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2/12

美術室の転校生

五月の風は気持ちがいい。

窓から入る風にページがめくれそうになり、

俺は画集を押さえた。


昼休み。

教室は相変わらず騒がしい。

俺は相変わらず画集を見ている。

変わったことがあるとすれば。

「日比野くん。」

隣に転校生がいることくらいだった。

「何見とるん?」

立花晴が机に身を乗り出してくる。

栗色の髪がふわりと揺れた。

「画集。」

「また?」

「また。」

「好きなん?」

「好き。」

「なんで?」

俺は少し考える。理由なんてない。

でも聞かれると考えてしまう。

「見てると落ち着く。」

「ふーん。」

立花晴は画集を覗き込んだ。

しばらく沈黙。

そして。

「分からん。」

「だろうな。」

「この絵、何がすごいと?」

指差したのは風景画だった。

有名な作品だ。

確かに知らない人から見れば普通かもしれない。

「色かな。」

「色?」

「ほら。」

俺は画集を少し晴の方へ向ける。

「空って一般的には青色なんだけど。」

「うん。」

「でもこの人は紫とか黄色も混ぜてる。」

立花晴はじっと見つめた。

まるで分析するみたいに。

「本当や。」

「だろ?」

「でも空は青やん。」

「そうなんだけど。」

俺は少し笑った。

「人が見てる景色ってさ、案外そのままじゃないんだよ。」

「ん?」

「嬉しい時と落ち込んでる時で同じ空見ても違って見える。」

窓の外を見る、青空に雲がゆっくり流れている。

「違って見えるん?」

「たぶん。」

「日比野くんは?」

「ん?」

「今はどんな色?」

不意打ちだった。

俺は空を見て少し考える。

「ほのかに紅を纏った淡群青、かな。」

「ふーん。」

立花晴はもう一度空を眺めた。


その時だった。

「おーい直!」

教室の後ろから蓮が現れる。

「サボってないで飯食うぞ。」

「授業じゃないんだからサボりも何もないだろ。」

「細かい。」

蓮は晴を見ると一瞬だけ姿勢を正した。

分かりやすい奴め。

「立花さん。」

「ん?」

「俺、相沢蓮。」

「知っとるよ。」

「マジ?」

「自己紹介しとったやん。」

「覚えてくれてた。」

顔が緩みに緩んで、本当に単純なやつだ。

立花晴は少し首を傾げた。

「忘れるもんなん?」

「いや普通は忘れない。」

「よかった。」

「立花さん。」

「ん?」

「好きな食べ物とかある?」

「あるよ。」

「お。」

「カレー。」

「おぉ。」

「唐揚げ。」

「いいね。」

「オムライス。」

「最高。」

蓮は満足そうに頷いた。

立花晴も満足そうだった。

まるで質問に正しく答えられたみたいな顔をしていた。


放課後、美術室。

部活ではない。

たまに教室を借りて絵を描いている。

遠くから野球部の声が開けた窓を越えて入ってくる。

静かな教室に、キャンバスが一枚。

鉛筆を走らせ、白い紙の上に線が生まれる。

誰にも邪魔されない心地の良い時間。

「ここにおった。」

立花晴だった。

「びっくりした。」

「ごめん。」

全然悪そうじゃない素振りで顔の前で両手を合わせる。

「何しとるん?」

「絵。」

「見たら分かるっちゃけど。」

「だろ。」

立花晴が俺の隣へ来る。

描きかけの風景画を見つめた。

しばらく無言。

普通なら気まずくなるくらいの時間。

「見てて面白い?」

「面白い。」

「どこが?」

「分からん。」

「分からんのかい。」

「でも。」

立花晴は言葉を探してから、

「なんか好きかもしれん。」

俺は少し驚いた。

好き。

昨日まで恋の意味も分からなかった転校生が。

もちろん絵の話だ。

それでも。

何か嬉しかった。


その日の夜。

立花晴はノートを開く。

新しいページ言葉を書く。

好き

嬉しい

美術室

そして、また書き加える。

日比野直


その名前を見つめる。

理由は分からない。

でも、

なぜか消したくなかった。


晴は昼間の会話を思い出す。

嬉しい時と落ち込んでる時で、

同じ空でも違って見える。

静かに空を見る。

そして小さく呟いた。

「うちには。」

「どう見えとるんやろ。」


その色の名前をまだ彼女は知らない。


挿絵(By みてみん)


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