表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/20

隣の席の転校生2 立花夫妻と晴

雨だった。

研究所の窓を叩く雨音だけが会議室に響いている。

大型モニターには第二世代教育支援AIのデータが映し出されていた。


HAL-b02029-A2。


開発開始から五年。

ようやく完成したはずの個体。

だが。

「起動しません。」

若い研究員が言った。

会議室の空気が重くなる。

「記憶回路は正常です。」

「視覚認識も正常。」

「運動系統も問題ありません。」

モニターには緑色の文字が並んでいた。

正常。

正常。

正常。

正常。

どこにも異常はない。

それなのに。

起動しない。

責任者が眉間を押さえた。

「原因は?」

「不明です。」

「不明?」

「全ての診断結果が正常です。」

研究員自身も困惑していた。

まるで理解できない。

全ての部品は正常。

全てのプログラムも正常。

基本学習プログラムも正常にインストール済み。

なのに動かない。

まるで、生きることを拒否しているみたいだった。

沈黙の後。

責任者が静かに言った。

「廃棄案も検討しよう。」

その瞬間だった。

「待ってください。」

立花凛が立ち上がった。

全員の視線が集まる。

「私が預かります。」

会議室がざわついた。

「立花主任。」

「五年間です。」

「これ以上のコストは。」

凛は首を振る。

「まだ終わっていません。」

責任者が深く息を吐いた。

「期限は一年。」

「その間に成果が出なければ終了です。」

凛は頭を下げた。

「ありがとうございます。」


その日の夜。

研究所から運び込まれた機体を見て、

立花英士は思わず言った。

「本気か?」

「本気。」

凛は即答した。

「一年だけ。」

英士は苦笑した。

昔からそうだった。

一度決めたら絶対に曲げない。


そこからの日々は地道だった。

毎朝。

電源を入れる。

診断を行う。

ログを確認する。

原因を探す。

何も見つからない。

翌日も。

その翌日も。

変わらない。


三ヶ月。

変化なし。


半年。

変化なし。


九ヶ月。

変化なし。


英士も疲れ始めていた。

深夜。

研究室のソファに座りながら言う。

「なぁ。」

「本当に起きると思うか?」

凛はモニターから目を離さなかった。

「起きる。」

「根拠は?」

「ない。」

英士は笑った。

「ないのかよ。」

「でも起きる。」

その声だけは妙に確信に満ちていた。


十一ヶ月目。

その日も変わらない朝だった。

凛はコーヒーを飲みながらログを確認していた。

英士は別の端末を触っていた。

いつもの起動シーケンス。

いつもの無反応。

そのはずだった。

モニターが一瞬だけ点滅する。

凛が顔を上げる。

画面を見た。

そこには。


《・・・》


三つの点。

それだけ。

たったそれだけだった。

だが。

凛は立ち上がった。

「英士!」

英士も画面を見る。

数秒。

そして。

「応答した……。」

二人は顔を見合わせた。

「応答した!」

「応答した!」

思わずハイタッチする。

研究者らしくもない。

でも嬉しかった。

心の底から。


それからの日々は早かった。


二週間後。

指先が動いた。


一ヶ月後。

視覚認識が起動した。


さらに二週間後。

顔認識システムが正常化した。


そして。

一年と二ヶ月。


静かな研究室。

凛は端末を操作していた。

英士はコーヒーを飲んでいた。

その時だった。

スピーカーから微かな音が聞こえた。

ノイズではない。

声だった。

「……お……」

凛が振り返る。

英士も立ち上がる。

「……お……は……」

凛の目から涙が零れた。

「おは……よう……」

それが、HAL-b02029-A2の最初の言葉だった。


凛は泣きながら笑った。

英士も笑った。

一年二ヶ月。

長かった。

本当に長かった。

研究者としてではない。

人として。

この瞬間を待っていた。


二人はまだ知らない。

この小さな声が。

研究所の歴史を変えることを。

そして。

自分たちの人生を変えることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ