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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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第47話 中盤戦:鉄壁のグルーヴ

 レイド・フェスの舞台である新宿第3迷宮、第30階層。

 第一波の強襲を、BPM200超えの極悪な『ウォール・オブ・サウンド』で完璧に粉砕した俺たちは、変異種ボスが潜むとされる最深部の隠しエリアを目指して、紫色の魔力雲が立ち込める荒野を進んでいた。


「……環境のノイズパターンが変化しました。ここから先の通路、トラップの密度が一段階上がります」


 ノイズキャンセリング・ヘッドホンを装着した太田真生が、音叉型の短剣を構えながら足を止めた。

 彼女の【絶対調律】がなければ、この致死レベルの罠が張り巡らされた階層を無傷で進むことは不可能だろう。


「了解。真生、解除にどれくらいかかる?」

「少し複雑な連動トラップなので、5分ほど。皆さんは、この手前の安全なポイントから動かないでください」

「分かったわ。無理はしないでね」


 坂本千夏がドローンを周囲に散開させて警戒網を敷く。

 極度の緊張を強いられる索敵行軍の中で訪れた、わずかな停滞時間。

 千夏は周囲の安全が完全に確保されていることを確認すると、ふとタブレットの画面を切り替え、フフッと口元を緩めた。


「ちょっとみんな。真生の解除が終わるまでここから動けないし、小休止がてら、ウチの最年少メンバーの可愛い姿でも見て、目を休めなさいな」


 千夏が共有した画面には、世田谷のクランハウスのリビングに設置されたペットモニターの映像が映し出されていた。


 そこでは、ちょうどタイマー起動したロボット掃除機が、ウィィィンという駆動音を立てて床を走り回っていた。

 そして、その未知の動く機械に遭遇してしまった豆柴のファズが、ソファの陰から「かくれんぼ」のような攻防を繰り広げていた。


 ロボット掃除機が遠ざかると、ファズはソファの端からひょっこりと顔と前足だけを出し、「ワンッ!」と勇ましく吠えてみせる。

 だが、掃除機がクルリと方向転換してこちらに向かってくると、「ヒンッ」と情けない声を上げて、サッとソファの裏に全身を隠してしまうのだ。

 まるで壁から顔を出しては隠れる『いないいないばぁ』を一人でやっているようだった。いっちょ前に立ち向かおうとするくせに、実は完全に腰が引けているその健気な姿は、悶絶級の愛らしさだった。


「……っっ! なによこれ、もう、持って帰りたいいいいっ!」


 西村実那子が胸を強く押さえて声を殺して悶える。

 アナスタシアも「尊い……ロボット掃除機になりたい……」と限界オタクのようなうわ言を漏らし、画面を食い入るように見つめていた。

 村上環やザーナ・ベリシャも、フッと表情を和らげている。

 冷たく乾いたダンジョンの空気が、この映像一つでふんわりと温かいものに変わるのだから、ファズの癒やし効果は絶大だ。


「解除、完了しました。進めます」


 真生が戻ってきたことで、一瞬の癒やしタイムは終了した。

 俺たちは再び気を取り直し、解除されたばかりの通路を抜け、広大な空洞へと足を踏み入れた。


「……前方、来るわよ!」


 千夏が鋭い声で警告を発した瞬間、俺たちの前方にそびえ立つ黒曜石の岩壁が、地鳴りを立てて崩れ落ちた。


「ガガガ……ギィィィン……!」


 土煙の中から現れたのは、巨大なクリスタルで構成されたゴーレムの群れだった。


 『プリズム・ゴーレム』。


 全身が鏡面のように磨き上げられた多面体の水晶で覆われており、ダンジョンの天井から降り注ぐ紫色の魔力光を乱反射して目を眩ませてくる。

 さらに最悪なことに、ゴーレムたちの足元には、巨大な魔法陣が幾重にも重なって展開されていた。


「マズいです、店長!」


 真生が悲痛な声を上げる。


「あの魔法陣、ゴーレムの魔力と連動した広範囲の光学トラップです! 私の指パッチンで解除するには、魔法陣の数が多すぎます!」

「アーニャちゃん、凍らせられる!?」

「無理、千夏さん! あいつらの装甲、魔法を反射する『アンチ・マジック・コーティング』になってる! 私の魔法を撃ったら、跳ね返されてこっちが凍っちゃう!」


 アーニャがホログラムコンソールを操作しながら舌打ちをする。

 ゴーレムたちが一斉に両腕を掲げた。

 そのクリスタルの胸部から、致死のレーザー光線が数千本もの矢となって、雨あられと俺たちに降り注ごうとする。

 魔法も効かず、罠の解除も間に合わない。回避スペースもない。


「……チッ、面倒な仕掛けだわ。近藤さん、行くわよ!」


 環が大剣を構えて前に出ようとした。だが、その前に巨大な影が立ちはだかった。


「下がってろ、剣姫。お前の出番はまだだ」


 コソボの重戦車、ザーナが不敵に笑い、巨大なタワーシールド『アイギス・ウーファー』を構えた。

 その隣には、斉藤ナナが鉄扇を静かに開いて並び立つ。


「髭。お前のアナログな重低音を聴かせろ。……少し、遊んでやる」

「了解だ。最高の土台を作ってやる」


 俺はミキサーのイコライザーを瞬時に調整し、高音域をバッサリとカットして、極端に太く重い低音域だけを強調した。

 選曲は、BPM90前後のミドルテンポ。

 ルーツ・ロック・レゲエだ。

 地面の底から這い上がってくるような、重厚でタメのあるベースライン。

 ズゥン、ウッ、ダァン。ズゥン、ウッ、ダァン。


 焦燥感を煽るのではなく、大地に根を下ろすような圧倒的な『安定感』。

 俺の固有スキル【音響共鳴】が、そのレゲエの重いビートを防御陣の二人に叩き込む。


「ハッハァ! いい重さだ!」


 ザーナがシールドを構え、降り注ぐ数千本のレーザー光線の雨を正面から受け止めた。

 ズガガガガガッ!!

 光線が盾に激突し、凄まじい衝撃と爆発が起こる。

 通常なら、いくらSランクのタンクでも、この飽和攻撃を受け続ければ押し潰されてしまう。

 だが、ザーナの盾は「壁」ではなかった。


「イチ、ニ、サン……と!」


 ザーナは俺のレゲエの裏打ちのリズムに合わせて、シールドを絶妙な角度で傾け、光線を「受け流し」ていく。

 合宿でナナから教わった「適当」のある防御。

 ガチガチに耐えるのではなく、衝撃を音楽のグルーヴとして吸収し、いなす。


「そぉれ、お返しだ!」


 隣でナナが舞う。


 【音響結界】。


 ザーナが受け流して乱反射したレーザーの軌道上に、ナナが鉄扇の舞で不可視の音の鏡を展開する。

 光線はナナの結界に反射し、再びゴーレムの群れへと跳ね返っていく。


 ピンボールのように、空間を光線が乱反射する。

 ザーナとナナの、完璧な阿吽の呼吸。

 レゲエのゆったりとした、しかし力強いビートの中で、二人はまるで社交ダンスを踊るように、敵の猛攻をすべて無力化し、逆に敵の装甲へと跳ね返していく。


「ギギギ……ッ!?」


 自分たちの放ったレーザーを何倍にも増幅されて浴びたゴーレムたちのクリスタル装甲に、ピキピキと無数の亀裂が走る。

 アンチ・マジックのコーティングが剥がれ落ちた。


「装甲が割れたぞ! アーニャ、千夏!」

「オッケー! Drop it!!」


 ナナの合図と共に、アーニャがサビのビートを叩き込む。

 極大の氷柱が、装甲を失ったゴーレムたちに容赦なく降り注ぎ、その巨体を氷漬けにする。

 そこへ、千夏の魔銃が的確に急所を撃ち抜き、氷像を粉砕していく。


「――最後は、私が貰うわ!」


 環が赤い閃光となって宙を舞う。

 俺のベースが、最後の重たい一音を叩きつけた瞬間。

 大剣『紅姫』の真空の刃が、残ったゴーレムの群れと足元の魔法陣ごと、黒曜石の地面を真っ二つに両断した。


 ズバァァァァァンッ!!


 耳障りなガラスの砕ける音が響き渡り、プリズム・ゴーレムの群れは無数の光の粒子となって砕け散り、ダンジョンの大気へと溶けていった。


「……ふぅ。完璧なセッションだったな」


 俺がベースの弦をミュートすると、ザーナがタワーシールドを肩に担ぎ直し、ナナとハイタッチを交わした。

 かつては不協和音を奏でていた盾と舞が、今は俺のベースラインの上で、鉄壁の要塞として機能している。


「素晴らしいわ、二人とも! 100万人の視聴者も、この華麗なディフェンスに大興奮よ!」


 千夏がドローンの映像を確認しながら絶賛する。

 コメント欄は『盾のねーちゃんカッコよすぎ』『仙女様の舞が美しすぎる』『レゲエのBGMが渋い』と、賞賛の嵐だ。


「よし、このままの勢いで最深部まで……と言いたいところだが、少し休憩にしよう。腹が減っては戦はできぬ、だ」


 俺はミキサーの電源をスタンバイモードにし、バックパックから保温バッグを取り出した。

 中盤戦の過酷な疲労を回復し、さらに奥へと進むための陣中食だ。


「今日のメニューは『特製エンパナーダ』だ。南米やスペインで食べられる、ミートパイのようなものだな」


 俺が保温バッグから取り出したのは、半月型に折りたたまれて狐色に揚げ焼きされた、手のひらサイズのパイ生地だ。


「歩きながらでも片手で食べられるように作ってきた。パイ生地にはラードを練り込んで、サクサクの食感にしてある。中身は牛ひき肉をベースに、玉ねぎ、クミン、パプリカパウダーでスパイシーに炒め、そこに刻んだグリーンオリーブと、ゆで卵、そして『レーズン』を混ぜ込んでいる」


「レーズン? お肉のパイに甘いブドウを入れるんですか?」


 真生が不思議そうに小首を傾げる。


「ああ。このレーズンの甘みが、スパイスの効いた肉の旨味を何倍にも引き立ててくれるんだ。甘じょっぱさの究極系だぞ。ほら、熱いうちに食ってくれ」


 俺が全員にエンパナーダを手渡すと、実那子が真っ先に大きくかぶりついた。


 サクッ、ジュワァァァ……!


「……んんっ!! なにこれ、生地がすっごく軽くてサクサク! なのに中のフィリングは肉汁たっぷりで重厚だわ!」

「本当だ……! スパイスの香りの後に、レーズンの甘酸っぱさがフワッて広がって、すっごく奥深い味! オリーブの塩気もいいアクセントになってるわね!」


 環も目を輝かせてパイを頬張る。

 肉のガツンとした旨味と、スパイスの刺激。それを優しく包み込むレーズンの甘みが、疲労した脳にダイレクトに糖分と塩分を供給していく。


「そして、このスパイシーなパイを流し込むペアリングが、これだ」


 俺は水筒から、氷の入ったグラスに黒褐色の液体を注いだ。

 シュワシュワと心地よい炭酸の音が弾ける。


「『自家製クラフト・コーラ』だ」


「コーラ? 市販のやつじゃないの?」

「市販のコーラは甘すぎるからな。これは、シナモン、カルダモン、クローブ、バニラビーンズ、それにレモンとライムの皮を黒糖と一緒に煮詰めた特製シロップを、強炭酸で割った大人のコーラだ」


 アーニャがグラスを受け取り、ストローで勢いよく吸い込んだ。


「……っ!! 最高!! スパイスの香りが市販のやつと全然違う! 柑橘の爽やかさが強くて、甘すぎないからエンパナーダの脂をシュパッと洗い流してくれる!」


 自家製コーラの複雑なスパイスの香りが、肉の旨味と完璧にシンクロする。

 全員が夢中でエンパナーダを平らげ、クラフト・コーラで喉を潤した。

 わずか数分の休憩。だが、この極上のカロリーとスパイスの摂取が、俺たちの集中力を再び最高潮へと引き上げた。


「……ごちそうさま。最高のエナジーチャージだったわ」


 実那子がグラスを置き、マイクスタンドを肩に担ぎ直した。


「さあ、行こうか。……ここからが本当のステージね」


 実那子の視線の先。

 第30階層の最深部、変異種ボスが待つ巨大な水晶の扉があった。

 俺がその扉に手をかけようとした、その時だった。


 ズゥン、ズゥン……。


 後方の、遠く入り組んだ通路の奥底から、微かな振動が床を伝わってきた。

 俺たちの奏でる音とは明らかに違う、冷たく機械的なEDMの重低音。


「……追いついてきたみたいね」


 千夏が眼鏡を押し上げる。

 別ルートから侵入した【Noize】の主力部隊が、異常な速度でこの最下層の深部へと猛追してきているのだ。相手もまた、一番乗りを奪おうと必死にダンジョンを食い破ってきている。


「因縁の相手、か。……いいぜ、最高のタイミングだ。あいつらの目の前で、ボスをぶっ倒してやる」


 俺はベースのネックを強く握りしめ、不敵な笑みを浮かべる仲間たちと共に、決戦のステージへと歩みを進めた。

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