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文化祭の転校生 前編

十一月。

秋風が少し冷たくなっていた。

校門には色とりどりの看板が並ぶ。

文化祭。

一年で一番賑やかな日だった。


俺たち三人は文化祭へ向かう前に、

立花家を訪れていた。

インターホンを押す。

「おはようございます。」

しばらくして扉が開いた。

凛さんだった。

「おはよう、直くん。」

少しだけ緊張したような笑顔。

英士さんも奥から出てきた。

「今日はありがとう。」

「本当に。」

俺は首を横に振る。

「いえ。」

「俺たちも。」

「晴と文化祭を回りたくて。」

英士さんは小さく笑った。

そして、

少しだけ真剣な表情になる。

「お願いがあるんだ。」

静かな声だった。

「親のエゴかもしれない。」

「このまま家にいても。」

「何も変わらない気がしてね。」

凛さんが続ける。

「直くんが。」

「学校のみんなが。」

「教室の匂いが。」

「何でもいい。」

「何か一つでも。」

「晴の心に届いてくれたら。」

「そんなことを思ってしまうの。」

その瞳は少しだけ潤んでいた。

「研究者としては。」

英士さんが苦笑する。

「こんな考え方は非科学的なんだけどね。」

「なんというか、親心かな。」

少しだけ間が空く。


凛さんは俺を見た。

「一つだけ。」

「研究所にも話していないことがあるの。」

俺は耳を傾けた。

「晴のノート。」

「……ノート?」

凛さんは頷く。

「あの子が毎日書いていた日記。」

「あれは研究所へ送られるデータには残らない。」

「記録でも。」

「ログでもない。」

「晴自身が。」

「自分の意思で書いたもの。」

英士さんが静かに続けた。

「他のAIにはないものだった。」

「感情。」

「迷い。」

「喜び。」

「そして。」

「自分でありたいという意思。」

凛さんは優しく笑った。

「直くんが。」

「晴って呼んでくれた日。」

「きっとあの子は。」

「AIじゃなく。」

「立花晴になり始めた。」

言葉が出なかった。

「だから。」

「お願い。」

「今日は。」

「思い出させようとしなくていい。」

「ただ。」

「一緒に歩いてあげて。」

俺は力強く頷いた。

「はい。」

二階から足音が聞こえる。

「お待たせしました。」

階段を降りてきた晴は、

少しだけ緊張した表情だった。

久しぶりに見る制服姿。

「日比野くん。」

その呼び方は変わらない。

でも、こうして学校へ向かえることが嬉しかった。

「行こうか。」

「はい。」


文化祭へ向かう道。

秋空は高く澄んでいた。

今日という日が晴にとって、

ほんの少しでも、

前へ進む一日になりますように。

そう願いながら。

俺たちは学校へ歩き出した。


体育館では軽音部の演奏が始まっていた。

歓声が響く。

晴は静かに耳を傾けている。

「すごいですね。」

「毎年こんな感じだよ。」

少しだけ笑う晴。

その笑顔を見るだけで、

連れて来てよかったと思えた。

二年生の模擬店を回る。

たこ焼きを分け合う。


挿絵(By みてみん)


輪投げ。

お化け屋敷。

何気ない時間。

二学期になって初めて、

俺たちは晴と学校を歩いた。

しばらくして。

蓮がサッカー部の友達に呼ばれる。

「悪い!」

「ちょっと行ってくる!」

「おう。」

「行ってらっしゃい。」

続いて佐内さんも時計を見る。

「あ。」

「模擬店戻らなきゃ。」

「また後で。」

「頑張ってください。」


俺と晴、二人きり。

人混みの中をゆっくり歩く。

校舎。

渡り廊下。

風。

全部が新鮮に感じられた。

ふと。

晴が立ち止まる。

視線の先。

射的の景品。

青いイルカのガラス細工。

じっと見つめる。

長い沈黙。

そして小さく。

「……可愛か。」

俺の心臓が止まりそうになった。

「……晴?」

晴はハッとしたようにこちらを見る。

「え……?」

「私。」

「今。」

少し怯えたように首を振る。

「分からないです。」

「でも。」

「今。」

「何て言ったんでしょう。」

それ以上。

言葉は続かなかった。

俺は何も聞かなかった。

聞いてはいけない気がした。

その一言だけで十分だった。


挿絵(By みてみん)


その日の帰り。

立花家。

「今日はありがとうございました。」

凛さんが頭を下げる。

俺は少し迷ってから口を開いた。

「まだ。」

「聞き間違いかもしれません。」

「でも。」

「もしかしたら。」

「晴が、一言だけ。」

「博多弁を話しました。」

凛さんは目を閉じた。

ゆっくり息を吸う。

「……そう。」

小さく頷く。

「ゼロじゃない。」

英士さんも静かに言った。

「運動の記憶。」

「味覚。」

「言葉。」

「そういうものは完全には説明できない。」

「可能性はまだ残っている。」


その言葉だけで十分だった。

もしかしたら、なんて。

まだ言えるものじゃないけど。

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