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雨の日の転校生

六月。

梅雨。

朝から空が落ちてきそうな曇り空。

俺はぼんやり外を眺めていた。

灰色の空。

でもこの季節は嫌いじゃない。

絵を描く人間にとって、曇りの日は面白い。

晴れの日にはない色がある。

「うーっす。」

後ろから声がした。

相沢蓮だった。

「眠そうだな。」

「太陽がないと力が出ない。」

「アソパソマンかよ。」

蓮は俺の机に肘をついた。

「なぁ直。」

「ん?」

「雲って何色?」

思わず吹き出した。

「お前もかよ。」

「いや、最近うつった。」

「何が。」

「立花病。」

「うちがどうかしたと?」

聞き覚えのある声。

振り向くと立花晴が立っていた。

「お、おはようございます、立花さん。」

「おはよう、直くん。」

蓮のことは綺麗に無視だ。

「おはよう。」

とりあえず不機嫌ではないみたいで安心した。

「今日の空は何色?」

蓮が机に突っ伏した。

「ほらきた。」

「うるさい。」

晴は不思議そうに首を傾げる。

「変なこと聞いた?」

「変じゃないよ。」

俺は窓の外を見る。

灰色、でも。

「少し青みがかった錫色、かな。」

晴は外を見た。

じっと。

そして小さく頷いた。

「うちもそう思う。」

蓮が頭を抱えた。

「分からん。」


放課後。

サッカー部の練習は雨で中止になった。

昇降口は珍しく帰宅する運動部で埋め尽くされている。

そんな中、蓮は立ち尽くしていた。

「終わった。」

「何がだよ。」

部活仲間が聞く。

「傘忘れた。」

「バカだろ。」

「知ってる。」

笑いながら友達は帰っていった。

残された蓮は外を見て、数十秒後に覚悟を決めた。

その時だった。

「これ。」

振り返ると知らない女子。

いや、見たことはある、確か図書委員の。

こういう時に限って名前が出てこない。

「はい。」

「え?」

差し出されたのは傘だった。

「貸し傘。」

「いやでも。」

「使わないなら返して。」

「使う使う!」

女子は小さく頷く。

「返却期限、明日。」

「了解。」

「じゃあ。」

それだけ言って去っていった。

蓮はしばらくその背中を見ていた。

「なんなんだよ。」


挿絵(By みてみん)


翌日、昼休み。

俺と蓮は購買へ向かっていた。

廊下を歩いていると窓際に一人の女子。

静かな横顔。

「相沢くん。」

「ん?」

「傘。」

数秒。

蓮が何やら思い出したようだ。

「あ。」

「ごめん!」

「靴紐結んだ時。」

「たぶん。」

「置いてきた。」

焦り過ぎてロボットみたいになってやがる。

女子は深いため息をつく。

「昨日約束したよね。」

「ごめんなさい。」

「貸し傘だから。」

「ごめんなさい。」

「明日。」

「はい。」

女子はそれだけ言って本へ視線を戻した。

会話終了。

蓮は肩を落とす。

俺は必死に笑いをこらえた。

「怒られてるじゃん。」

「優しいと思ったんだけど。」

「優しいだろ。」

「厳しくね?」

「お前が悪い。」

「ごもっとも。」


放課後。

たまたまサッカーの前に忘れ物を取りに来ただけだった。

五分もかからない、そう思っていた。

教室、静かな空間。

蓮は自分の席から見える立花晴の机に目が行った。

一冊のノートが机に置いてあった。

立花さんがいつも持ち歩いているノート。

悪いと思いながらも、ページを少し開いてみる。

そこに書かれていた言葉が見えた。


友達

笑顔

楽しい

放課後

日比野直


蓮の指が止まる。

なんだこれ。

日記?

違う、日記じゃない。

ページをめくる。


好き

嬉しい

美術室

日比野直


え、何これ。

次のページは?


嬉しい


メモのように見えた。

何かを忘れないための、そんな書き方。

その時だった。

「相沢くん。」

蓮が顔を上げる。

教室の入り口。

立花晴が立っていた。

静かな表情。

蓮の手にしているノートを見ている。

少しの沈黙の後、

「返して。」

初めて聞く声だった。

大きくもない、強くもない。

でも芯のあるはっきりした声。

蓮は反射的にノートを閉じた。

「ごめん。」

晴は近づいてきてノートを受け取り、胸元に抱えるように持った。

そして先程とは違う寂しげな声で返事をした。

「……ごめんなさい。」

蓮も謝りたかったが、何も言えなかった。

立花晴が教室から出ていくのを、ただただ見つめていた。


挿絵(By みてみん)


昇降口。

偶然、蓮と下校時間が一緒になった。

「なぁ。」

「ん?」

「立花さんってさ。」

「ん?」

少し間を開けて蓮が続ける。

「変だよな。」

「今さら?」

「いや。」

蓮は続く言葉を見つけられずにいた。

結局、首を振る。

「なんでもない。」


雨が降りそうな湿った匂いの帰り道。

「なんなんだよ。」

その言葉が誰に向けたものだったのか。

蓮自身にも分からなかった。

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