夏空の下の転校生 前編
八月。
朝から太陽が本気だった。
駅のホーム。
コンクリートは熱を持ち、遠くの景色が揺れて見える。
「暑い。」
日比野直がぼやく。
「まだ始まってもないぞ。」
相沢蓮は元気だった。
どうしてそんなに元気なのか理解できない。
「夏、最高だろ!」
理解できなかった。
「お待たせ。」
声がして振り向く。
立花晴だった。
白いワンピース。
麦わら帽子。
少しだけ頬が赤い。
暑さのせいかもしれない。
「立花さん。」
直が少し笑う。
それだけで。
晴も少し笑った。
「あと一人。」
蓮が時計を見る。
「来るかな。」
数分後。
階段を降りてくる人影。
佐内ひまりだった。
白いブラウス。
落ち着いた色のスカート。
いつも通り。
でも。
図書室で見ることのできない私服姿。
それだけで新鮮だった。
「来た。」
蓮は嬉しそうに言う。
「遅れてない。」
佐内さんは即座に返した。
「いや、来てくれたなって意味。」
少しだけ。
佐内さんが視線を逸らした。
電車が来る。
四人で乗り込む。
夏休みが始まった。
海は想像以上だった。
青。
どこまでも青。
空も。
海も。
境界線が分からないくらいに。
「すげぇぇぇ!」
蓮が叫ぶ。
「子供か。」
「うるせぇ!」
「お待たせ。」
振り返る。
言葉が止まった。
晴だった。
淡い水色の水着。
夏の海みたいな色。
その隣には佐内さん。
黒を基調にした落ち着いた水着。
いつもより大人っぽく見えた。
「どうかな?」
二人が言う。
蓮が固まる。
直も固まる。
「夏、最高だろ!」
蓮、本日二度目の最高。
直は固まったまま。
「分かりやす。」
佐内さんが呟く。
晴は首を傾げる。
午前中は遊び倒した。
ビーチバレー。
負けたチームはジュース奢り。
「うおらぁ!」
蓮のアタック。
「うるさい。」
直のレシーブ。
間髪入れず、佐内さんのアタック。
「マジか。」
蓮も驚いている。
「何で図書委員そんな強いんだよ!」
「本を投げて鍛えてるから。」
「嘘だろ!?」
もちろん嘘だった。
晴は笑っていた。
直も笑っていた。
夏の日差し。
白い砂浜。
四人の笑い声。
悪くない。
昼。
海の家。
焼きそば。
カレー。
かき氷。
どれも夏の味だった。
「飲み物買ってくる。」
直が立ち上がる。
「私も行く。」
晴も立ち上がった。
「罰ゲームだからな、頼むぜ。」
蓮が財布を投げる。
「雑だな。」
「信頼してる。」
「都合いいな。」
二人は海の家を出て行った。
残されたのは蓮と佐内さん。
潮風が吹く。
少しだけ静かになった。
「来てくれてサンキューな。」
「何が?」
「今日来てくれて。」
「暇だったからしかたなく。」
「ひど。」
少し笑う。
それから。
本の話。
サッカーの話。
どうでもいい話。
でも不思議と退屈じゃなかった。
そして。
少し沈黙が流れた頃。
「立花さんって。」
佐内さんが口を開く。
少しだけ笑って続ける。
「ん、あぁ。」
何を言いたいのか、たぶん分かった。
「変だよな。」
「うん。」
「でもさ。」
自動販売機の方に目をやる。
遠くに晴と直の姿。
「直のあの笑顔は守ってやりたい。」
佐内さんは瞬きをした。
「BLっぽいね。」
「違うから。」
即答。
「冗談よ。」
佐内さんが小さく笑う。
頭を掻きながら、でも真面目に続ける。
「立花さんも、、、。」
「、、、晴ちゃんも守ってやりたいんだ。」
佐内さんが一瞬顔を背けたように見えた。
でもまたこちらを向く。
「転校してきた時よりさ。」
「ずっと笑うようになった。」
「このまま笑顔を増やしてあげたいんだよ。」
海風が吹く。
佐内さんは海を見て二度頷く。
「私も。」
「相沢くん側に立ってもいい?」
一秒。
二秒。
三秒。
「え。」
我ながら間抜けな声だ。
「何その反応。」
「いや。」
「え?」
佐内さんが吹き出した。
「違う、二人の笑顔を守る側。」
「あ。」
理解した。
そういうことか。
心臓が無駄に跳ねた。
「じゃあ、二人で守ろう。」
お互い少し笑った。
不思議だった。
たった今、何か約束をした気がした。
その時。
「何を守ると?」
背後から声。
二人同時に振り向く。
晴だった。
直もいる。
やばい。
聞かれたかもしれない。
佐内さんは顔を見合わせる。
そして。
「よかった。」
小さな声。
ぴったり同じタイミングだった。
その瞬間に気付く。
佐内さん顔が近い。
佐内さんも気づいたみたい。
二人同時に離れた。
「近っ!」
「近い。」
また同時だった。
晴は首を傾げる。
直は意味が分からない顔をしている。
さっきの約束は誰も知らない。
二人だけの秘密。
潮風が吹く。
胸の奥が少しだけ騒がしかった。
夏はまだ始まったばかりだった。




