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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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40/50

第40話 真生とアーニャ、凸凹コンビの潜入捜査

 奥多摩の保養所での強化合宿、最終日の早朝。

 いよいよ今日が、ギルド公式の大規模イベント『レイド・フェス』の当日だ。

 俺は夜明け前に一人で起き出し、キッチンで本番に向けた陣中食の仕込みを行っていた。


「……おはよう、髭」


 背後から声がした。

 振り返ると、ザーナ・ベリシャがレザージャケットを羽織り、ヘルメットを小脇に抱えて立っていた。


「おはよう、ザーナ。早いな。緊張で眠れなかったか?」

「バカ言え。コソボの戦場じゃ、決戦の朝は誰よりも早く起きて武器の手入れをするのが流儀だ。……それより、少し付き合え」

「付き合うって、これから出発の準備が……」

「いいから来い。重戦車の命令だぞ」


 ザーナは俺の首根っこを掴み、強引にガレージへと連れ出した。

 そこには彼女の愛車である大型バイクが停まっていたが、後部の巨大なパニアケースには、見覚えのある俺の小型クーラーボックスがすでにしっかりと固定されていた。


「……抜け目ないな、アンタ」

「当然だ。お前の飯なしで決戦に向かえるか。最小限の機材は積んである」


 彼女のバイクに跨らされ、俺たちは夜明け前の冷たい山道を駆け下りた。

 数十分後。バイクは視界の開けた展望台の駐車場に停まった。

 眼下には、朝靄に包まれた東京の街並みが広がっている。遠くに見える新宿の摩天楼が、これから俺たちが向かう戦場だ。


「……いい景色だろ?」

「ああ。目が覚めるな」


 ザーナは防波堤に腰掛け、大きく伸びをした。

 俺はクーラーボックスを開け、機材を展開した。積んできたのはカセットコンロと、分厚い鉄でできた直火式のホットサンドメーカーだ。


「今日の朝飯は『キューバサンド』だ」


 俺が取り出したのは、細長いパン――バゲットよりも少し柔らかいキューバパンだ。

 横半分にスライスし、内側にマスタードをたっぷりと塗る。

 パンの上に、自家製のローストポークを厚めにスライスして乗せ、さらにロースハム、スイスチーズ、そしてディル・ピクルスをたっぷりと重ねる。


「そして、ここからが重要だ」


 俺はパンの表面に澄ましバターをたっぷりと塗り、熱したホットサンドメーカーで挟み込んだ。

 それをコンロの火にかけ、上から体重をかけてギュッと押し潰すように焼いていく。


 ジュウウウウッ……!


 バターが焦げる香ばしい匂いと、溶け出したチーズの香りが、朝の澄んだ空気に溶け込んでいく。

 両面をカリカリになるまでプレスして焼き上げ、斜めにカットする。

 サクッ、という完璧な音が響いた。


「美味そうだな……!」

「飲み物はこれだ。『カフェ・クバーノ』。キューバ式のエスプレッソだ」


 俺は保温ボトルから、濃く抽出してきたコーヒーを注いだ。そこにブラウンシュガーをたっぷりと加えて、スプーンで勢いよくかき混ぜ、甘い泡の層を作る。


「さあ、食ってくれ」


 ザーナはキューバサンドを受け取り、大きな口を開けてかぶりついた。

 ザクッ!


「……んんっ!!」


 ザーナは雷に打たれたような顔で、手元のサンドイッチと俺を交互に見つめた。


「パンがサクサクだ! なのに中はチーズがトロトロで……プレスされることで、ローストポークの旨味とピクルスの酸味が完全に一体化してる! 噛むほどに新しい味が爆発するぞ!」

「押し潰して焼くことで、すべての具材が層じゃなく『一つの味』になるんだ。一口で完璧なバランスが味わえるだろ」


 ザーナは夢中でサンドイッチを咀嚼し、合間にカフェ・クバーノをぐいっと煽った。


「……ハッ! 苦い! けど、すっごく甘い! 脳天をガツンと殴られたみたいに目が覚めるぜ!」

「強烈な肉の旨味には、これくらい甘くて濃いコーヒーじゃないと負けちまうからな」


 俺も自分の分を頬張りながら、朝焼けの空を見上げた。

 心地よい疲労感と、満腹感。


「……なぁ、髭」


 ザーナがコーヒーの紙コップを持ったまま、ポツリと口を開いた。


「いよいよ今日だな。あの【Noize】の気取った連中を、正面から叩き潰す日が」

「ああ。アンタの盾があれば、俺たちは絶対に負けない」

「当然だ。私を誰だと思ってる。コソボの戦場を生き抜いた重戦車だぞ」


 ザーナはニヤリと笑い、俺の肩をバンと叩いた。


「私の後ろで、最高のビートを鳴らし続けろ。お前の『音』がある限り、私の盾は絶対に砕けないからな」

「……了解だ。俺のベースラインで、アンタを世界一硬い壁にしてやるよ」


 俺たちは、朝焼けの光の中で短く拳を突き合わせた。

 決戦前の静かな儀式。

 俺たちの心は、すでに完璧にチューニングされていた。


 午前9時。

 新宿第3迷宮の特設ゲート前は、異様な熱気に包まれていた。

 『レイド・フェス』の開催。ギルド公式のイベントであり、国内外のメディアが殺到している。

 プロデューサーの千夏は、受付やメディア対応で忙しなく駆け回っていた。

 俺たちサポートメンバーは、割り当てられた専用テントの中で、機材の最終チェックを行っていた。


「……あれ?」


 太田真生が、自分のノートPCと接続されたミキサーの画面を見つめながら、不快そうに眉をひそめた。

 彼女の耳には、愛用のノイズキャンセリング・ヘッドホンが装着されている。


「どうした、真生。機材の不調か?」

「いえ……店長、この音声ライン、何かおかしいです」


 真生はキーボードを叩き、波形データをモニターに表示させた。


「私たちの配信用の音声出力ラインに、微細な『遅延』を発生させるパケットが混入しています。それと、意図的な『ノイズ』を定期的に発生させるスクリプトも」

「なんだと?」


 俺はモニターを覗き込んだ。

 もし本番中にそんなものが作動すれば、俺のBGMと環たちの動きがズレてしまう。俺たちの最大の武器である「音響共鳴」のシンクロ率を根底から破壊する、極めて悪質な妨害工作だ。


「……【Noize】の連中だな」


 俺が舌打ちすると、隣でスマホを弄っていたアナスタシア――アーニャが、面白そうに顔を上げた。


「へえ、物理的な結線にバックドア仕掛けるなんて、古典的だけど確実なやり方だね。……で、真生。発信源は特定できる?」

「もう特定しました。IPの経路を逆探知したら、すぐそこのDブロック……【Noize】の特設ベースにある、機材コンテナのサーバーからです」


 真生は淡々と答える。


「ムカつく。私の完璧なミックスにゴミ混ぜようとするなんて、万死に値するんだけど」


 アーニャがパーカーの袖をまくり上げ、青灰色の瞳をギラつかせた。


「ねえ、真生。ちょっと『害虫駆除』に行かない?」

「……だるいです。歩きたくないです」


 真生は塩対応で即座に拒否したが、アーニャは彼女の腕をぐいっと引っ張った。


「いいから! 店長の音を汚されようとしてるんだよ? 腹立たないの?」

「……まあ、不協和音を押し付けられるのは不快です」


 真生は渋々といった様子で立ち上がった。

 俺は二人を止めようとしたが、アーニャが「プロデューサーはここで待ってて。Z世代のデジタル戦争は、ウチらに任せなさい」とウィンクをしてきた。


「無茶はするなよ。見つかったら面倒なことになるぞ」

「大丈夫、痕跡なんて残さないから」


 そう言って、20歳の凸凹コンビはテントを出ていった。


 【Noize】の機材ベースは、関係者以外立入禁止の厳重なセキュリティエリアにあった。

 特設テントの裏手に横付けされた、頑丈な防音コンテナトラック。その入り口には、強固な電子ロックがかけられている。


「パスコード式か。ハッキングツール繋ぐ?」

「不要です」


 真生は電子ロックのキーパッドに耳を近づけた。

 そして、自分の音叉型短剣を取り出し、チーンと小さく鳴らす。


 【絶対調律】。

 真生の耳は、キーパッドのボタンが押された時に発生する微細な「電子音の周波数」の履歴を、空間の反響から読み取っていた。


「……ピ、ポ、パ、ピ。……『4・1・7・9』です」


 真生が迷いなくボタンを押すと、カチャリという音と共に電子ロックが解除された。


「……相変わらず、人間辞めてる耳だね」


 アーニャが呆れながら扉を開ける。

 コンテナの中には誰もいなかった。全員、表のメディア対応や本番の準備に出払っているのだろう。

 中央には、配信を管理する巨大なメインサーバーが鎮座していた。


「さーて、お掃除の時間だよ」


 アーニャが自身のホログラムコンソールを展開し、サーバーのポートに直接ケーブルを接続した。

 彼女の指が、虚空のキーボードを恐ろしい速度で叩き始める。


「セキュリティ甘すぎ。こんなんでサイバー戦仕掛けてくるとか、Z世代舐めんなっての」


 アーニャはほんの数十秒で、サーバーの管理者権限を奪取した。

 そして、俺たちの回線に仕掛けられていた妨害スクリプトを完全に削除し、二度と侵入できないように強固なファイアウォールを展開した。


「よし、駆除完了」


 アーニャがコンソールを閉じる。


「……やり返さないんですか? 向こうの配信にノイズを混ぜるとか」


 真生が尋ねると、アーニャはふんと鼻を鳴らした。


「そんな三流の泥仕合、プロデューサーが喜ばないでしょ。私たちは、一番目立つステージで、あいつらの偽物の音を正面から叩き潰すの。こんなコソコソした罠なんて必要ない」

「……そうですね。同感です」


 二人の天才は、息の合った連携で敵の不正を完全に防ぎきり、誰にも気づかれることなくコンテナを後にした。


「ただいま戻りました」

「お疲れ。どうだった?」


 テントに戻ってきた二人に、俺は淹れたてのアイスティーを手渡した。


「完璧だよ! 妨害電波は完全にカットして、鉄壁のファイアウォール敷いといたから。罠は仕掛けずに帰ってきてあげたよ」


 アーニャが誇らしげにVサインを作る。

 真生はアイスティーを飲みながら、ソファにコテンと倒れ込んだ。


「……少し歩いただけで疲れました。糖分を要求します」

「はいはい、用意してあるよ。二人ともよく我慢してくれた」


 俺はクーラーボックスから、小さなタッパーを取り出した。

 中に入っているのは、色鮮やかな『マカロン』だ。

 昨夜、時間を見つけて焼いておいたものだ。フランボワーズ、ピスタチオ、そして塩キャラメルの3種類。


「うわっ、マカロン! 店長、こんなのも作れるんですか!?」

「手先は器用だからな。ガナッシュには少し洋酒を効かせてある」


 真生とアーニャは、先程までの凄腕ハッカーの顔から一転、年相応の女の子の顔になってマカロンを頬張った。


「サクサクでネチッとしてる……! すっごく甘くて、疲れが吹き飛びます」

「ん〜! 有名店のやつより美味しい! プロデューサー、これ売ろうよ!」


 二人がキャッキャと騒いでいると、テントの入り口が開き、千夏と環、そして実那子が戻ってきた。


「さあ、お喋りはそこまでよ!」


 千夏がパンッと手を叩く。

 その顔は、完璧なプロデューサーのそれに切り替わっていた。


「ギルドのゲートが解放されるわ。作戦は昨日の夜に詰めた通り。……近藤さん、準備はいい?」

「ああ。最高の『音』を鳴らす準備はできてる」


 俺はベースを背負い、ミキサーのケースを手にした。


 外に出ると、地鳴りのような歓声が俺たちを包み込んだ。

 数万人の観衆と、無数のカメラ。

 その熱気の中心へ向かって、俺たち『サウンド・オブ・ブレイブ』の7人と1匹は、堂々と歩き出した。

 深層の主を屠るための、最後にして最大のライブが、今、幕を開ける。

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