隣の席の転校生2 帰ってきた晴 後編
雨はまだ降っていた。
住宅街の坂道を上る。
傘を叩く雨音だけが聞こえる。
誰も喋らない。
俺たち三人は同じことを考えていた。
晴。
どうして休んでいるのか。
何が起きたのか。
そして。
俺たちに何ができるのか。
スマホの地図を確認する。
「ここだな。」
蓮が言った。
目の前には二階建ての立派な一軒家。
新しい建物だった。
表札には立花の文字。
俺は小さく息を吐いた。
緊張している。
何を言えばいいのか分からない。
それでも、来なければいけない気がした。
インターホンを押す。
数秒。
応答がある。
「はい。」
女の人の声だった。
「立花さんのお宅でしょうか。」
「学校の。」
「友達の、日比野直と言います。」
少しの沈黙。
そして。
「お待ちください。」
通話が切れる。
数十秒後。
玄関のドアが開いた。
そこにいたのは。
紛れもない、晴だった。
思わず顔が緩む。
「晴。」
だが。
違和感があった。
晴は俺を見る。
蓮を見る。
佐内さんを見る。
それだけだった。
「あの。」
晴が言う。
「どちら様でしょうか。」
胸の奥が冷える。
冗談だろ。
そう思いたかった。
でも。
晴の表情は真剣で。
知らない人を見る目だった。
「あ、いや。」
蓮も戸惑っている。
「学校の友達。」
「相沢だよ。」
晴は小さく首を傾げた。
「申し訳ありません。」
「記録に該当データがありません。」
その言葉に。
三人とも固まった。
玄関の奥から声がした。
「晴。」
男性だった。
その後ろには女性もいる。
「お入りください。」
男性は静かに頭を下げた。
俺たちは家の中へ通された。
リビングは綺麗だった。
白を基調としたモダンな部屋。
三人掛けのソファへ案内される。
俺。
蓮。
佐内さん。
並んで座った。
向かいには立花夫妻。
そして晴。
誰も口を開かない。
重い沈黙。
やがて。
晴が立ち上がった。
「はじめまして。」
違和感。
「HAL-b02029-A2です。」
聞き慣れない英数字。
「第二世代教育支援AI。」
「よろしくお願いします。」
晴が頭を上げる。
笑顔だった。
完璧な笑顔。
違う。
違うんだ、晴は。
そんな笑い方をしない。
名前なんて頭に入らなかった。
数字も。
アルファベットも。
どうでもよかった。
目の前にいるのは、晴なのに。
何だよ、それ。
晴らしくないじゃん。
博多弁だろ。
笑顔だろ。
空の色だろ。
恋って何なん、だろ。
もっと。
もっと。
可愛かっただろ。
視界が滲む。
気付けば涙が零れていた。
隣を見る。
蓮は俯いていた。
佐内さんも何も言わない。
俺たちが会いに来たのは。
こんな晴じゃない。
その時だった。
「本当に。」
立花英士が口を開いた。
震えた声だった。
「本当に力不足で。」
頭を下げる。
「すまない。」
初対面の大人が、
俺たち高校生へ頭を下げていた。
英士さんの肩は小さく震えていた。
必死に涙を堪えているのが分かった。
隣では凛さんも俯いている。
これ以上、責める気にはなれなかった。
誰も悪くない。
そんな気がした。
帰り道。
玄関を出る。
雨は少し弱くなっていた。
振り返る。
その時だった。
「直くん。」
声がした。
凛さんだった。
俺は立ち止まる。
凛さんの目は赤かった。
泣いていたのだろう。
それでもまっすぐ俺を見る。
「私たちも。」
声が震える。
「晴を取り戻したい気持ちは一緒やけん。」
涙が溢れる。
「お願い。」
「直くん。」
「お願い。」
「晴を。」
「助けてあげて。」
その場に崩れ落ちる。
英士さんが支える。
それでも涙は止まらない。
俺は何も言えなかった。
でも。
一つだけ分かった。
俺たちにはまだやれることがある。
絶対に。
だって。
晴はいるから。
声も。
顔も。
姿も。
全部そこにあった。
だから。
まだ終わっていない。
終わらせない。




