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隣の席の転校生が俺の名前をメモしてる  作者: ひびのひび


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冬空の下の転校生 後編

公園のベンチ。

温かい缶コーヒーから白い湯気が立ちのぼる。

誰もしばらく口を開かなかった。

「立花病。」

蓮がぽつりと言った。

「なにそれ。」

佐内さんが呆れたように笑う。

「いやさ。」

「転校してきた頃。」

「毎日のように直へ聞いてたじゃん。」

『今日の空は何色?』

「だから立花病。」

「だからって病はないでしょ。」

佐内さんがじっと睨む。

「……すみませんでした。」

蓮は素直に頭を下げた。

三人で少し笑う。

夕暮れの空は静かだった。

海で見た夕焼けを思い出す。

その時だった。

「あ。」

蓮が顔を上げる。

「日記。」

「え?」

「いや。」

「日記っていうより。」

「メモ?」

「ノート。」

蓮は缶コーヒーを見つめたまま続ける。

「放課後。」

「教室行ったことあったんだ。」

「晴ちゃん。」

「ノート忘れてて。」

「悪気はなかったんだよ。」

「忘れてると思って。」

「開いたら。」

「開いたら?」

佐内さんが睨む。

「……直の名前。」

「何ページも。」

「日比野直。」

俺は何も言えなかった。

「そしたらさ。」

「晴ちゃんが立ってて。」

「謝ろうと思ったら。」

「先に、ごめんって。」

「俺。」

「謝りそびれちゃってさ。」

ノート。

その一言で。

俺の中の何かが繋がった。

そうだ。

晴はいつも持っていた。

何を書いているのかなんて気にしたこともなかった。

でも、今なら分かる。

AIにノートなんて必要ない。

それでも書いていた。

それは、晴が晴だった証なのかもしれない。

「ノート。」

俺は顔を上げた。

「英士さんが持ってるはずなんだ。」

文化祭の日。

確かに言っていた。

研究所には渡していないと。

三人は顔を見合わせた。

夕日が少しだけ春の色をしていた。


次の日。

放課後。

立花家。

英士さんは俺たちを見ると、

「……ノートのことだね。」

何も聞かずにそう答えた。

静かに立ち上がる。

棚の一番奥。

大切そうにしまわれたファイル。

その中から、

一冊のノートを取り出した。

「研究所には渡していないんだ。」

「これは。」

少しだけ微笑む。

「晴が生きた証だからね。」

俺は静かに受け取った。

ページをめくる。


今日の空

淡い青

曇り空

夕焼け

緑色

短い言葉。

整った文字。

どのページにも、晴がいた。

ページをめくる。

また。

めくる。

そして。

俺の手が止まった。


日比野直


一度。

二度。

三度。

同じ名前。

何度も。

何度も。

胸が熱くなる。

どうしてこんなにも、

俺の名前を……


その時だった。

ページの間から、

小さな何かが滑り落ちた。


カラン。


静かな部屋に。

乾いた音が響く。

床に転がったのは、

夏祭りで渡したおもちゃの指輪だった。

俺より先に、

晴がしゃがみ込む。

そっと拾い上げる。

ゆっくり左手の薬指へ通す。


その瞬間だった。


晴の肩が小さく震えた。

「……晴?」

返事はない。

ただ。

涙が一粒。

頬を伝う。

もう一粒。

そして。

ぽろぽろと零れ始めた。

何が起きているのか、

分からなかった。

晴は泣いていた。

悲しい涙じゃない。

何かを、

やっと見つけたような涙。

晴がゆっくり顔を上げる。

潤んだ瞳。

俺を見る。

唇が小さく震えた。

「……直くん。」

時間が止まった。

夏祭りの日以来。

初めて。

目を見て呼んでくれた俺の名前。

何も言えなかった。

言葉なんて。

一つも見つからなかった。

ただ、そっと。

晴を抱きしめた。

細い肩が少しだけ震えていた。

それでもその震えは、

少しずつ。

少しずつ。

穏やかになっていった。


夜。

研究所。

静かな制御室。

突然、警告音が鳴り響く。

「……心的記録領域。」

研究員が画面を見る。

「再形成を確認。」

部屋がざわつく。

「初期化後ですよ。」

「あり得ません。」

責任者は静かに言う。

「立花主任へ。」

「連絡してください。」


その夜。

立花家。

電話が鳴る。

英士が受話器を取る。

「立花主任。」

「HAL-2029-A2。」

「心的記録領域の再形成を確認しました。」

「初期化後です。」

「まさか、記憶が戻るなんてことは……。」

少しだけ沈黙。

英士は窓の外を見る。

静かな冬の夜空。

小さく微笑んだ。

「違います。」

受話器の向こうが静まり返る。

英士は静かに続けた。

「それは記憶じゃありません。」

一拍置く。

「成長です。」

受話器の向こうから返事はなかった。

冬の夜空に浮かぶ星だけが静かに輝いていた。

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