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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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第33話 盗作疑惑と炎上マーケティング

 休日の午後。

 俺は、古書店が立ち並ぶ神保町の裏通りを歩いていた。

 隣を歩くのは、いつもは地下の防音室から一歩も出ようとしない引きこもりスカウト、太田真生だ。


「……やっぱり、外は人が多くて疲れます。帰りましょう、店長」

「まだ駅から10分も歩いてないだろ。ほら、もう着くから」


 真生は大きめのパーカーのフードを被り、さらにノイズキャンセリング・ヘッドホンを装着して、完全に外界をシャットアウトする構えだった。

 今日は彼女の音響機材――特殊な波形を測定するための真空管のスペア――を探すために、中古オーディオショップ巡りに付き合っているのだ。

 普段ならネット通販で済ませる彼女だが、ヴィンテージの真空管だけは「自分の耳で実物のノイズを確かめないと眠れない」という強いこだわりがあり、こうして重い腰を上げたというわけだ。


「店長、歩くのが速いです。BPM80くらいに落としてください」

「はいはい」


 俺は歩幅を狭め、彼女のゆったりとしたテンポに合わせた。

 不思議なことに、俺と歩調を合わせると、真生はヘッドホンを片耳だけ後ろにずらし、外界の音を少しだけ入れるようになる。


「……私のスキルは、どうしても街の雑音を拾いすぎちゃうんです。車のエンジン音、他人の足音、話し声。全部が不協和音に聞こえて、脳がパンクしそうになる」


 真生がポツリとこぼす。


「でも、店長の足音は、正確なメトロノームみたいで安心します。この足音を基準にすれば、他のノイズを頭の中でマスキングできるから……だから、もう少しだけ近くを歩いてください」

「……お安い御用だ」


 俺は真生のペースに合わせて、ゆっくりと石畳を踏みしめた。

 傍から見れば、年の離れた兄妹か、あるいは少し歳の差のあるカップルの休日の散歩に見えるだろう。

 環や千夏のような派手な華やかさはないが、真生との時間には、波の立たない湖畔にいるような静かな心地よさがあった。


 目的のオーディオショップで無事に真空管を手に入れた後、俺たちは路地裏にある老舗の名曲喫茶に入った。

 重厚な木の扉を開けると、そこは別世界だった。

 客同士の私語は厳禁。聞こえるのは、年代物の巨大なスピーカーから流れる、深みのあるクラシックのレコード音だけ。


「……いい空間です。反響音の処理が素晴らしい」


 真生は席につくなりヘッドホンを外し、目を閉じて深く息を吸い込んだ。

 俺たちはコーヒーと、この店名物の『昔ながらの固めプリン』を注文した。


「どうぞ。糖分補給だ」

「いただきます」


 真生は銀色のスプーンで、カラメルソースがたっぷりかかった固めのプリンをすくった。


「……美味しいです。卵の味が濃くて、カラメルがほろ苦い。コンビニのトロトロしたプリンもいいですけど、こういうのも悪くないですね」

「だろ。この店は俺が20代の頃、曲作りの行き詰まりを感じた時によく来てたんだ。この静寂が、頭を空っぽにしてくれる」

「……」


 真生はプリンを頬張りながら、じっと俺の顔を見た。


「店長」

「ん?」

「こういう静かなところなら、また一緒に来てもいいです。……休日の、定時外でも」

「そいつは光栄だ。いつでも付き合うよ」


 俺が微笑むと、真生は少しだけ頬を染め、コーヒーのカップで口元を隠した。

 穏やかな時間。

 このまま、何事もなく静かな休日が終わるはずだった。


 ――しかし。


 無音にしてあった俺のスマホの画面が、狂ったように点滅を始めた。

 発信者は、坂本千夏。


『近藤さん! 今すぐクランハウスに戻ってきて! 大至急よ!』


 メッセージアプリには、ただならぬ緊迫感が漂う短い文章が叩き込まれていた。


「……どうやら、静かな休日はここまでのようだ」

「……はぁ。やっぱり、世の中はノイズだらけですね」


 真生は恨めしそうにため息をつき、最後の一口を飲み込んで立ち上がった。


 世田谷のクランハウスに戻ると、リビングの空気は凍りついていた。

 千夏、環、ナナ、ザーナ、実那子、そしてアーニャ。

 メンバー全員が巨大なモニターの前に集まり、険しい顔でその映像を睨みつけている。


「遅いわよ、近藤さん。これを見て」


 千夏が苛立たしげにタブレットを操作し、モニターの映像を巻き戻した。

 映し出されたのは、大手クラン【Noize】の公式チャンネルの最新配信アーカイブだった。


『――さあ、聴いてくれ! これが俺たちの新しいグルーヴだ!』


 画面の中で、マイクスタンド型の杖を握りしめ、派手なエフェクトと共に叫んでいる男。


 【Noize】のリーダーであり、かつて俺のバンドのボーカルだった男、怜だ。


 映像の中で、レイのパーティはボスと交戦していた。

 だが、その戦闘スタイルは以前の彼らのものとは全く異なっていた。

 後方でDJブースのような機材を操作するメンバー。そこから流れる生演奏風のバンドサウンド。

 そして、その音楽のビートに合わせて、レイたちが攻撃を仕掛け、ドローンが映画のようなアングルでそれを撮影する。


「……これ」

「ええ。完全に私たちのパクリよ。構成からカメラワーク、BGMによるバフ演出まで、露骨にトレースしてきてるわ」


 千夏がギリッと奥歯を噛み鳴らした。

 しかし、問題はそれだけではなかった。


『みんな、最近「音楽を使ったダンジョン配信」が話題になってるのを知ってるか?』


 ボスの討伐後、レイがカメラに向かって、芝居がかった悲しげな表情で語り始めた。


『実はな、あのスタイルを考案したのは、元々俺なんだ。俺が昔、一緒にバンドをやっていた裏方の男……そいつが、俺のアイデアと、俺たちが作った大切な楽曲のデータが入ったハードディスクを盗んで逃げたんだよ』


 ――ドクン。


 俺の心臓が、嫌な音を立てた。


『あいつは今、別のパーティに寄生して、俺の曲を使って「音柱」なんて名乗ってる。俺は悲しいよ。共に夢を追いかけた仲間が、こんな卑劣な真似をするなんて』


 レイはカメラに向かって、大袈裟に首を振ってみせた。


『だから、俺たちは決めたんだ。本来の持ち主である俺たちが、本物の「音」を取り戻すってな! 偽物の音楽に騙されないでくれ! これがオリジナルだ!』


 映像はそこで終わり、暗転した。

 リビングには、息が詰まるような沈黙が降りた。


 完全な、事実無根の嘘。

 曲の権利も、バンドの資金も、すべて持ち逃げしたのはレイの方だ。俺はただ、借金と売れ残った機材だけを押し付けられた被害者に過ぎない。

 だが、ネットの世界では「声が大きい方が真実」になる。


「……同接30万人。現在、各種SNSでこの動画が爆発的に拡散されてるわ」


 千夏が青ざめた顔で報告する。


「私たちのチャンネルにも、秒間数百件のアンチコメントが書き込まれてる。『泥棒』『パクリ野郎』『Sランクの寄生虫』……完全に炎上状態よ」

「ふざけるなッ!!」


 環がテーブルを思い切り叩きつけた。

 大理石のテーブルに、ピシリと亀裂が入る。


「あの男、自分が何をしているか分かっているの!? 近藤さんが、どれだけ音楽を大切にしているか知りもしないで……っ!」

「環、落ち着け」


 俺は静かに声をかけた。

 怒りで震える環の肩に手を置き、ソファに座らせる。


「私のダチを泥棒呼ばわりとはな。今すぐあの男の首を、この盾で叩き潰してこようか」

「私も行くわ。私の言霊で、アイツの偽物の声を永遠に封じてやる」


 ザーナと実那子も本気の殺気を放っている。

 アーニャも無言でタブレットを操作し、何か物騒なハッキングの準備をしているようだった。


「……ダメだ。相手は巨大なメガクランだ。暴力で解決したら、それこそアイツらの言う『ならず者の集まり』ってことを証明しちまう」


 俺は自分自身を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐いた。


「あの男の手口は昔から同じだ。派手な嘘で注目を集め、自分を悲劇のヒーローに仕立て上げる。反論すればするほど、泥沼の炎上マーケティングに利用されるだけだ」

「じゃあ、泣き寝入りしろって言うの!?」


 千夏が叫ぶ。

 その時だった。


「……うるさいですね、相変わらず」


 部屋の隅。

 ずっと黙っていた真生が、自分のノートPCの前に座り、キーボードを叩き始めた。


「真生?」

「店長。あの男の配信の音声データ、解析しました」


 真生はモニターに、複数の波形グラフを表示させた。


「彼らの『生演奏風』のBGM。あれ、全部デタラメです。波形が不自然に切り貼りされてますし、魔力の共鳴波形が後からデジタルで合成されてる。私たちの『生きたグルーヴ』とは根本的に違う、死んだ音です」


 真生の目は、先ほどの喫茶店での穏やかなものとは全く違う、冷徹な解析士の目だった。


「それに、この『盗作』の告発動画。声の周波数を分析しましたが、明らかな『嘘をつく時のストレス反応』が検知されました」

「……それが分かったところで、ネットの連中は信じないわよ」

「ええ。だから、物理的な証拠を引きずり出します」


 真生の指が、目にも止まらぬ速さでキーボードの上を舞う。


「相手はメガクランですけど、ネットワークのセキュリティは甘いですね。……この動画をアップロードしたサーバーの裏口、今見つけました。数日前にあの男がウチに来た時、彼の端末にこっそり音響追跡のトラップを仕込んでおいたんです」


 引きこもりの天才スカウトが、サイバー空間での「罠解除」を開始した瞬間だった。


「待ってて、店長。私の静かな生活と、美味しいご飯の時間を邪魔したこと……絶対に後悔させてやりますから」


 真生の瞳には、俺たちを守るための、静かで青い炎が燃えていた。

 大手クランが仕掛けた、悪意に満ちた炎上マーケティング。

 だが、彼らは相手を間違えたのだ。俺たちはただの寄せ集めじゃない。

 それぞれの領域の頂点を極めた、最高に狂ったセッション・バンドだ。


「……頼むぞ、真生。俺たちの『音』の証明を」

「はい。不協和音は、私が全部消去します」


 反撃のイントロが、今、静かに鳴り始めた。

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