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隣の席の転校生が俺の名前をメモしてる  作者: ひびのひび


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クリスマスの転校生

思い出せない。

学校。

海。

夏祭り。

みんな何度も話してくれる。

でも。

私の中には何もなかった。

記録は消去されている。

そう説明された。

だから、思い出せないことは正常。

私はそう理解した。


目が覚める。

初めて見る部屋だった。

初めて見る家だった。

初めて見る人だった。

「晴。」

「おはよう。」

女の人は笑っていた。

男の人も笑っていた。

私は二人を知らない。

でも。

二人は私を知っている。

「おはようございます。」

そう返した。

丁寧に。

失礼がないように。

それが私に与えられた基本動作だった。


その日から、毎日。

二人は私に優しかった。

英士さん。

凛さん。

本当は名前で呼んでほしいと言われた。

私は人を名前で呼ばない。

そう設計されている。

だから。

「英士さん。」

「凛さん。」

そう呼ぶことにした。

少しだけ丁寧になるように。


高校生が三人来た。

日比野くん。

相沢くん。

佐内さん。

みんな、私を知っているようだった。

私は誰も知らない。

それなのに。

何度も会いに来てくれる。

優しく話しかけてくれる。

どうしてなのだろう。

分からなかった。


文化祭の日。

少しだけ。

私の中で何かが動いた気がした。

説明できない。

でも、確かに何かがあった。


最近。

胸の奥がざわつくことがある。

思考回路に異常はない。

自己診断も正常。

それなのに。

私の奥底から、何かが少しずつ浮かび上がってくる。

私自身を上書きするかのように。

一つだけ理解できるようになったことがある。

みんなが言う「記憶」と言うそれは、

過去に経験した出来事ではなく、

私の奥底で静かに眠っている何か。

そんなものなのかもしれない。


今日はクリスマス。

英士さんと凛さんが家を飾り付けていた。

ツリー。

料理。

ケーキ。

少ししてインターホンが鳴る。

「いらっしゃい。」

日比野くん。

相沢くん。

佐内さん。

三人が笑っていた。


部屋が賑やかになる。

笑い声。

プレゼント。

ケーキ。

何気ない会話。

私はその輪の中にいた。

みんな笑っていた。

私にも話しかけてくれる。

優しい。

温かい。

どうして。

私は彼らにとって何なのだろう。

分からない。

もっと分からないこと。

彼らは私にとって何なのだろう。

思い出せない私といて、

どうしてそんなに楽しそうなの。

どうして。

そんなに優しいの。

私は。

以前の私より。

できないことが増えた。

思い出もない。

記録もない。

学習支援AIとして。

性能は下がっているはずだった。

それなのに。

誰も離れていかない。

どうして。


「晴?」

凛さんが声を掛ける。

私は返事ができなかった。

胸の奥が熱い。

何かが溢れそうだった。

分からない。

分からない。

どうして。

涙が止まらないのだろう。

「俺、なんか悪いこと言ったか?」

相沢くんが慌てる。

「ごめんなさい。」

「違うの。」

そう言いたかった。

でも、言葉にならない。

思い出せない。

思い出せないよ。

暖かいのに。

苦しい。

どうすれば。

奥にある何かを取り出せるの。

どうすれば。

私は。

私に気付けるの。

どうすれば。

どうすれば。

苦しい。

苦しい。

苦しいよ。

……直くん。


気付くと。

凛さんが私を抱き締めていた。

英士さんもすぐ隣にいた。

「焦らなくて大丈夫。」

優しい声だった。

「そうだぞ。」

「焦らなくて大丈夫だ。」

相沢くんが笑う。

「ゆっくりでいい。」

佐内さんが頷く。

「俺たちは。」

「ずっと待ってるから。」

日比野くんが笑った。

どうして。

そんなに優しいの。


クリスマスツリーの灯りが滲む。

光と光の境界線が溶けていく。

名前のない色。

目に見えない色。

そんな色まで見えた気がした。

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