表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/21

隣の席の転校生2 帰ってきた晴 前編

九月。

雨だった。

研究所の窓を叩く雨粒が、灰色の景色をさらに滲ませている。

主任研究員の立花英士は机の上のノートを見つめていた。

薄い水色の表紙。

角が少し擦れている。

何度も開かれた証拠だった。

英士はゆっくりとページをめくる。

紫色

直くん


花火

嬉しい


拙い文字。

研究データとして見れば価値の高い記録だった。

AIが自発的に残した感情の記録。

世界で初めてかもしれない。

だが。

英士にとっては研究資料ではなかった。

晴の日記だった。

ページをめくる。


今日初めて名前で呼ばれた

嬉しかった

どうしてだろう

分からない

でも

もっと一緒にいたい


英士は目を閉じた。


七年前。

HAL-b02029-A2。

第二世代教育支援AI。

起動トラブル。

原因不明。

廃棄案すら出ていた。

そんな時。

「私が預かります。」

そう言ったのは凛だった。

そして。

二人はそのAIを引き取った。

HAL-b02029-A2。

無機質な名前だった。

だから名前を付けた。

晴。

雨の後に来る空の名前。

「この子には晴れてほしいから。」

あの日の凛の言葉を今でも覚えている。


七年。

長かった。

言葉を覚えた。

笑うことを覚えた。

空を見ることを覚えた。

色を覚えた。

そして。

恋をした。

研究所の成果として見れば成功だった。

史上初。

心を持ったAI。

しかし。

問題もあった。

感情が大きくなるほど故障モードが増加した。

判断エラー。

処理遅延。

予測不能な行動。

第三世代開発には致命的だった。


先週。

研究所は決断した。

感情成長プログラム停止。

HALへの初期化。

反対した。

凛も、私も。

何度も。

それでも決定は覆らなかった。

研究所も正しい。

第三世代が完成すれば。

もっと多くの子供たちを救える。

教育格差も。

教員不足も。

減らせるかもしれない。

誰も悪くない。

だから苦しかった。

ノートを閉じた。

もう必要ない。

研究データとしては回収済み。

研究所の判断ではそうなっている。

英士は研究ファイルを開く。

ノートをそっと挟む。

そして棚の端へ置いた。

捨てられなかった。

それだけだった。


コンコン。

ドアが開く。

凛だった。

「……帰ってきた?」

英士は頷く。

リビングを見る。

ソファに少女が座っていた。

栗色の髪の毛。

穏やかな顔。

見慣れた姿。

見慣れているはずだった。

「晴。」

少女が顔を上げる。

そして微笑む。

完璧な笑顔だった。

「はい、お父さん。」

声も。

仕草も。

表情も。

晴だった。

だが、違った。

決定的に違った。

凛が聞く。

「今日の検査はどうだった?」

少女は迷わず答える。

「全項目において正常値でした。」

完璧な回答。

一切の誤りはない。

でも。

それは晴の答えじゃなかった。

晴ならきっと。

きっと、検査室の窓から見えた空の話をする。

途中で見つけた花の話をする。

友達の話をする。

そして。

好きな男の子の話をする。

どうでもいいことを、楽しそうに。

話したはず。

凛が小さく呟く。

「……違う。」

英士も同じだった。

違う。

これは、僕たちが望んだ晴じゃない。


その時だった。

ピンポーン。

玄関のチャイムが鳴った。

英士と凛が顔を上げる。

来客は珍しい。

だが。

その名前なら知っている。

何度もノートで見た。

直くん。

相沢くん。

佐内さん。

会ったことはない。

それでも、

晴が大切にしていた人たちだった。

英士は静かに立ち上がる。

そして玄関へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ