情の機微を読み取れない。
ウリゥが逸魔の元凶という予想は立っているが、予想にすぎない上、悪意による行動だとも断言できない。
いずれも弱い理由付けだ。
でも、胸中に灯る不安を消し切れない。沸々と嫌な予感が湧き上がっていた。
こちらの内心など露知らず、ウリゥは淡々と返してくる。
「イヤ、我々デモ、今回ノ遠征ハ賭ケニ等シカッタ。ダカラ、最上級兵士ノ私ガ選バレタノダ。ソシテ私モ、消滅ヲ覚悟シテ宙ヘ旅立ッタ」
「どうして、そこまでして地球を目指したんだ?」
意を決して、核心を突く質問を投げる。
交渉術的には、踏み込むには早すぎたと思う。
だが、悠長にはしていられなかった。何故なら、ウリゥのエネルギーが凪のように静かだから。
静かなら良いと感じるかもしれないが、こういった時の“静か”は反対の意味を持つことが多い。絶対、ロクでもない意図が隠されている。
オレが密かに警戒を強めるのに対して、ウリゥはなおも淡々と語る。
「我々ノ星ハ今、未曽有ノ危機ニ瀕シテイル。研究員タチノ試算ニヨルト、アト三百年モ経タナイウチニ“星ノ力”ガ枯渇スルラシイ。ユエニ、上層部ハ決断シタ。新天地ヲ探ソウト」
「あなたは偵察者ということか?」
「ソウダ。近隣ノ星ニ適地ガ存在シナカッタタメ、遠方ヲ探索スルコトニナッタ。ソノウチ、最長距離ヲ担当スルコトニナッタノガ私ダ」
「つまり、ここがあなたのいう適地だったと?」
「半分正解ダ」
「半分?」
「コノ星――地球ハ、“星ノ力”コソ、他ニ類ヲ見ホド豊富ダッタ。一方、我々メタルヴァ星人ガ暮ラセル環境デハナカッタ。圧倒的ニ熱ガ不足シテオリ、水分過多ダッタ」
なるほど、条件の半分しか満たしていなかったわけか。
……熱不足と水分過多ねぇ。
何となく、メタルヴァ星人の生態を理解する。
ウリゥの姿を『マグマがヒトのシルエットを模った』と表現したが、かなり的を射たものだったらしい。
おそらく、彼らは高温環境でのみ生存できる生物なんだろう。熱帯程度ではなく、それこそ、マグマの中で生きていくようなレベル。水とともに進化してきた地球の生物とは真逆である。
最奥の溜池が高温を発していたのも納得した。あれは、ウリゥが生きるために必要な住処だったんだ。
「では、あなたは、また別の星へ移動するのか?」
地球が移住先として不適格となら、そうする他ない。これは言をまたない、当たり前すぎる質問だった。
しかし、消えない嫌な予感に従って、オレはあえて問うたんだ。
結果的に、この判断は正しかった。
「違ウ」
ウリゥは断言する。そして、先程までとは異なり、どこか嘲笑染みた声音で語る。
「地球ノ“星ノ力”ハ、候補カラ外スニハ惜シクナルホド豊富ダ。ダカラ、変エルコトニシタ」
「……何を?」
「環境ヲ」
次回の投稿は4月10日12:00頃の予定です。




