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7/12

梅雨明けの転校生 〜佐内ひまり〜

六月。

雨の日だった。

昇降口には雨音が響いていた。

私は貸出傘を整理していた。

黒い傘。

取っ手には小さく、

図書室

と書かれている。

図書室の貸出傘。

返却先も当然図書室だ。

「終わった。」

声が聞こえた。

振り返る。

相沢くんだった。


挿絵(By みてみん)


昇降口の前で立ち尽くしている。

どうやら傘を持っていないらしい。

相沢蓮。

運動部、よく笑う人、声が大きい人。

図書室とは一番縁がなさそうな人。

私は一本傘を取った。

「これ。」

半ば無理やり押し付ける。

「はい。」

「え?」

相沢くんがこちらを見る。

少し驚いた顔。

「貸し傘。」

「いやでも。」

「使わないなら返して。」

「使う使う!」

「返却期限、明日。」

「了解。」

「じゃあ。」

流石に見て見ぬ振りはできない。

風邪を引かれたら、私の方が罪悪感で押し潰されるもの。


数日後。

図書室のカウンター。

「ごめんなさい、返しに来ました!」

勢いよく扉を開けて、大きな声。

相沢くんだった。

「期日遅れね、ありがとう。」

傘を受け取る。

これで終わり。

そう思っていた。

「そういえばさ。」

終わらなかった。

「おすすめの本とかある?」

私は少し驚いた。

相沢くんが本。

どうにも結びつかない。

それでも数冊紹介した。

次の日。

また来た。

その次の日も。

また来た。

そして。

「これ面白かった。」

感想まで言う。

不思議だった。

本当に本が好きになったのか、それとも。

でも聞かなかった。

聞いてしまうと、何かが終わる気がした。


七月。

梅雨が明けた。

図書室の窓から見える空は明るい。

少し眩しい。

静かな図書室には似合わないくらい。

カウンターで本を整理していると、足音が聞こえる。

もう分かる。

相沢くんだ。

最近は顔を見なくても分かる。

それが少しおかしかった。

「佐内さん。」

「なに?」

「この前の本なんだけどさ。」

いつもの会話が始まる。

私は本を整理する手を止める。

そして気付く。

感想を待っている自分に。

少し前の私なら誰が来ても同じだった。

本を貸す、返してもらう。

ただそれだけ。

でも今は違う。

相沢くんが来ると、少しだけ図書室が賑やかになる。

この空気も悪くない。

心のどこかでそう思ってる。


翌日。

カウンターで読書。

いつもの足音。

心地よいリズム。

ガラッ

「佐内さん。」

入ってきた途端に名前を呼ばれて少し慌てる。

この前の本なんだけどさ、から始まる会話。

でも今日は少し違った。

どこか落ち着かない。

「どうしたの?」

そう聞くと。

「えっと。」

珍しく言葉に詰まっているみたい。

少し緊張しているようだった。

「夏休み、海行くんだけどさ。」

海。

私とは縁のない言葉だった。

「もし予定空いてたら。」

さらに一呼吸。

「一緒にどうかなって。」

私は瞬きをする。

予想していなかった。

いや。

少しだけ期待していたかもしれない。

でも本当に誘われるとは思わなかった。

「それって。」

「うん。」

「私も?」

「そう。」

静かな図書室。

沈黙。

去年の私なら断っていた。

たぶん迷わず。

一人の方が楽だったから。

本を読んでいる方が好きだったから。

でも。

今は少し違う。

図書室は好きだ。

静かな時間も好きだ。

一人の時間も好きだ。

だけど、相沢くんが来る時間も。

嫌いじゃなかった。

「……考えとく。」

気付けばそう答えていた。

安心したのかいつもの相沢くんの表情に戻っていた。

「そっか。じゃ、返事待ってる。」

でも、どこか自信なさそうな声。

思わず笑いそうになった。

「うん。」

思ったより優しい声が出た。


挿絵(By みてみん)


窓の外を見る。

夏の空が広がっている。

去年と同じ空。

でも。

少しだけ違って見えた。

梅雨も終わり。


だから、少しだけ。

図書室の外へ出てみてもいいのかもしれない。

そう思った。

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