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隣の席の転校生

春。

高校二年になって一週間。

クラス替え直後のぎこちなさも少しずつ消え、

教室はいつもの賑やかさを取り戻し始めていた。

後ろの席では最近流行りのスマホゲームの話。

窓際では女子たちのおしゃべり。

放課後どこの店へ行くかで盛り上がる声。

そんな何気ない日常。


俺、日比野直(ひびのすなお)は、

ぼんやりと画集を眺めていた。

有名な印象派画家の特集。

絵を見るのは好きだった。

理由なんてない。

ただ好きだから好き、それだけだ。


「おい直。」

後ろから椅子を軽く蹴られる。

振り向くと相沢蓮(あいざわれん)

サッカー部、イケメン、うるさい。

残念ながら親友だ。

「何見てんの?」

「画集。」

「朝から?」

「朝だから。」

「意味分からん。」

「お前に芸術は早い。」

「なんか腹立つな。」


学習支援AI制度が導入されて10年、

全国の高校で活用が進み―

隣の席では優等生達がこの国を案じた会話。

「またAI特集かよ。」

「まぁ10年の節目だからな」

「そういえば小学校にもいたわ、学習支援AI。」

「マジか?」

「マジ。」

「会話は敬語、俺は挨拶しかしなかった。」

「学習支援してもらわなかったのかよ。」

「敬語だぜ?とっつきにくいよ。」

「まあな。」

「あー、テスト代わりに受けてくれんかな。」

「蓮はまず真面目に授業受けろ。」


そんなやり取りをしていると、

担任が教室へ入ってきた。

「ホームルーム始めるぞ。」

教室が静かになる。

そして先生が出席簿を開けた。

「その前に転校生を紹介する。」

ざわつく教室。

蓮が小声で呟く。

「美人来い。」

「最低だな。」

「男なら思うだろ。」

「まぁ否定はせん。」

「素直か。」

ガラッ。

教室の扉が開いた。

そして、一人の少女が入ってきた。

長い栗色の髪。

透き通るような白い肌。

柔らかな雰囲気をまとった女の子。

教室が静まり返る。

たぶん全員、同じことを思った。


かわいい。


先生が言う。

「自己紹介を。」

少女は小さく頭を下げた。

そして顔を上げる。

「初めまして。」

澄んだ声だった。

不思議と耳に残る。

立花晴(たちばなはる)です。」

「よろしくお願いします。」

その瞬間、男子の何人かが恋に落ちた。

と思う、たぶん。

蓮も落ちた、絶対。

「やば。」

「うるさい。」

「やば。」

「うるさい。」

「やば。」

「三回も言うな。」


先生が教室を見渡した。

「席はー、」

嫌な予感がした。

こういう時の予感は当たる。

先生の指がこちらを向く。

「日比野の隣だな。」

男子たちの視線が痛い。

めちゃくちゃ痛い。

蓮なんかもう殺意がある。

「直。」

「なんだよ。」

「絶交な。」

「理不尽だろ。」

教室に小さな笑いが起きる。

そんな中、

立花晴はゆっくりとこちらへ歩いてきた。

窓際、俺の隣の席。

彼女は椅子を引き、

こちらを向いた。

「よろしくね。」

花が咲くみたいな笑顔だった。

「ああ。」

それが立花晴との最初の会話だった。


昼休み、

「直。」

「ん?」

「パン買い行こうぜ。」

蓮に引っ張られ、

購買へ向かおうとした時だった。

「日比野くん。」

呼び止められる。

立花晴だった。

教室中の視線が集まる。

嫌な予感しかしない。

「ちょっと聞いてよか?」

「何?」

聞き慣れない博多弁のせいではない。

真っ直ぐな彼女の目に言葉が続かなかった。

「ねぇ、恋って何なん?」

教室が静まり返る。

蓮が固まる。

女子も固まる。

俺も固まる。

「いや急に何?」

「知りたくて。」

「なんで?」

「分からんけん。」

立花晴は首を傾げる。

「本読んでも分からんし。」

「映画観ても分からんし。」

「みんな当たり前みたいに話すやん?」

「でも。」

「うち、よく分からんと。」

冗談を言っているようには見えなかった。

俺にだって分かるわけない。

でもこの質問は、

適当にはぐらかすのは何か違うと思った。

「じゃあさ。」

「まず友達になろうよ。」

この答えはマズったか。

「え?」

「い、いやぁ恋より先に友達だろ?」

強引だったか。

数秒の沈黙。

そして立花晴は微笑んだ。

「そやね。」


その日の放課後、誰もいない教室、

夕日が差し込む窓際、

立花晴はノートを開いていた。

友達

笑顔

楽しい

放課後

そして、新しい言葉を書き加える。

日比野直

その名前を見つめる。

理由は分からない。

でも、

なぜか消したくなかった。


「……不思議やね。」

「日比野くんと話すと、なんか嬉しか。」


その感情の名前を彼女はまだ知らない。

挿絵(By みてみん)

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