Chapter30-3 過多(4)
「さて、どうしたものかね」
「悩むまでもない。答えは一つ」
「まぁ、そうなるか」
逸魔の群れを討伐し終えたオレは、隣に立つニナとそんな短い言葉を交わす。それから、後ろへ振り返った。
背後にいたメンバーの様子は、二つに分類されていた。
一つは、疲労は滲んでいるものの、まだ自力で立ち上がる余裕のあるフォラナーダの面々。
一つは、地面に四つん這いもしくは仰向けで倒れ、荒い息を吐いているカナミラ騎士団の面々。
こうなったのは、地面を掘って現れたモグラ型逸魔が原因である。隊列中央を破る不意打ちのせいで、彼らも戦わざるを得なくなったわけだ。
話を戻すと、オレたちが相談し合っていたのは、今後の計画についてだった。
重傷者は出ていないが、カナミラ側はほとんど満身創痍。事前の予定通りには進められない。
「一度、村まで撤退しよう」
それが、オレとニナの出した結論だった。
「撤退、だと!?」
すると、大声を上げる者がいた。カナミラの騎士団長である。
四つん這いだった彼は片足立ちになり、脂汗を滲ませた顔を上げる。
目立つ傷こそ負っていないものの、体力が枯渇寸前といった感じだな。
騎士団長は大声で続ける。
「ふざけるなッ。こんな醜態をさらしたまま帰れるか!」
「醜態をさらしてるから撤退するんだ。態勢を立て直さないと」
「その必要はない。我々は、今すぐにでも立て直せる!」
「体のみならず、武器や防具もボロボロなのに?」
「予備は用意してあるッ」
こちらのセリフに、なおも食い下がる騎士団長。引き下がってくれる気配はまったく感じられなかった。
それだけではない。比較的軽傷だった騎士たちも顔を上げており、いずれも騎士団長と同様の表情を浮かべていた。すなわち、『撤退して堪るものか』である。
「はぁ、分かった。正直に言おう。お前たちは――」
埒が明かないと踏んだオレは、あちらが怒ることを承知の上で、ハッキリと事実を告げようとした。
しかし、それは最後まで形にはならない。ニナがインターセプトしたんだ。
「あなたたちは足手まとい。邪魔」
淡々と語る彼女に対し、騎士団の面々は呆けた顔をする。
おそらく、何を言われたのか理解が及んでいないんだろう。彼ら、プライドが高いし。
オレは、ニナのセリフを否定するつもりはなかった。同意見だからね。
元々、彼らが役に立つとは考えていなかった。同行させるだけさせて、満足感を与えれば良いと考えていた。
ところが、状況が変わった。敵が想定以上の力を備えていると判明した以上、足手まといを連れて行く余裕はない。
彼らが自滅するだけならまだしも、こちらにも被害が及ぶ可能性がある。安全圏に置いていくのが正しかった。
程なくして、ニナの言葉の意味を呑み込めた模様。顔を真っ赤に染め、怒鳴り上げようとする騎士団長。
「貴様ァ」
「はいはい。今は揉めてる場合じゃないから」
だが、今度はそれをオレが遮った。
ここは未だ坑道。いつ敵が襲ってきても不思議ではないんだ。どちらにせよ、外まで戻る必要があった。
ただ、探知術が阻害されているのと同じく、転移の類も上手く発動できない。
ゆえに、オレは次善策を強行した。
「うお、何だ!?」
騎士団長の吃驚の声を皮切りに、他の騎士たちも悲鳴を上げる。
彼らは全員、オレの魔法【オペレートハンド】によって持ち上げられていた。
無属性と精神の合成魔法であるこれは、オレの意思に応じて動かせる魔力の手。一度に大量の人間を運ぶことも容易かった。
「それでは撤退する」
「「「「「「「「「了解」」」」」」」」」
部下たちには命令だけで十分。
騎士団の文句をBGMにして、オレたちは鉱山を後にするのだった。
○●○●○●○●
村まで撤退したオレたちは、今日のところは一晩休むことにした。
作戦の練り直しも当然ながら、部下たちも相応に疲労している。回復が必要だった。
そして、夕食後。天幕にてオレ、ニナ、テリアの三人で作戦会議を行っていたんだが――
「フォラナーダ侯爵!」
突然、そこにカナミラの騎士団長が乱入してきた。鬼気迫る表情だ。
撤退直後は疲労困憊といった様子だったけど、動けるまでには回復したらしい。
「ゼノート殿、待ちたまえ!」
次いで、バルヴァロ公爵も駆け込んでくる。
日中にも、似たような光景を見たな。要するに、面倒ごとが舞い込んできたのである。
腕を掴んでくるバルヴァロ公爵を振り払い、騎士団長は大音声を上げた。
「次の作戦では、我々騎士団を置いていくと聞いたぞ! どういう了見だ、約束が違うッ」
歯を剥き出しにして怒鳴ってくる彼に対して、オレは淡々と返す。
「事情が変わった。敵が複数存在した上、かなり強い。あなたたちを同行させては、こちらにも被害が出てしまう。撤退時にニナも言ったが、足手まといだ」
「ッ!!!!!!」
俺の直截な物言いに、騎士団長は何と言い返せば良いのか思いつかなかった様子。顔を真っ赤にしたまま、絶句していた。
だが、それも一瞬のみ。次の瞬間には、彼は再び大声を上げる。
「ふざけるなァァァァァァァァァァ!!!!」
よほど頭に来たようで、漏れ出た魔力が暴れ回っていた。実体化していないので無害だけども。
というか、騎士団長はどうして怒りを爆発させられるんだろうか? 坑道前や坑道での戦闘を経れば、彼我の実力差なんて理解して当然なのに。
それが理解できないほど阿呆なのか。未だに環境のせいなんて他責思考に陥っている愚者なのか。怒りのせいで我を忘れている道化なのか。
いずれにしても、こちらにとっては迷惑極まりない。カナミラ王国としても、国家の危機を前にして冷静さを保てない戦力など、百害あって一利なしだろう。
バルヴァロ公爵が騎士団長を押さえ込もうとしているけど、非力な彼では無理がある。
結局、騎士団長が剣を抜くのを止めることはできなかった。そのまま鈍色の切っ先をこちらに向け、ついに宣言する。
「決闘だッ。この俺が実力を示し、お前のナメた態度を改めさせてやる!」
「ゼノート殿!」
宣戦布告染みたセリフを発する騎士団長と、悲鳴交じりの声を上げるバルヴァロ公爵。不謹慎だが、両者の対比が実に面白かった。
これが本物の道化なら笑って拍手を鳴らすところだけど、残念ながら、彼の職は騎士団長だ。冗談で済まされる発言ではない。相手の出方次第では、国際問題に発展するだろう。
ゆえに、バルヴァロ公爵は必死だった。顔面を蒼白にし、騎士団長を抑えようとしながらも、オレへ謝罪の言葉を口にする。
「申しわけございません、フォラナーダ侯爵。先刻の戦闘の疲れが尾を引いているのか、騎士団長は冷静さを欠いているようでして。誠に勝手なことを申している自覚はありますが、平にご容赦ください」
「俺は正気だッ。俺のプライド――否、カナミラ王国騎士団のプライドに懸けて、この侮辱を清算しなくてはならないのだ!」
ところが、騎士団長は止まらなかった。さらなる暴言を重ねてしまう。
バルヴァロ公爵には悪いが、ここまで来たら、こちらも引くわけにはいかないな。
仕方なく、重い腰を上げようとしたオレ。
「フォラナーダ侯爵!」
その最中、バルヴァロ公爵が声を張った。
チラリと彼を窺うと、こちらをジッと見つめている。覚悟を決めた者の眼差しだった。
「なるほど」
バルヴァロ公爵の意図を察したオレは、すぐさま【念話】を発動した。
『どのようなご用件で?』
『ご配慮感謝いたします、フォラナーダ侯爵。不躾続きで誠に申しわけないのですが、騎士団長の暴走についてご相談させていただきたく』
『伺いましょう』
今回の一件、貴族的には徹底して潰した方が良い。
だが、バルヴァロ公爵の優秀さを考慮すると、恩を売った方が最善だと判断できた。後々、良い交渉材料になるはずだ。
その辺りは、彼も理解した上での提案だろう。だから、覚悟を決めているんだ。
『ありがとうございます。では、こちらの案を提示させていただきます』
礼を告げてすぐ、バルヴァロ公爵は交渉を開始した。無論、精神魔法でお互いの思考を加速した上で。
といっても、そう複雑な内容ではない。
騎士団長を殺さないこと。騎士団員たちの前で戦うこと。できるだけ恐怖心を煽る戦い方してほしいこと。今回の決闘を極力口外しないこと。
これらの条件を呑む代わり、報酬の上乗せに加えて、バルヴァロ領の鉱山を一つ割譲するというものだ。
条件に関しては得心がいく。決闘によって、騎士団の心を折るつもりなんだろう。騎士団長を殺さないのは、後腐れを残さないための処置かな?
報酬の上乗せは予想通りだったが、割譲は思い切ったと感心した。主要産業の一部を譲るなんて、命を切り捨てているのと同義だろうに。
それだけ、オレの力を恐れている証左なのかもしれないな。下手をすると、国全体が滅ぶとでも考えてそうだ。
確かに実行できなくはないが、この程度でやるつもりはないぞ。
美味しい条件だったので、当然、バルヴァロ公爵の提案は受け入れた。口約束にならないよう、【誓約】の魔法を交わしておく。
これで良し。あとは、騎士団長をボコボコにするだけだ。
「はぁ、分かった。そこまで言うなら受けよう。覚悟はできているんだろう?」
あえて無気力そうに返し、バルヴァロ公爵とのやり取りを感づかせないようにする。頭に血が上った脳筋には無駄な誤魔化しだと思うが、念のためである。
「愚問だ!」
「では外へ。ここは狭い」
「フン、分かっているッ」
予想通り、騎士団長はまったく気が付かなかった。怒りをそのままに、ズシズシと天幕の外へ出て行く。去り際に「逃げるなよ」と怒声を残して。
「フォラナーダ侯爵、よろしくお願いします」
バルヴァロ公爵も、その後に続いた。
おそらく、騎士団員集めや村人への根回しに向かったんだろう。前者がいないと無意味だし、後者がいるとオレに口止めした意味がなくなる。
騎士は良いのかって?
自分たちのボスがボコボコにされたなんて、情けなくて言いふらせるわけがない。仮に広まっても、出所がハッキリしているなら対処できるんだと思う。
「さてと」
「アタシがやろうか?」
オレも続こうとしたところ、ニナが声を掛けてくる。
「元々、これはアタシへの依頼。連中の問題行動も、アタシが背負うべ――」
「大丈夫だよ、ニナ。ケンカを売られたのはオレだ。これはオレがやる。それに、バルヴァロ公爵と交渉もしたし」
責任感の強い彼女らしい判断だが、オレはそれを断った。
ニナの言うように、彼女が対処しても問題はない。実力を見くびられているのは、オレもニナも同じだからね。
ただ、やはり、ここはオレが出張るべきだろう。侯爵という身分をあずかっている以上、侮辱には制裁で返さなくてはいけない。それが貴族というものだ。
まぁ、『小国の騎士団長程度、放っておいても勝手に死ぬだろ』と思っているのも事実だけどさ。
「【念話】か」
「そういうこと。だから、気にしなくていいよ」
「分かった」
ニナの理解も得られたので、オレは天幕の外へと向かう。もちろん、ニナも一緒に。
次回の投稿は3月20日12:00頃の予定です。




