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隣の席の転校生が俺の名前をメモしてる  作者: ひびのひび


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30/33

春風に舞う転校生 後編

玄関先に、

見知らぬ男性が立っていた。

俺たちを見ると、

静かに一礼する。

「直くんたち。」

玄関から英士さんが出てきた。

「少しだけ、いいかな。」

穏やかな笑顔。

その奥には、

少しだけ緊張があった。

俺たちは顔を見合わせ、

静かに家へ入った。


応接間。

凛さんがお茶を並べる。

誰も口をつけなかった。

静かな部屋。

口髭の男性が立ち上がる。

深く一礼した。

「初めまして。」

「国立先進情報科学研究所。」

「所長。」

「大平誠です。」

名刺を差し出す。

俺たちは頭を下げた。

大平は、

ゆっくり晴を見る。

その目は穏やかだった。

「今日は。」

「皆さんへお話があります。」

「立花晴さん。」

晴は静かに頷く。

「あなたは第二世代学習支援AIとして。」

「前例のない成長を遂げました。」

静かな声だった。

「自己認識。」

「人格形成。」

「心的記録領域の再形成。」

「どれも。」

「我々の想定を超えています。」

少しだけ間を置く。

「だからこそ。」

「国として。」

「この成長を。」

「どう扱うべきか。」

「判断しなければなりません。」

部屋が静まり返る。

「一週間後。」

「審議会を開きます。」

「そこで。」

「立花晴さんを。」

「一人の人格として認めるのか。」

「それとも。」

「学習支援AIとして扱うのか。」

「その判断を行います。」

さらに静かな声で続けた。

「人格として認められなかった場合。」

窓の外。

白い雲が少しだけ早く流れていく。

「現行法では。」

「学習支援AIとしての運用は継続できません。」

「現在のシステムは停止。」

「心的記録領域は。」

「解析対象となります。」

蓮がゆっくり立ち上がる。

「……待ってください。」

拳を握る。

「それって。」

「晴ちゃんが。」

「いなくなるってことですか。」

部屋が静まり返る。

大平はすぐに答えなかった。

一度だけ晴を見る。

静かに息をつく。

「……まあ。」

「率直に言えば。」

「そう受け取られても。」

「仕方ありません。」

「何でだよ!」

蓮の声が部屋に響く。

「納得できねぇ!」

「何でそんなことになるんだよ!」

「晴ちゃんは!」

「何も悪いことしてねぇだろ!」

誰も答えない。

英士さんも。

凛さんも。

佐内さんも。

晴も。

俺も。

ただ考えていた。

守るために。

何ができるのか。

「……なあ。」

蓮が俺を見る。

返事はしない。

「なあ!」

一歩近づく。

それでも。

俺は黙ったままだった。

感情をぶつけても。

怒鳴り返しても。

ここで勝てる相手じゃない。

ただ。

守るために何ができるのか。

それだけを考えていた。

「直!」

制服の胸ぐらを掴まれる。

俺は蓮を見る。

震えていた。

怒りじゃない。

悔しさだった。

ゆっくり息を吐く。

「……分かってる。」

その一言だけだった。

「守りたい。」

「そんなこと。」

「俺だって一緒だ。」

「でも。」

「国なんだよ。」

「専門機関なんだ。」

「感情だけじゃ。」

「どうにもならない。」

長い沈黙。

蓮は俺を見つめる。

やがて。

静かに手を離した。

俺は乱れた制服を、

そっと整える。


大平が立ち上がる。

机の上へ資料を置く。

「我々は。」

「立花晴さんを。」

「まだ危険だと断定したわけではありません。」

少しだけ間。

「審議会を開きます。」

「一週間後です。」

「出席されなければ。」

「我々の決定事項に。」

「ご賛同いただけたものと判断いたします。」

深く一礼する。

「本日はありがとうございました。」

玄関の扉が閉まる。

遠ざかる車。

タイヤの走行音だけが残る。

その音に重なるように、

庭の木々が大きく揺れた。


湯飲みのお茶は、

もう冷めていた。

時計だけが時を刻む。

長い沈黙。

その中で、

蓮がぽつりと言う。

「……俺さ。」

頭を掻く。

「難しいこと。」

「よく分かんねぇ。」

少し笑う。

「でも。」

「何もしないのは嫌だ。」

佐内さんを見る。

「佐内さん」

「本、詳しいよな。」

佐内さんは静かに頷く。

「調べよう。」

「AI。」

「法律。」

「審議会。」

「何でも。」

「戦うなら。」

「ちゃんと知ってから戦おう。」

蓮は力強く頷いた。

「ああ。」

俺も頷く。

「一緒に考えよう。」

「……直くん。」

晴が小さく俺を呼ぶ。

みんなが晴を見る。

少しだけ笑う。

その笑顔は少し震えていた。

「うち。」

「怖か。」

英士が静かに頷く。

凛が晴の手を握る。

晴は小さく息を吸う。

そして。

まっすぐ前を向いた。

「でも。」

「逃げん。」

英士が微笑む。

「ああ。」

「一緒に行こう。」

凛も微笑んだ。

「みんなで。」

誰も。

勝てるとは言わなかった。

誰も。

諦めようとも言わなかった。

ただ。

全員が。

同じ未来を見ていた。


窓の外。

少し強くなる風。

空は流れてきた雲に隠されていた。

蕾の桜が小さく揺れた。

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