Chapter30-2 カナミラ王国(3)
カナミラ王国の中枢たる都市は、山間を埋め尽くすように鎮座していた。谷間の僅かな平地はもちろんのこと、左右を囲う崖にまで建物が構えられている。
建築様式は聖王国のそれに近かった。隣は和風な築島なのに、不思議なものだ。
さらには、崖の上方部にも落石や侵入者対策と思しき建造物があった。山間部全体が町、といった様相である。
また、遠目からでも、たくさんの煙突が目に付いた。三十以上はあるか?
精錬所や鍛冶場といった施設なんだろうが……さすがは鉱山の国。都市一つに収まって良い数ではない。
「すごい」
そんな景色を目にしたニナが、短い感想を呟く。
無表情かつ淡白な声音だったが、その実、彼女は心の底から感動していた。何故なら、オモチャを前にした子どものように瞳を輝かせている上、茶色い尻尾もゆらゆらと揺れているから。
幼い頃から冒険譚が好きだったニナは、こういった“旅先ならではのモノ”が好きなんだ。景色しかり、食べ物しかり、体験しかり。冒険者にとても適した性格と言える。
オレもオレで、嬉しそうにする彼女を眺められて非常に嬉しい。プライスレスである。
そうやって至福の移動時間をすごしているオレたちだったが、いつまでも呑気な観光気分ではいられない。
「我らの国を気に入っていただけて何よりです。……水を差すのは心苦しいのですが、そろそろ、この後の段取りを説明しても宜しいでしょうか? 何分、王城に到着するまでの時間は僅かですので」
同乗していたバルヴァロ公爵が、申しわけなさそうに声を掛けてきた。
ちなみに、この馬車に乗っているのはオレ、ニナ、バルヴァロ公爵の三人のみである。
彼の問いかけに対して、オレは何てことない風に返す。
「お気になさらず。我々も仕事で訪問していることは理解していますから。バルヴァロ公爵のご提案に従いましょう。ニナもいいね?」
「うん」
こちらの返答を受けたバルヴァロ公爵は、手短に礼を告げた後、登城以降のスケジュールを語り始めた。
内容は、国王との面会や有力貴族との食事会など、おおむね予想通りの貴賓対応だった。
一つ予想外だったのは、カナミラ国王との面会が到着直後だった点か。
頑なに『緊急事態ではない』という体裁を取り繕っていたので、ある程度、こちらを待機させると考えていたんだ。それこそ、最遅で翌日まで待機するくらいは覚悟していた。
おそらく、バルヴァロ公爵が必死で調整したんだろう。国王との面会スケジュールを告げる際、彼の魔力に多大な疲労感が滲んでいたし。
初対面時の印象から察しはついていたが、バルヴァロ公爵は、今回の一件をできるだけ早く鎮めたいと考えているらしい。
となると、体裁を取り繕うとしているのは別勢力だな。何となく、この国の内情が読めてきた気がする。
登城後も一筋縄ではいかなさそうだ。
バルヴァロ公爵との話し合いを進めながら、オレは心のうちで溜息を吐いた。
「よくぞ来てくれた、フォラナーダ侯爵、『竜滅剣士』ニナ。我が国はお前たちを歓迎しよう!」
通された国王の私室にて、そんな大音声が響く。
耳をつんざくほどの大声を上げたのは、オレたちの対面に座る御仁。身長が百八十ほどある筋骨隆々の大男だった。
彼の名はガーランド・ゼイラグム・ゲジル・カナミラ。何を隠そうカナミラ王国の国王である。しかも、御年六十一歳。どう見ても三十半ばにしか見えない。
「俺さま個人としても強者と美女は大歓迎だッ。強者かつ美女なら尚更な!」
カナミラ王は獰猛な笑みを浮かべ、さらに声を張った。オレたちを射貫く眼差しは、獲物を狙う肉食動物と大差ない。
特に、ニナへ向けられたそれはギラギラと輝いている。
「カナミラ王。私の妻へ、妙な視線を向けることは止めていただきたい」
当然、オレは苦言を呈する。不満を一切隠さず、鋭い眼差しを彼に向けた。
一国の王に対する態度ではないが、この方が良いと判断した。こういう手合いは、ハッキリ口にしないと行動を改めないことが多い。
実際、オレの予想は正しかった。
「すまんな、フォラナーダ侯爵。いい女を見ると、つい口説きたくなるんだ」
たった一度の瞬きで、彼は先程までの眼差しを引っ込めた。実に慣れた手際である。
事前情報で好色家なのは知っていたが、まさかニナまで口説こうとするとはね。呆れてものが言えない。
これは、もう少し深く釘を刺しておいた方が良いな。
「念のために忠告しておきますが、私の部下に迫ることも止めてくださいね?」
「なにッ。それもダメなのか!?」
こちらの指摘に、素っ頓狂な声を上げるカナミラ王。
やはり、口説くつもりだったか。
オレ――とニナ――は溜息を吐く。
「大切な部下です。守るのは当然でしょう」
「無理やり押し倒すことはせんぞ。趣味じゃない!」
「それでもダメです」
部下たちとは定期的な交流をしているので、彼女らの性格や主義はしっかり把握している。今回のメンバーに、玉の輿を喜ぶ者はいないと断言できた。
むしろ、仕事の邪魔だと迷惑に感じるだろう。
「そうか……」
オレの翻意は望めないと理解したらしい。カナミラ王は心底残念そうに肩を落とした。
どれだけ美女口説きに全力を注いでいるんだか。
オレが再度呆れていると、カナミラ王は何かを閃いた如く両手を合わせ、聞き捨てならないセリフを口にした。
「そうか。今回連れて来た者たちは、すべてフォラナーダ侯爵の女なんだな!」
「はい?」
どうして、そんな意見が出てくるんだ?
オレは激しい頭痛を覚えながらも、否定の言葉を紡ぐ。
「違います。彼女たちは、あくまでも部下です。それ以上でも以下でもありません。何故、そのような結論に至ったんですか?」
意味不明すぎる思考回路を解明しようと、続けて質問を投げかける。
すると、カナミラ王は不思議そうな表情を浮かべた。
「何故も何も、フォラナーダ侯爵は俺さまと同類だろう? 話には聞いているぞ。成人してすぐに妻を六人も迎えただけではなく、他にも女を抱えていると。しかも、守備範囲は海の如く広大。幼子から老女、エルフに獣人、挙句の果てに実妹まで何でもござれだと。であれば、配下たちもお前の女だと判断するのは当然の帰結だ」
「すごい。何一つ嘘じゃない」
「幼子はいないから。というか、ニナ。キミはどっちの味方なんだよ」
ニナの感嘆の声に、オレはすかさずツッコミを入れる。
――が、その大半が真実なのは変わりなく、そこに大した鋭さは宿っていなかった。
こうして事実だけ列挙すると、カナミラ王の同類と思われても仕方ないかもしれない。どう言い繕っても節操なしである。
自ら言い寄ったことなんて一度もないんだけどね。うちは、女性陣の方が積極的なのだ。
オレは一度溜息を吐き、「とにかく!」と声を張った。
「部下たちとは男女の関係ではありませんが、口説くのは止めてください。仕事の邪魔です。カナミラ王も、我々の作業が遅れることは本意ではないでしょう?」
こちらの眼差しを真っすぐ受け止めたカナミラ王は、「ふむ」と小さく頷いた。
「どうやら、噂は所詮噂らしいな。残念だ。娘の一人でも送り込もうと考えてたんだが」
「それも止めてください」
「分かってる。お前が俺さまと同じじゃないのは、今のやり取りで理解したからな」
そう言って、彼は肩を竦めた。何故か、ちょっぴり残念そうな感情が窺える。
ニナのみならず、オレへの好感度も高かったのは、もしかしなくてもシンパシーを感じていたからか? 嫌な親近感だ……。
内心でげんなりしつつも、オレたちの雑談は続いた。
エネルギッシュなカナミラ王との会話は精神的に疲れるものだったが、その中には実りある情報もあった。
今回の救援要請について、『緊急事態ではない』という建前を用意した原因が判明したんだ。
事前の予想通り、内ゲバだったらしい。外務大臣を含む派閥が、『外へ弱みを見せることになる。内輪で解決するべきだ』と強く主張しているんだとか。
「国の内情を、私たち部外者に明かして良かったのですか?」
捉え方によっては、外患誘致だと弾劾されかねないと思うんだが。
オレが眉根を寄せると、カナミラ王は手をヒラヒラと振った。
「構わん。どうせ、お前たちに頼らざるを得ないんだ。だったら、惜しみなく情報を渡した方がいい」
「自力解決は不可能だと?」
「まず無理だな」
即答するカナミラ王。
「件のアメーバは、物理的攻撃がほとんど効かん。多少のダメージは通るようだから、戦い方次第では倒せるんだろう。だが、そこまで技量の高い騎士は、我が国にはおらん」
「物理攻撃の効果が薄いと分かっていて、ニナに依頼したのですか?」
「『竜滅剣士』に斬れぬものはないと聞いた。それに同じ剣士に負けた方が、騎士たちにとって、いい薬になる」
「……なるほど」
カナミラ王は、この国に蔓延しているプライドの高さを客観的に理解していたらしい。それを圧し折るため、二つ名持ちの中でもニナに依頼したわけだ。
ただの好色家ではなかったみたいだな。王としての能力は最低限備えている。
しかし、
「反対派の情報は渡す。好きに調理してくれていい」
「カナミラ王は手を下さないと?」
「やだよ、めんどくさい。俺さまは、政治的なことには関わらないようにしてるんだ。そういう約束で王位を継いだ」
いっそ清々しいほど王としての仕事をしない。
国が正常に回っている以上、最低限の業務はこなしていると思うが、文字通り最低限なんだろう。宝の持ち腐れだった。
とはいえ、ここでカナミラ王に文句を垂れても仕方ない。許可はもらったんだから、好きにさせてもらおう。
無論、今後の交易を考え、やりすぎには注意するつもりだが。
その後は各派閥に関する情報をもらい、カナミラ王との会談は幕を閉じた。
次回の投稿は2月24日12:00頃の予定です。




