梅雨明けの転校生 〜相沢蓮〜
七月。
梅雨はまだ明けていない。
朝は雨だったのに、昼には青空が見える。
かと思えば、帰る頃にはまた雲が広がる。
そんな中途半端な季節だ。
俺は窓際の席からグラウンドを眺めていた。
雨上がりの土。
濡れたフェンス。
「相沢くん。」
振り返ると立花晴が立っていた。
「図書室行くん?」
「ん、まあたまには本もいいかな、なんて。」
「私も図書室行くところやった。」
「そっか、じゃ一緒に行くか。」
少し前なら考えられなかった。
立花さんと一緒に図書室へ行くなんて。
立花さんは変わった、と思う。
たぶん、あの放課後から。
嫌われたと思った。
俺だって、あの時の俺のことが嫌いだ。
でも何故かその後も普通に過ごせた。
彼女が気を遣ってるからなのか、どこか吹っ切れたのか。
はっきりは分からない。
ただ、ひとつだけ確実に言えること。
彼女は笑うことが増えた。
「立花さん、これ返す、ありがと。」
クラスの女子が数学のノートを差し出す姿。
「どういたしまして。」
自然なやり取り。
立花さんが誰かと仲良くしている。
何だろう、この感覚。
兄貴が妹の成長を見るような、そんな感覚に近いのかもしれない。
梅雨が明けたらしい。
眩しい日差し。
朝から溶けてしまいそうなアスファルト。
学校は駅から数分、なのに蒸発するかと思った。
ようやく教室に到着。
「ぐあぁー。」
「お前半分溶けてんじゃん。」
「太陽が強すぎて、力が出ない。」
「アソパソマンかよ。」
直の冷たいツッコミが引き金になったのか、
ようやく教室の冷房が本気を出してきた。
スロースターターな憎い奴め。
昼休み。
「そういや。」
机を叩いてアピール。
「あと三日で夏休みだぞ。」
「へー。」
「海行こうぜ。」
「なんでお前と海なんだよ、やだよ。」
相変わらずインドア派な直。
すると、隣から声がする。
「水着選ばんといけんね。」
その瞬間、目の前に直の顔。
おいおい近い近い!
「いつ行く?」
「お前行かないって言ってなかったっけ。」
「言ってねー。」
「言った。」
「言ってねー。」
「晴ちゃん目当てだな。」
「ちがう。」
「絶対そーだね。」
「ちがう。」
またもや隣からの声。
「うちが行くといけん?」
立花さんが首を傾げて尋ねる。
「立花さんが来なきゃ行かない。」
んん?
立花さんが、来ないなら、行かない。
直くん、それってつまり、
立花さんが行くから行くってことじゃねーか。
拍手、こりゃスタンディングオベーションものだわ。
こいつには敵わねーな。
「ここまであからさまだと逆に清々しいわ。」
直はここで終わらない。
「そういうお前はどうなんだよ。図書委員。」
図書委員、ってお前佐内さんの事今言うか?
「海だぞ。」
「だからなんだよ。」
「誘うチャンスだろ。」
「無理だって。」
「ダメ元で聞けよ。」
しばらく悩んだけど、まあやらないで後悔するよりはマシか。
「……わかったよ。誘う。」
ったく、何か流れが変わったし。
でこの二人は笑ってるし。
二対一は卑怯だぞ。
でも、少し前なら見れなかった光景だ。
立花さんの笑顔も、直の無邪気な笑い顔も。
俺は小さく息を吐いた。
やっぱり、この二人には笑っていてほしい。
……なんだよそれ。
保護者か俺は。
放課後。
図書室のカウンター。
本を整理していた佐内さんが顔を上げる。
「相沢くん?」
「えっと。」
これは思ったより緊張するな。
俺は咳払いを一つした。
「夏休み、海行くんだけどさ。」
「うん。」
「もし予定空いてたら、一緒にどうかなって。」
言った。
言ってしまった。
数秒の沈黙。
佐内さんはぱちぱちと瞬きをする。
それから少しだけ目を細めた。
「それって。」
「うん。」
「私も?」
「そう。」
また沈黙。
終わったかもしれない。
そう思った瞬間。
「……考えとく。」
小さな返事。
だけど、完全な拒否じゃなかった。
俺は思わず肩の力を抜く。
「そっか。じゃ、返事待ってる。」
「うん。」
窓の外では夏の光が少しずつ強くなっていた。
季節が変わろうとしている。
俺たちも変わろうとしている。




