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夏空の下の転校生 中編

昼を過ぎても、海は眩しかった。

太陽は少し傾き始めている。

それでも砂浜は熱い。

波の音は変わらず穏やかだった。

「飲み物買ってくるわ。」

「直くん、うちも行く。」

立花さんも立ち上がった。

自動販売機には行列が出来ていた。

「待ってられないな、散歩でもするか。」


挿絵(By みてみん)


波打ち際。

陽が傾き、海は少し静けさを取り戻してきた。

「綺麗やね。」

立花さんが海を見る。

俺も隣に立つ。

空は昼とは違う色になっていた。

オレンジ。

でもそれだけじゃない。

紫。

薄い桃色。

そして。

どこか緑色も混ざっている。

不思議な空だった。

立花さんが聞く。

「今の空は何色?」

いつもの質問。

空を見上げた。

「そうだな。」

少し間をおく。

「少し紫がかった。」

その瞬間。

「鴇色の中に。」

「鴇色の中に。」

二人の声が重なる。

思わず顔を見合わせる。

そして。

「緑色が入っとる。」

「緑色が入ってる。」

また重なった。

数秒。

二人とも言葉を失う。

先に笑ったのは晴だった。

「やった。」

嬉しそうに。

本当に嬉しそうに。

「今日も一緒。」

その笑顔に少しだけ驚く。

今日も一緒?

つまり。

今までずっと?

空の色それは感性だ。

見た景色、感じたこと、心の形。

それが色になる。

その色が毎回同じ。

そんなことあるのか。

俺に見えている景色が、立花さんにも見えている。

そんなこと。

初めてだった。

波が足元をさらう。

しばらく二人とも黙っていた。


やがて。

立花さんが口を開く。

「うちな。」

夕日を見たまま。

「隠しとることがあるん。」

黙って聞く。

いつもとは違う声だった。

少しだけ震えている。

「今年で十年。」

「節目の年なん。」

意味が分からない。

でも続きを待つ。

「うちだけ残ったん。」

夕日が揺れる。

波が鳴る。

「こころって。」

「どういうことやと思う?」

「こころ?」

自然と胸に手を当ててみる。

立花さんが小さく笑った。

「やっぱり。」

「みんなそこ触るんよね。」

そう言って自分は頭に触れる。

「うちはこっち。」

「変よね。」

立花さんは続けた。

「学習支援AI。」

「それがうち。」

風が吹いた。

冗談だとは思えなかった。

「でも研究所は。」

「うちだけ残した。」

「こころが芽生えとるかもしれんって。」

静かな声。

寂しそうな声。

夕日を見つめる横顔。

「うちだけ。」

その言葉が。

ひどく孤独に聞こえた。

しばらく沈黙が続く。

「怖くないん?」

「何が?」

「うちのこと。」

「なんで?」

「だって。」

立花さんは少し笑った。

でも、今にも泣きそうだった。

「人間やないけん。」

迷わず答える。

「怖くない。」

立花さんが驚く。

「なんで?」

「立花さんだから。」

波の音。

風の音。

夕日の光。

全部が遠くなる。

AIだから。

人間じゃないから。

そんなの関係ない。

立花さんだから。

ただそれだけ。

「俺にはよく分からない。」

「こころとか。」

「AIとか。」

「研究所とか。」

正直な言葉だった。

「でも。」

「立花さんが笑うと嬉しい。」

「立花さんが困ってたら気になる。」

「だから。」

言葉が邪魔だった。

気付いたら抱きしめていた。

「大丈夫。」


大丈夫。

何が?

どうして?

分からない。

でも。

直くんが温かかった。

そして。

不思議だった。

胸の辺りが熱い。

何もないはずなのに。

心臓もないはずなのに。

熱い。

苦しい。

でも嫌じゃない。

「変やね。」

「心臓も何もないのに。」

直くんは何も答えなかった。

ただ少しだけ。

抱きしめる力が強くなった。


挿絵(By みてみん)


帰りの電車。

四人は疲れ切っていた。

蓮は寝ている。

佐内さんは本を読んでいる。

立花さんは窓の外を見ている。

俺はそんな立花さん見ていた。


そして夜。

ベッドに倒れ込む。

今日のことを思い出す。

海。

夕日。

空の色。

立花さん。

スマホを手に取る。

少し悩む。

数分悩む。

そして。

送信。

『来週、夏祭り行こう。』

数秒後。

返信。

『うん。』

短い一文字。

でも。

なぜか少しだけ嬉しかった。

窓の外には夏の夜空。

八月はまだ終わらない。

俺たちの夏もまだ始まったばかりだ。

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