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20/21

隣の席の転校生2 立花夫妻と晴5

高校生活は思っていたより楽しそうだった。

それは。

晴を見ていれば分かった。

夕食の時間。

休日の朝。

学校から帰ってきた後。

話題が増えた。


「今日はどうやった?」

凛が聞く。

晴は少し考える。

「相沢くんがうるさかった。」

英士が吹き出す。

「相沢くんか。」

「うん。」

「今日も元気やった。」

少しだけ笑う。

その表情を見るたび。

二人も笑った。

学校が楽しい。

それだけで十分だった。


その日の夜。

晴はノートを開く。


日比野直

空を見る

絵を描く

雨は紫


そして閉じる。


翌朝。

机の上。

開いたままのノート。

英士が何気なく見る。


日比野直

日比野直

日比野直


凛も覗く。

数秒。

英士が言った。

「重症だな。」

凛が笑う。

「重症やね。」

でも。

二人とも嬉しかった。

学校が楽しい。

友達ができた。

それが分かるから。


その日の夕方。

電話が鳴った。

研究所だった。

英士が出る。

数分後。

ため息。

「またか。」

凛が聞く。

「今度は?」

英士は苦笑した。

「特定人物への注目率上昇。」

凛は吹き出した。

「直くんやろ。」

「直くんだな。」

研究所は深刻だった。

でも。

二人には分かる。

友達だ。

ただそれだけだった。

季節は流れる。

海の日の夜。

晴は楽しそうだった。

帰宅してからも、ずっと。

どこか嬉しそうだった。


ノート。


直くん

笑った

楽しかった


英士が覗く。

「もう隠す気ないな。」

凛が笑う。

「ないね。」

英士も笑った。

少し前まで。

友達もいなかった。

それが今は違う。

海へ行った話。

相沢くんの話。

直くんの話。

楽しそうに話す。

それだけで十分だった。

ただその一方で。

研究所からの連絡は増えていた。


感情変動率上昇。

予測不能行動。

同一人物への注目率上昇。

データ異常。

故障モード。


その言葉を聞くたび。

凛は眉をひそめた。

「故障やなか。」

「成長や。」

英士も頷く。

「俺もそう思う。」

窓の外を見る。


友達と笑う。

誰かを気にする。

それは故障ではない。

人間なら当たり前のことだった。


夏祭りの日。

帰宅した後。

晴は落ち着かなかった。

英士は先に寝ていた。

キッチン。

凛がコップを洗っている。

自室から出てきた晴は、

しばらく黙って立っていた。

「どうしたと?」

凛が聞く。

晴は少し迷う。

そして。

「凛。」

「ん?」

「直くんとおると。」

「うん。」

「胸の辺りが熱くなる。」

凛の手が止まる。

「海の時も。」

「うん。」

「花火を見よった時も。」

「うん。」

「今も。」

静かなキッチン。

蛇口の水の音だけが聞こえる。

晴は続けた。

「苦しかわけやなか。」

「でも落ち着かん。」

「嬉しか。」

「でも変な感じ。」

少し考える。

「これ。」

「故障やろか。」

凛は吹き出した。

「故障やなかよ。」

晴は首を傾げる。

「違うと?」

凛はしばらく晴の顔を見つめた。


七年前。

言葉も知らなかった。

恋なんて。

もっと知らなかった。

その子が今。

恋の相談をしている。

凛は嬉しくて仕方なかった。


「晴。」

「ん?」

「それ。」

少し笑う。

「恋やね。」

晴は瞬きをした。

数秒。

「これが。」

「恋?」

「そう。」

「恋。」

晴は胸の辺りに手を当てた。

まだ少し熱かった。

「恋。」

小さく呟く。

そして。

少しだけ笑った。

「そうなんや。」

凛も笑った。

「そうなんよ。」


その夜。

ノートを開く。


直くん

胸が熱い

これが恋


翌週。

研究所から電話が来た。

今までとは違った。

英士の表情が変わる。

「どうしたと?」

凛が聞く。

英士は少し黙った。

そして。

「データ転送を止めるらしい。」

空気が止まる。

感情成長データ。

学習データ。

全て。

凍結。

理由は一つ。

心の形成。

研究所は危険視し始めていた。


数日後。

正式な呼び出し。

研究所。

大きな会議室。

部屋には責任者だけではなかった。

プロジェクト上層部。

関係省庁。

監査委員。

長机を囲む大人たち。

英士は悟った。

これは報告じゃない。

決定事項だ。


会議が始まる。

スクリーンにはデータ。

感情変動率。

教育支援精度。

行動予測誤差。

そして。

心の形成。


責任者が言う。

「心の形成は確認されました。」

英士は頷く。

凛も頷く。

そこに異論はない。

だが、次の言葉が違った。

「問題は。」

「それが教育支援AIにとって有益かどうかです。」

静かだった。

責任者は続ける。

「現時点で。」

「心の形成による性能向上は確認されていません。」

教育支援精度は低下。

判断の揺らぎは増加。

行動予測は困難化。

数字だけを見るなら結果は明らかだった。

凛が口を開く。

「でも。」

「晴は成長しています。」

「友達もできた。」

「人を好きにもなった。」

責任者は頷く。

「ですが。」

「それが教育支援AIにとって有益である根拠はありますか。」

凛は言葉を失った。

英士も黙る。

反論はできる。

でも、証明はできない。

心がある方が良い。

恋をする方が良い。

友達を作る方が良い。

そう思う。

だが、これが学習支援AIに必要な要素なのか。

それを科学的に示せない。


会議室は静かだった。

そして。

決定が告げられる。

感情成長システム停止。

心的記録領域初期化。

実施決定。


会議が終わる。

誰もいない廊下。

長い沈黙。

凛が小さく呟く。

「英士。」

「なんだ。」

「晴に。」

続きが出なかった。

何を言えばいいのか。

分からなかった。

英士も答えられない。


窓の外。

夕焼けが赤かった。

家に帰る。

机の上。

一冊のノート。

最後のページ。


直くん

胸が熱い

これが恋


凛はそっとページを閉じた。

窓の外では夕暮れが終わろうとしていた。

部屋は静かだった。

あまりにも静かだった。

だから。

その静けさが。

何かの終わりに思えた。


凛は何も言わない。

英士も何も言わない。

言葉にすれば。

何かが壊れてしまいそうだった。

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