Chapter30-2 カナミラ王国(2)
昨日、ニコニコ漫画のコミカライズが更新されました。
カロンとオルカの可愛い冒険者回ですので、よろしくお願いします!
【位相連結】の先は広々とした荒野だった。背の低い草が散見される、お世辞にも『豊かな』とは形容できない土地である。
一方、遠くに望める山々は壮観だった。観光目的で訪れるのはアリかもしれない。
まぁ、今回は仕事で訪問したわけだが。
目を凝らせば、山間に門らしき巨大な建造物が窺える。おそらく、あれがカナミラ王国への入り口なんだろう。【位相連結】先の指定場所は、国境線ギリギリだった模様。
その点を責めるつもりはなかった。誰だって、玄関を無視して自分の家に入り込まれたくはない。無意味に等しくても、大事な防犯意識だと思う。
それに、出迎えもきちんといる。少し離れた場所には豪奢な鎧に身を包んだ貴族らしき男と、三十名の騎士団、そして馬車が五台ほど待機していた。
転移の邪魔にならないよう、距離を置いていたのかな?
こちらの登場に気付いた彼らは、騎乗した馬を駆けさせて近寄って来ている。だいたい、五分くらいは掛かるか。
となると、それまでに説教を済ませないといけないな。
「はぁ」
加速した思考によって情報分析を終えたオレは、短くも重い溜息を吐いた。
理由は瞭然。オレの目の前にある。
「ハァ、ハァハァ……ま、間に合ったぁ」
息を切らせつつも、達成感を含むセリフを吐いたのは、フォラナーダ専属の鍛冶師であるリンデことリンデーテスだった。
全速力で【位相連結】に滑り込んだんだろう。小麦色の肌を伝ってポタポタと汗が落ち、山吹色の髪もいつも以上にボサボサだ。
そんな彼女に、オレは半眼を向けながら苦言を呈する。
「『間に合った』じゃないんだが?」
僅かに【威圧】を込めたのが良かったのか。四つん這いになって粗い呼吸を繰り返していた彼女は、ピタリと固まった。そして、油の切れたブリキのような動きで、こちらを見上げてくる。
リンデの視線がオレに定まったのを認めてから、言葉を続けた。
「色々言いたいことはあるが、閉じかけの【位相連結】に駆け込むのは止めてくれ。中途半端な位置で閉じた場合、体が両断される危険があるんだ。下手をしたら、首が落ちて即死なんてこともある。本当に止めてほしい」
彼女の瞳を真っすぐ見据え、滔々と告げる。心からの願いだった。セーフティーは施しているけど、万が一もあり得る。
それを受け、気まずそうな色が強かったリンデの表情は、心底申しわけなさそうなものへと変化した。
若干視線を下げ、その後に頭もゆっくりと下げる。
「すまない。変に興奮してたせいで、冷静な判断ができてなかったみたいだ。同じマネは二度としないって、亡き父母に誓うよ」
リンデは魔力を持たないので感情を読むことはできないが、雰囲気は真剣そのもの。この分なら再犯はなさそうか。
オレは最優先の目標をクリアしたことに安堵しつつ、さらに言葉を紡いだ。
「反省しているようだから、説教は終わりにしておく。でも、あとで罰は受けてもらうよ。覚悟しておくように」
プライベートなら説教だけで済ませるけど、残念ながら今回は仕事だ。部下も一緒にいる手前、きちんとケジメはつけなくてはいけない。信賞必罰は世の常である。
とはいえ、今すぐとはいかない。あと三分もしないうちに、カナミラ王国の使者が到着するからね。
同様の理由で、彼女が暴挙に及んだ動機を尋ねるのも後回しだ。ある程度の予想はついているのも一因だが。
オレは再び漏れそうになる溜息を堪え、リンデに命じる。
「とりあえず、キミは研究員の一員として扱う。彼らと一緒に行動してくれ」
「分かっ……りました」
リンデも状況を理解した様子。途中で敬語に切り替え、その後は部下たちの方へ移動していった。研究員の集まる一画に混ざり、周りにならって直立姿勢を取る。
……って、他の研究員たちが、リンデの身だしなみを整え始めた。
あまりにだらしないから、我慢ならなかったのかね? 少し前まで使用人も兼任していたメンバーだし。
その様子を最後まで見守りたかったが、再三言うように時間がない。
オレはリンデたちから視線を切り上げ、【念話】を発動した。
連絡先は聖王国の王城である。駆け込むリンデを目の当たりにしたせいで、幾許か混乱が生じているようなんだ。
事情を簡単に説明し、【念話】を終了する。優秀な彼らなら、これで問題ないだろう。
ひとまず後始末を終えたオレは、改めてこの場にいる全員を見渡した。
「――さて。直にカナミラ王国側の迎えが到着する。耳にタコかもしれないが、皆、気を引き締めて臨んでくれ」
「「「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」」」
二十一人の返事が異口同音に発せられる。確かな気合が感じられた。
程なくして、カナミラ王国側の出迎えが辿り着く。
馬上から降りた彼らは、オレたちの前に整然と並んだ。それから、豪奢な鎧の男が一歩踏み出し、声を張り上げる。
「私の名はセオドア・グルヴェルト・ハセロ・バルヴァロ。バルヴァロ公爵家の当主です。貴殿らが、フォラナーダ侯爵の率いる一行で相違ありませんか?」
あれがバルヴァロ公爵か。蒼色の髪に赤茶色の瞳、細めの体つき、百七十半ばの身長と、事前情報にあった特徴と一致している。
今までほとんど交流のなかったカナミラ王国だが、返事を待っていた数日間で、最低限の情報収集は行っていた。
その中にあった重要人物の一人が、目の前で名乗りを上げた男である。何でも、二十五歳という若さながら、次期宰相の噂が囁かれるほど優秀なんだとか。
そんな人物を出迎えに寄越すなんて、カナミラ王国の本気度が窺える。
いや、あちらが本気なら、もっと力を注ぐべき場所はあったはずだ。どちらかというと面子を重視した感じか?
カナミラ王国は都市国家群の中だと大きい方なので、妙にプライドが高いっぽいんだよなぁ。
また、バルヴァロ公爵は『若輩ゆえに軽く扱われがち』という情報もある。体面を守るため、遣いっぱしりにさせられたと考えた方が無難か。
軽い考察を終えたオレは、バルヴァロ公爵に応じる。
「如何にも。私がゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダです。そして、こちらが『竜滅剣士』ニナ・ゴシラネ・ネ・サリ・フォラナーダ。公爵自らの出迎え、誠に感謝します」
オレとニナがそろって前へ進むと、バルヴァロ公爵も意図を察した様子。躊躇いなく近寄って来た。
対面に立ったオレたちは、どちらからともなく握手を交わす。
「感謝するのは我々の方ですよ、フォラナーダ侯爵、『竜滅剣士』殿。要請に応じていただき、国を代表して礼を申します」
心の底からの謝意だった。漏れる魔力もそうだが、こちらを見つめる瞳の真っすぐさからも分かる。
次期宰相と聞いていたから、どんなキツネかと身構えていたけど、杞憂だったらしい。
この男は真の愛国者なんだろう。心底カナミラ王国を案じており、そのために尽力する人間だ。
無論、完全に気を許すわけにはいかないが、今回の事件が解決するまでは信用しても良さそうだな。
内心でそう結論づけつつ、オレは別のことへ意識を向ける。そして、それを口にした。
「厚い手ですね。バルヴァロ公爵も鍛冶をたしなんでいると見えます。たしか、カナミラ王国におけるセカンドネームは“鍛冶名”と呼ばれるのでしたか」
身のこなしから、彼が武の者でないのは明らか。加えて、事前情報も仕入れていたので、推理自体は容易かった。
ただ、バルヴァロ公爵にとって、この指摘は予想外だったらしい。僅かに目を丸くする。
「カナミラの風習をよくご存じで。ご指摘の通り、僭越ながら、私は鍛冶修行を終えています。といっても、専門に扱う方々に比べれば、赤子も同然の腕ですが」
「ご謙遜を。名を貰えれば一人前だと聞き及んでおりますよ」
「……本当によくご存じで。ですが、お歴々方よりも腕が劣るのは事実ですよ。私の本業は政治家ですから」
朗らかに笑うバルヴァロ公爵だったが、最初の一瞬だけ瞳に鋭い光が宿ったのを、オレは見逃さなかった。
おそらく、こちらの情報収集能力の高さを、今の短い会話で察したんだろう。
まぁ、オレが意図して気づかせたわけだが。この情報を元にどう動くか、お手並み拝見である。
「それでは町まで移動しましょう。皆さまには馬車を用意してありますので、そちらにお乗りください」
ニナとも握手を交わしたバルヴァロ公爵は、そう言って五台の馬車を指し示した。
「宜しければ、フォラナーダ侯爵の馬車には私も同席させていただきたく」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
そんなやり取りを挟みつつ、オレたちはカナミラ王国の町へと移動を開始した。
次回の投稿は2月21日12:00頃の予定です。




